肆
その夜は僕は、習い事が長引いて、日も暮れてしまっていた。早く家に帰りたかったから、ちょっと不気味だけれども神社の中を通るルートを選んだ。
街灯もない暗い道を進むと、向こう側から弱い光がゆらゆらと進んでくるのが見えた。怖くなって僕は、反射的に木の陰に隠れた。
それは白装束を身にまとった公美来だった。頭に火のついたロウソクを巻きつけ、藁人形と釘と金槌を持って、暗黒の中を堂々と歩いていた。その美しくも恐ろしさを感じさせる容姿に僕は完全にビクついて、話しかけられなかった。
すれ違ったのを確認すると僕は、音を立てずに振り向きもせずに逃げた。
次の日の登校時、僕は寄り道をした。昨晩の神社に入って、木の幹を見て回る。すると探しているものは、そこにあった。
藁人形だ。全部で四体。木に打ち付けられていた。僕はそれを見ると、言葉を失った。
普通、一ヶ所にだけ釘を刺すんだろう。でもその藁人形は、全身に釘を打たれていた。呪いなんて信じるかって言われると返事に困るが、明らかにそれは、異常だった。
さらに僕は恐怖した。丑の刻参りの話を公美来から聞かされたのを思い出したからだ。
見た人は殺す。呪いがはね返ってきてしまうから。
僕は怯えながら学校に向かった。今日、公美来が休みならいいのに、とすら思った。でも思いとは裏腹に公美来は元気に登校して来た。
恐怖に耐えることができず、僕は公美来を放課後の図書室に連れ出した。そして神社で見たものを問い詰めることにした。
公美来は悪びれた様子も、焦りもなく僕の問いに「この私が呪ったものだわ、間違いはないわよ」と平然と答えた。すんなりと認める態度も怖かった。僕は震える舌で何とか声を出して、「僕は殺さないの?」と聞いた。「何言ってるのよ。この私が心を許せる友達の内の一人には、何の恨みもないわ。それにこの私の呪いは、その程度で自分に返ってきたりしないわ」と言われた。
僕はそれ以降、夜に神社の道を通るのをやめた。でも昼間は見に行った。行くたびに、藁人形の数は増えていく。多過ぎる釘に打ち付けられたそれは、人の原型すら留めていないものもあった。前に聞いた話によれば、打ち付けられたところに怪我をする。それが全身。一体どんな怪我をするのかと僕は考え……ることはやめた。
同じ頃、まつりが公美来と話しているのを学校で見かけた。いつもの調子の公美来に対してまつりは必死だった。これに何かあると直感した僕は、話が終わった直後にまつりに、何を話していたのかを聞いた。
やはり呪いの話だった。まつりも見かけたようで、何とかして公美来にやめさせようとしていたのだ。
僕は、たかが呪いだからと言った。非科学的なんだし、とも言った。人を呪う行為をすることで、公美来はストレス発散をしているのかもしれない。だから見逃そうとした。
でもまつりと話していると、何やら様子がおかしい。「神社?」とまつりは僕の話にツッコミを入れた。
まつりは、「私が見たのは河川敷で、生き物を使って……」と言った。
一体これはどういうことだ?
僕はまつりを神社に連れて行った。そして木に打ち付けられたおびただしい数の藁人形を見せた。まつりは、これは初めて見ると言った。
ここでやっとわかった。
公美来は丑の刻参りの他にも呪いを実践していたのだ。きっとまつりはまつりで、以前公美来から聞いたことがあったんだと思う。そしてたまたま、見てしまったんだ。僕が見たのとはまた違った呪いを。
今度はまつりに連れられて、河川敷にやって来た。その橋の下の、日が差さないところをまつりは指で示した。何か、ビクついていたので僕一人でそこに行った。
落ち葉が山を成していた。誰かが掃除をしていて、一ヶ所に集めたんじゃないかと思ったけど、まつりの方を振り向くと頷いたのでこれで間違いじゃないらしい。
手で落ち葉を払って中を掘っていくと、動物の足が見えた。猫が一匹その中にいたのだ。どうしてだろうと思いながら足を引っ張ると、その足だけ持ち上がった。胴体と繋がってなかった。
普通なら先に悲鳴を上げるだろう。でも僕は意味を理解したくなかったからか、掘り進めた。頭、尻尾、そして残りの足、四当分された胴体が出てきた。おぞましいことに猫は、全身の血を抜かれていた。だから落ち葉は一枚も赤く染まっていなかった。しかも猫は、一匹じゃなかった。その下からドンドンと出てきた足の数が、それを物語っていた。
僕は川に向かうと、吐いた。常人のなせる技でも正気の沙汰でもないそれを近くで目の当たりにした僕は、その日の給食を全部川に、口から捨てた。
同時に、こんなことをあの公美来が行うなんて信じられなかった。
近くの公園の水道で口を洗うと、僕はまつりの話を聞いた。
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