伍
この日も夜、寝なければいけないと思うと布団に入りたくないぐらい憂鬱だった。
また、人を殺す夢かもしれない。見たくないから、寝たくなかった。
骨谷は未来に起きることを先取りして見ているって言っていた。だけどもしこれが、過去の出来事だとしたら?
「わわわ、わ、私は、本当に人を殺しているの?」
信じたくなかった。でも一度そういう思考を持ってしまうと、捨てられない。
「もしもももししかして、寝ている間にこっそり抜け出して、森に行って、そこで本当に人を…」
それ以上言う前にスマートフォンに手を伸ばし、骨谷に来てもらった。
「心配が過ぎるぜ? だいたいその話が本当だとしたら、昼間のことはどうやって証明する? 講義室を抜け出したとでも言いたいのか?」
「とにかく今日はここで、一緒に夜を明かしてよ! じゃなきゃ怖くて眠れない!」
私は非常に子供っぽいことを言った。でも骨谷はすんなりと受け入れてくれた。後で聞いたが、私の目が本気だったらしい。
私はベッドに、骨谷は床に布団を敷いて、部屋の明かりを消した。そして少し雑談をしながら、眠りに落ちるのを待った。
やっぱり森の中に私はいた。月明かりが木々の間から差し込んでいる。
私はじっとしておらず、気がつくと走り出していた。そして止まると、木の陰に隠れた。視線の先に土を掘っている男性がいる。その横にはデカいキャリーバッグが置いてあった。男性は急いでスコップを動かし、少しでも深く掘ろうとしていた。
何をしているんだろうと考える隙もなく、私は男性の背中に飛びついた。
「うわ!」
男性は暴れ出す。それもそのはずで、既に私が爪で背中を引き裂いたからだ。
「この野郎!」
スコップを両手で持って、男性は私にそれを向ける。対する私は、爪と牙で迎え撃とうとしている。
ジャンプして噛みつこうとする私。だが牙はスコップの柄に遮られた。そして男性がフルスイングをすると、私の頭に思いっきりブツかった。
(痛い!)
言葉にできなかったけど、猛烈な痛みが私の頭から全身に走った。フラフラと歩くのが精一杯なぐらいだ。男性はそんな私に追い打ちをしかけてくる。
「この! 獣め! 俺を邪魔しやがって!」
グサ、グサっとスコップの刃が私の体に食い込むたびに、激痛を感じた。
(これ以上もらえば間違いなく死ぬ……)
そう思った私は、最後の力を振り絞って立ち上がり、そして逃げた。うまく走れなかったが男性は追いかけて来なかったので逃げ切った。
だが、体が限界なのか、言うことを聞かない。一度休もうと思って地面に寝転がるが、そしたら起き上がれなくなってしまった。
(ああ、死ぬんだ、私…)
怖くなかった。人を殺したから、必ず報いを受けるんだ。そう思うと簡単に死は受け入れられた。
でも最後に、さっきの男性のことを誰かに伝えないといけない。そうしないと死んでも死に切れない気がした。だから瞼は閉じれなかった。
だけど傷ついた体では何もできない。目を開けたままの状態で、時間だけが過ぎる。周りが明るくなってきたのを感じた。夜が明けたのだ。
そしてその時に、理解しがたいことが起きる。
何と目の前に、『私』がいる。ちゃんと人の姿をしていて、登山着で、下の方から登ってくる。
近づいてきた『私』は、荷物を漁ると中から何かを出した。よく見えないけどそれがおにぎりであることは私がわかっていた。
(ここにいちゃいけない。近くにまだ、さっきの男性がいるかもしれない)
「ジジ!」
やっとの思いで出せた声は、そんな鳴き声だった。でも効果はあって、『私』は、
「何よ、もう知らないから!」
と言って遠ざかっていく。
これで一安心、というわけにもいかない。どうしてもさっきの男性のことを『私』に教えなければ。
でも意識が遠のいていくのを感じた。もう無理だ。そう思った時、『私』は登山道から引き返してきた。
もう何も喋れない。息をするのもしんどく、変な音が喉からする。『私』が何を言っているのかすら、もうわからない。でも最後に、戻って来てくれたことに感謝したい。私は全身の力を腕に集中させて、腕を持ち上げた。その時体の他の部分の感覚は完全になくなった。
骨谷に体を揺さぶられて、起こされた。
「いい加減に起きろぉ!」
「うう…。朝?」
「とっくに昼だ! この寝坊助!」
私は起き上がると、すぐに着替えて出かける準備をした。
「おい焔! どこに行くんだ?」
「あなたも付いて来て!」
目的地は、蔵王山。なぜそこに行かなければいけないのかを、私は車の中で骨谷に話した。
「…………………なるほど。つまり焔が登山をした時、近くで何か…死体のようなヤバいものを埋めようとしている男がいたというわけか」
「信じてくれる? こんな馬鹿げた話」
「見てから決める。だが夢には、そうさせる力があるんだな…」
実際に道は夢で見たからわかる。すぐに目的の場所に着いた。よく見ると周りとは違って、掘り起こされたような形跡があった。
私と骨谷は、そこを掘った。そしてキャリーバッグを掘り出して、あとは警察に通報して任せることにした。
帰路につけたのは、日付が変わる頃だった。帰りの車を運転するのも私で、骨谷は自分の推測を聞かせてくれた。
「つまりだ。あの森には、守り神のような存在がいたんだ。森を汚す人間を排除していたってわけだな。だが最後に、返り討ちにあってしまう。そこでたまたま通りかかった焔に、全てを託した。夢に自分のやって来たことを見せることで、遺体を発見させたかったんだ」
私も同じことを考えていた。私は夢ではなく、過去の出来事を見ていた。それは決して喜ばしいことではなかったけれども、守り神に選ばれたということは少し嬉しかった。
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