それから一ヶ月だろうか? 小倉の町を一人で歩いていると、見覚えのある顔が大急ぎで走ってくるのだ。

「貴子! ここにいたのか!」

 兵吉だ。なんと長崎から、あの日の惨劇を乗り越えて、はるばる小倉までやって来たのだ。

「よかった! 貴子は生きててくれたんだ!」

「どういう意味?」

 兵吉は教えてくれた。あの日、私の家族が全員死んでしまったことを。私はその場に泣き崩れた。もちろん兵吉は泣き止むまで撫でてくれた。

 防空壕に戻って、私はまた泣いた。もう二度と、家族には会えないのだ。私は一人ぼっち、この世界に取り残された感覚だった。

「どうすればいいの…?」

 青年に聞いた。そんなこと、彼も知っているはずがないのに。

 でも彼は、

「兵吉を信じるんだ。貴子は彼の側にいれば、それだけでいいんだ。彼はきっと、家族のように信じられる存在だ」

 と言う。その声はどこか、悲しみを感じさせた。青年の言う通り私は、兵吉の家族に混ざって生活することになった。

 しばらくの間は小倉で暮らしていたが、どういうわけかあの青年と再開することはなく、その存在は煙のように消えてしまっていた。防空壕には、人がいた痕跡すら残っていなかった。

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