「うう………。くぅ…」

 呻き声で目が覚めた。俺は床に転がっていた。あの時と同じ現象が、また起きたのだ。だが隣にいるはずの香織はどこだ?

「た………すけ、て……」

 声の方向を探った。どうやら上の方からするらしい。天井を見上げた。

「い、い…や……」

 するとそこには香織がいた。身体中を黒焦げの子供のようなものに掴まれて、口も塞がれていた。

「何だこれは!」

 こんな展示はない。そもそもこの子供たちは何者だ?

 迷っていると、香織の体はどんどん上に登っていく。子供たちに引っ張られていると表現した方が正しいか。

 俺は直感した。これはこの世の者じゃない。ポケットから、墓参りの時にもらったお守りを取り出し、子供に向かって投げた。

「ぎゃああ!」

 効果があったようで、子供たちは一斉に手を離した。解放された香織の体を俺は受け止めた。

「あ、ありがとう、興児くん…。もうダメかと思った」

「それより、彼奴らは一体何だ、香織さん?」

 俺は香織に問いかけたのだが、子供の内の一人が答えた。

「僕たちは、子供のまま時を止めた存在だ」

 そう言った。言葉が通じるのかもしれないから俺は、香織に何をしたのかを尋ねた。すると、

「その女が許せない。僕たちは大人になれなかったのに、大人になって人生を知った気でいる。何でお前が大人になれて、僕たちはなれないんだ。ムカつく。だからあの世に連れて行ってやる」

 と言うのだ。

「もしや…仙台空襲の時に死んだ子供たちの霊か?」

 子供たちはみんな、頷いた。

 あの時代に失われた魂は未だ成仏されず、現代を彷徨っていて、それが偶然、この科学館に流れ着いたとでも言うのだろうか。

「それなら、成仏すべきだ。いつまでもこの世に残る意味はないだろう?」

「ある。この女のような僕たちの悲しみを知らない存在が、今の日本に生きていていいわけがない。そんな奴らは一人残らず連れて行ってやる」

 言葉は通じるが、話は通じないらしい。俺は香織を立たせて、床に落ちたお守りを拾った。これをまた投げつければ……。

「やるのか? 僕たちの存在を否定するのか? それを使えば僕たちは無理矢理あの世に落とされるだろう。だがそれが正義か? お前のその暴力が許されていいのか?」

 子供は、そう言うのだ。

「僕たちがその女を連れて行こうとしたのは確かに悪いことかもしれない。でもそれをしてもしなくても、僕たちはこの世に留まってはいけないのか? 僕たちはあの晩、死んだ。それは何か、悪いことをしたからか? 僕たちに一体、何の罪があって死ななければいけなかったんだ? 生まれてくることすら、間違いだったとでも言いたいのか、お前は?」

「ちょっと待て。俺はそんなことは…」

「じゃあどうして、そのお守りを捨てない? お前は僕たちのことを否定する気でいる。誰がそれを許した? 何がお前にそれをさせる? 自分は正義だ、とでも言うか? 間違っているのは、本当に僕らの方なのか?」

 俺は、何も言えなかった。香織をあの世に連れて行かせるわけにはいかない。だが子供たちの言っていることも、聞かなかったことにしていいようにも思えない。

「それを捨てれば、お前は見逃してやる。さあその女を差し出せ」

 子供たちは、鬼気迫る表情だった。

「俺は…」

 俺は、動けなかった。自分が正しくない気が、ほんの少しだが心の中に芽生えてしまったのだ。

「興児くん、あなたは何も間違ってないわ。確かに戦争は悲しみしか生み出さない。けれど醜いのは戦いであって人じゃない。どんな理由があっても、誰かを傷つけることは許されないの。私は歴史を学んで、二次大戦からそのことを理解した」

 香織の方が動き出した。合掌して、何やらブツブツと呟いている。

「うがあ、やめろ!」

 子供たちが苦しみだした。香織はお経を唱えているのだ。

「そんなことをしても、お前たち……。呪われろ、お前たちのような人間に、明日なんて来るものか…! 一生苦しむがいい……」

 捨て台詞を吐くと、子供たちは消え去った。

「ふう。これで大丈夫ね。大人に手を出す子供は、叱らないといけないわ」

 後で聞いたのだが、香織は大学時代に仏教研究会なるサークルに入っていたらしい。だから咄嗟に念仏を唱えられたのだった。

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