「……そしてそれから兵吉のところへ嫁に行き、長崎に戻って来たました。何度かあの青年を探しましたが、結局見つかりませんでした。名前も知らないし、当時彼の知り合いにすら会ったことがなかったので、当たり前のことですが、何もわかりませんでした。でもどうしても忘れられないのです。私のことを原爆から、助けてくれた彼のことを」

 海百合は手紙を読み終えた。

「……その話が本当なら、未来人って存在するのかもね」

 俺は感動した。これは美談だ。自分の先祖を、未来からやって来た子孫が助ける。ありふれた話ではあるが、実際に聞いてみるとジーンとくる。

 しかし海百合は、おかしなことを言い出した。

「本当に、そう思う?」

「どういう意味だ?」

 海百合はため息を吐くと、

「少し考えればわかる。その青年は未来人なんでしょうね、でもどうして祖母を助けたの?」

「それは、生きてくれなきゃ都合が悪いからだろ?」

「逆じゃない?」

「と言うと?」

 海百合の推測は、本当に真逆のものだった。

「青年にとっては、祖母が生き残る事の方が都合が悪い」

何を言い出す? 俺はこの話に付いていけていると思っていたが、間違いだったのか?

 だがその考えをちゃんと説明してくれた。

「未来人がどうやって過去に来たのかは目を瞑る。でも、その未来では? 本来の未来における過去では、青年はきっといない。だって祖母は家族とともに原爆で間違いなく死ぬはずだから」

「そういうことか…」

 俺も意味を理解した。


 海百合の祖母は、原爆で死ぬはずだった。でも青年が過去に介入して、助かった。

 なら青年が来るはずがない本来の未来では、どうなっている? 簡単だ。彼女の祖母は、助かってはいないだろう。

「もしそうなら、青年が海百合の祖母の子孫であるはずがない…」

 当然だ。俺に当てはめて考えればわかりやすいか。

 俺の祖母がその時代で死んでいれば、母は生まれない。なら俺の存在が成り立つはずもない。血がそこで途切れるからだ。

 でも、青年はその本来の時の流れの延長上に存在している。

 ということは、海百合の祖母と青年は血が繋がっていないということになる。

「先祖が死んだ未来から、子孫がやって来るはずないでしょう?」

 その通りだ…。

 海百合によれば、この青年は祖母が助からなかった場合にのみ誕生する存在で、祖母が祖父と再開した際にその生存が確定したから、青年の存在が成り立たなくなって消えたと言う。


「じ、じゃあ、都合が悪い未来ってのは…?」

「きっと、祖父は他の女性と結婚して、また違う子孫を残したんだろうね。それはアタシじゃないどこか別の誰か。その誰かの末裔が青年。そうすると青年の目的もわかりやすくない?」

 答えは俺でも容易に想像できた。だが、それが本当だとしたら…。

「でもそれは変だ! 何で自分の存在を誕生させなくする必要があるんだ?」

「それはきっと、未来の世界で青年が何か、悪いことでもしたんじゃない? その罰が、自分の存在を歴史から抹消することだったりして? それとは別個で、青年自体が何か悪い存在だったのかもね。例えばさらに先の未来で、子孫が悪事を働くとか。まあ今となっては祖母が書き残したように、何もわからないけど」


 俺は複雑な気持ちだった。あの手紙の内容を聞く分には、良い話に聞こえる。だが実際には何か、悪いことがあったのだ。よく思い出してみると、変なところもある。

 青年はどうして海百合の祖母だけ救い出したのだろうか。その気になれば家族ごと助けることができたんじゃないのか。いや、もっと多くの命を守ることすら、可能であったはずだ。

 どうして小倉に逃げたのだろうか。本当ならあそこに原爆が落とされていたのに。予め投下されないことを知っていた、からか。でも自分が動けば歴史が変わる。その微妙なズレのせいでほんの少し天気が良くなれば、青年だって原爆からは逃れられなかったはずだ。

 そもそも隠れていた防空壕では、どうやって人をかわしていたんだ? そこに住み着いていたら、絶対に噂になるだろう。でも当時、青年の存在を知っていたのは海百合の祖母だけ。

 入市被爆を恐れたのかもしれなが、でも大人になるまで長崎に戻ってはいけない、は警告としては長すぎる。もしかすると、彼女が大人になる前に長崎に戻ることにも、何か不利益が生じるのだろうか。

 俺のこの疑問に、海百合は冷たく答えたのだった。

「歴史が大きく変わる行為は、禁止されていたんじゃない? それに色々と制限がついているのはやっぱり、青年が罪人である証拠じゃないの」

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