参
そしてその日の夜、私は夢を見た。
私は森の中にいた。薄暗くて、ジメジメしていて気味が悪い木々の間で、なぜかしゃがんでいる。
急に体が動き出した。不安定な地面を素早く駆け走る。その先には、人がいた。でも登山者じゃなければ、山菜採りでもなさそうだった。
「うわ!」
その人は叫んだ。何故なら私がその顔に飛びついたから。そして私は、鋭い爪を立てるとこめかみから喉元まで一気に切り裂いた。
「うう…」
鮮やかな血を吹き出して倒れる人。その返り血をおもむろに浴びる私。少しネバネバしていて、しかもちょっと温かい。
次に私は、今殺した人の肉を貪っていた。骨はボキボキと簡単に噛み砕けた。大して美味しくもない肉が、私の喉を通るたび、吐きそうになった。でもなぜか私は、口を止めない。
気がついたら、朝日が差し込んでいた。真っ赤になったその場の周りには、餌を求める他の野生動物がいた。だからなのか、私は死体から遠ざかる。
そしてまた森の中を駆け巡ると、沢にたどり着く。そこで口をつけて水を飲んだ。冷たくてとても美味しかった。でも水面には、私の顔についていたであろう血が、洗い流されて広がっていく。
喉を潤して満足したのか私は、さっきの場所に戻る。死体は既に食い散らかされていて原形を留めていなかった。
その時、私は死んだ人が何をしに森に入って来たのか理解した。
ゴミだ。この人はこの森に不法投棄するためにやって来たのだ。
「はああ」
眼が覚めると私は、顔を触って汚れていないか確かめた。鏡も見たが、大丈夫。血は付着してない。
「何だったのあの夢は…?」
言い表すのが難しい。怖いものは出てこなかった。強いて言うなら自分が一番怖かった。
間違いなく、人を殺す夢だった。しかも感触は妙にリアルだった。顔を洗う時に水道水に手が触れるまで、血の感触が生き残っていたぐらいだ。舌にも人肉の食感が留まっていて、朝ごはんは食べられなかった。
私は大学に向かった。夏休み中の集中講義を受けるためだ。その時一緒に受講した同期に、夢の話をした。
「おい焔…。そんなサイコ全開な夢見るのかよ? 見かけ通りかわいいファンタジー丸出しのにしとけって!」
同期の骨谷はそう言った。私も、
「自由に決められるなら、言われなくたってもっとロマンチックなものにするわよ!」
と反論した。
少し会話をしていると講義室に先生が入って来たので、私も骨谷も黙った。でもこの集中講義はとても眠気を誘うのが上手く、私はウトウトしてしまった。隣に座っている骨谷は一足先に夢の中だ。
気がつくと、また森の中にいた。水の音が聞こえるから、今度は川の近くらしい。
「………」
喋ろうとしたけど、口が開かない。無言で私は、ある一方を見ていた。
そこには女性がいる。どうやら釣りをしているようだ。だからなのか、私の存在には気づいてない。
(逃げて!)
私は心の中でそう叫んだ。もしかすると、前みたいに襲いかかるかもしれない…と思っていたその矢先、体は既に動いていた。
川を勢いよく下ると、女性に飛びついて押し倒す。岩に頭を打ち付けたのか、女性は動かない。そしてそのまま、喉を食い破った。また口に広がる血の、鉄の味。女性の肉は柔らかく、すぐにバラバラできた。そして私はそれを、川の底に引きずり込んだ。
瞬く間に川は赤く染まる。その光景を目にして私は心の中で悲鳴を上げた。
「おい焔? 焔!」
気がつくと、私は講義室にいた。どうやら寝てしまったらしく、心の中で叫んだと思っていた悲鳴は、実際に今さっき私が大声で言ったらしい。講義室中の学生全員が私に注目していたので、恥ずかしかった。先生には謝って、講義は受け続けた。
でもどうしても夢の内容が気になってしまう。
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