続・その五 罪なき子供

 実は俺と祈裡は、宮城県に来たことがある。あれは東日本大震災の時だ。アメリカ軍だか自衛隊だかにコネがある先輩がいる友人にほぼ無理矢理連れて来られた。ボランティアは貴重な体験だったが、観光は一切できなかった。今回も駄目そうだな…。

 随分と値段が高い市営地下鉄に乗って、俺と祈裡は旭ヶ丘駅で降りて少し歩いた。

「向こうから来てくれればいいのに」

 そんな文句を祈裡は言ったので、贅沢言うなと釘を刺しておいた。これだからお金持ちのボンボンは…。

「えーと、あれがそうだな? 科学館。あそこのレストランに今回約束した人がいる」

 その人はこの科学館の職員、つまりは学芸員であるそうだ。今日は非番だがわざわざそこに来てくれるのだ。感謝せねば。

「えっ! 入館料?」

 きっちり徴収された。これぐらいサービスしてくれないのかよ。まあ安いから気にしない。

 レストランの前まで来ると、

「君が天ヶ崎氷威だね?」

 左薬指にゴールドの指輪を輝かせる男性に呼び止められた。

「というと、あんたが長谷川はせがわ興児きょうじ?」

「おいおい、私は君より年上なんだぜ? 少なくとも六つは。目上の人にあんた、はないだろう?」

 興児その人であった。キリッとしたイケメンで、今年三十歳になったとは思えないぐらい若そうで、俺と同い年に見えるほどだ。

「私が奢ろう。何が食べたい?」

 そう言われると、好物よりも値段が高いのを食べたくなる。俺も祈裡も、メニューに目を走らせる。パスタにドリンク、デザートも注文した。

「簡単にプロフィールを見させてもらったが、沖縄出身なのか。私は言ったことがないから、暑そうなイメージばかりあるのだが」

「実は、日本で一番涼しいところだったりするよ!」

 祈裡が答えた。それに興児は驚いた。沖縄は周囲が海に囲まれているから、熱も逃げやすのをさては、知らないな?

「あのひめゆり学徒隊も沖縄だったか。私は歴史は専門外だが、聞いたことはある。第二次世界大戦で唯一、本土での戦いがあったのも沖縄だ」

「ここ、仙台市も悲惨だったみたいですね。仙台空襲。小耳に挟んだことがある」

 世間話はこれぐらいにして、本題に入ろう。俺が興児を促すと、

「私は三年前に結婚したが、今の妻とともに恐ろしく、そして後味の悪い体験をした」

 語り出した。

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