俺は幼稚園児の頃、近所に住む十六夜いざよいまつりという子とよく遊んでいた。先に断っておくけど、まつりがその幼馴染ではない。彼女も俺も、これから話す霊園れいえん公美来くみこにとっては特別な存在だったらしい。

「その公美来って子が、怪談を教えてくれるの?」

「手紙でね。もう最後に会ったのは結構昔だ」

 公美来には、親がいなかった。生まれてすぐに事故死してしまったらしい。兄弟もいない。だからといって一人きりってわけでもなく、近所の神代孤児院に、同じような境遇の仲間たちと暮らしていた。

「神代?」

「何か? 普通の孤児院だった。だからなのか公美来の苗字は神代だったよ」

 そういう施設に対して一般人がどんな偏見を抱いてるかは知らない。でも俺もまつりも、公美来としょっちゅう遊んでいた。孤児院の庭には遊具があったから、そこで日が暮れるまで遊ばせてもらっては、泥だらけで家に帰るから親に怒られたな。

 また孤児院には小さな図書室があって、いつでも上がらせてくれた。俺は決まって恐竜図鑑を広げては、調べればわかるような知識を自慢する。まつりも公美来も笑って聞いてくれた。

 じゃあ今度はこっちの番、と言いながら公美来は、怪談話の本を開く。公美来はお化けとか妖怪とか、呪いとかその手の話が大好きだった。

「妙にリアル感をかもし出して音読するもんだから、俺もまつりもいつも震え上がってたよ。おかげで夜中に起きても一人でトイレにいけなかった」

 あの時の公美来は、心の底から笑っていた。俺もまつりもつまらないわけじゃないので、一緒に笑った。

「丑の刻参りの術を知ってる? 俺は全部公美来から聞いた」

 夜中の二時頃、白装束を身にまとい、火のついたロウソクを額に巻きつけ、藁人形と五寸釘と金槌を持って近くの神社に行く。そしてそこに生えている木に藁人形を、呪いたい相手の名前を五回、繰り返し唱えながら打ち付ける。呪いは様々で、打ち付けた場所に怪我をする程度で済む時もあれば、命を失うこともあるらしい。また、丑の刻参りは他人に見られてはいけない。もし見られたら、呪いが全て自分に返ってくることになる。だから目撃者は殺さなければいけない。

「入飛、それなら俺でも知ってるよ。未だにどこかで行われているとかいないとか?」

「僕は、見たことがあるんだ」

 呪いの全行程ではないけれど、少なくともそれを行った人は呪いを信じていて、心の底から恨んでいたんだろうね。

「それが、公美来?」

「おっ、察しがいいね」

 そうだ。あの時見た人影は間違いなく公美来のものだった。

「待ってくれ。何でそれを実践したのか、説明してくれないか?」

「いいよ。僕も言おうと思ってたところだ」


 話は確か小学三年の時に始まる。

 その時期、公美来の里親が決まった。彼女は嬉しそうにしており、早く新しい親に会いたいとソワソワしていた。新しい苗字は霊園。怪談話が大好きな公美来にはピッタリだった。

「来週からフルネームで呼んでくれって言われたよ。新しい苗字がそれほど気に入っていたってのもあるけど、それ以上に家族ができることが嬉しかったんだろうな」

 神代でいる最後の日は、三人でボウリングに行った。別にこれ以降会えなくなるわけではなく、事実里親の家は学区内だったから公美来は転校もしない。でも遊びたいと言うのだ。

 僕たちは近所の遊技場に、公美来の里親が決まったことを記念して、一日中体を動かした。小学生のくせにガーターありで一ゲームプレイしたり、なしにして楽しんだり。片手で持てない重さのボールを両手で投げたりと、とにかく禁止されてないことなら何でもやった。

 その時に見せた公美来の笑顔が、今でも忘れられない。

 というのも、それはマイナスの感情に染まっていない、言わば正の笑顔であったからだ。

「あの時が、僕が思うに公美来が一番正しい幸せを感じていたはずなんだ」

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