俺は香織を科学館に誘った。閉館間際だったが、そこは職権乱用で香織だけ特別に、展示コーナーに案内した。同僚には、知り合いの教師が参考にしたいと言っていると説明した。香織が若い女性だっただけに森下には疑惑の眼差しを向けられたが、察してくれた。

 展示コーナーは三階と四階だ。上の方は内容は高度で、下は遊びながら科学を学べる。

 まず四階を二人で回った。香織は難しい説明もしっかり聞いてくれた。

「香織さん、展示は解説文はあまり読まない方がいいよ。寧ろ展示物を目に焼き付けてくれ」

「そうなの? わかった」

 そんな感じで四階を見終わった。次は三階だが、どういうわけか、その時の記憶がない。ただ確かなのは、

「おい、何で俺がバカップルの介抱をしなくちゃなんねんだ! 興児、俺はしっかり休めって言っただろう!」

 森下に起こされたことだ。階段の上で、二時間も寝てしまっていたらしい。

「う〜む? 何をしてたんだ? 香織さん、何か覚えてない?」

「いいえ。でも、変な夢を見た。黒焦げになった小さな人たちが私を取り囲んで、どこかに連れて行こうとするの…」


「それ、『何か』が科学館にいるんだぜ。間違いない!」

堂々と俺に宣言するのは、藤原ふじわらじゅん。まだ中学生で、しょっちゅう科学館に来る子供だ。俺がここに勤める前から職員の間ではアンケート荒らしで有名だった。礼儀をわきまえてないのか、普通にタメ口で話す。

「しっかしよー、面白い話だぜ。科学館なのに幽霊とはな! ある意味ではハイブリッドだな」

「そんな単純な話じゃないんだよ、準君? こちとら悪いウワサ立てられちゃ、お終いだ」

「いいや、物好きが寄ってくるぜ。それともカオリンに釣られてお化けがやって来るかも、だぜー! スタイルも顔もいいからな〜カオリンは。性格には目を瞑るけどよ…」

 面倒なことにこの生徒は、香織の教え子なのだ。だから余計に俺に絡んでくるのだ。

「お前…。学校で変なこと言ってないだろうな?」

「ああ? カオリンが男と歩いてるってことは見たからみんなに教えてやった。クラスの女子が嘆いてたぜ、カオリンなら絶対独身貫いてくれるって信じてたのに〜って」

「そういう態度が、お前がアンケート用紙に書く要望が採用されない理由なんだぞ! いい加減よくわからない名前の恐竜の化石を展示してくださいって書くの、やめろよな! 伝わると思ってるのか? 無理に決まってるだろう…」

「おいおい、そんなキレるなよ…。俺は一応感謝してんだぜ? 最近ヤケにカオリンの機嫌が良くて、宿題してこなかったのにお咎め無しだったんだ〜。そりゃあ男ができれば上機嫌にもなるなぁ」

「コイツめ〜…」

 だが俺は準に改まって聞いてみた。俺よりもこの科学館とは長い付き合いだから、俺が知らないことを知っているのではないかと考えての行動だった。

「…その手の話はお前から始めて聞いた。でもよ、この前仙台空襲の日だったじゃないか? 爆弾で死んだ子供たちが、成仏できずに未だに彷徨ってるのかもな。んでここに流れ着いたとか?」

「そう言えば、もう六十四年経つのか。今年は墓参りに行かないとな…」

 結局、準の口から曰くは出てこなかった。


 俺は先祖の墓参りに行った。そこの住職が、

「あんたの祖父は戦時中大家族だったんだ。でも長男と次男は戦争に行って、帰ってこなかった。両親と兄弟姉妹は空襲で死んだ。でもあんたの祖父は生き残った。周りの戦争孤児と協力して、戦後を生き延びたのが、ついこの間のように感じる」

 と俺に言った。

 俺はは先祖の墓を掃除し、花を添えた。そして線香を焚いて合掌して、

「安らかにお眠り下さい…」

 と呟いた。

 次の仕事が待っているので切り上げようとしたところ、住職に止められた。

「最近疲れてるだろう? お守りだ。持って行きなさい」

 強引に渡されたお守りは、年季の入った一品だった。

「俺の後ろに何か見えますか?」

「そういうわけじゃないが、どうも肩の重荷が気になってな」

 何をわけのわからないことを。俺は深く考えず、帰ることにした。

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