そしてその日の夜、私は夢を見た。

 私は森の中にいた。薄暗くて、ジメジメしていて気味が悪い木々の間で、なぜかしゃがんでいる。

 急に体が動き出した。不安定な地面を素早く駆け走る。その先には、人がいた。でも登山者じゃなければ、山菜採りでもなさそうだった。

「うわ!」

 その人は叫んだ。何故なら私がその顔に飛びついたから。そして私は、鋭い爪を立てるとこめかみから喉元まで一気に切り裂いた。

「うう…」

 鮮やかな血を吹き出して倒れる人。その返り血をおもむろに浴びる私。少しネバネバしていて、しかもちょっと温かい。

 次に私は、今殺した人の肉を貪っていた。骨はボキボキと簡単に噛み砕けた。大して美味しくもない肉が、私の喉を通るたび、吐きそうになった。でもなぜか私は、口を止めない。


 気がついたら、朝日が差し込んでいた。真っ赤になったその場の周りには、餌を求める他の野生動物がいた。だからなのか、私は死体から遠ざかる。

そしてまた森の中を駆け巡ると、沢にたどり着く。そこで口をつけて水を飲んだ。冷たくてとても美味しかった。でも水面には、私の顔についていたであろう血が、洗い流されて広がっていく。

 喉を潤して満足したのか私は、さっきの場所に戻る。死体は既に食い散らかされていて原形を留めていなかった。

 その時、私は死んだ人が何をしに森に入って来たのか理解した。

 ゴミだ。この人はこの森に不法投棄するためにやって来たのだ。


「はああ」

 眼が覚めると私は、顔を触って汚れていないか確かめた。鏡も見たが、大丈夫。血は付着してない。

「何だったのあの夢は…?」

 言い表すのが難しい。怖いものは出てこなかった。強いて言うなら自分が一番怖かった。

 間違いなく、人を殺す夢だった。しかも感触は妙にリアルだった。顔を洗う時に水道水に手が触れるまで、血の感触が生き残っていたぐらいだ。舌にも人肉の食感が留まっていて、朝ごはんは食べられなかった。


 私は大学に向かった。夏休み中の集中講義を受けるためだ。その時一緒に受講した同期に、夢の話をした。

「おい焔…。そんなサイコ全開な夢見るのかよ? 見かけ通りかわいいファンタジー丸出しのにしとけって!」

 同期の骨谷はそう言った。私も、

「自由に決められるなら、言われなくたってもっとロマンチックなものにするわよ!」

 と反論した。

 少し会話をしていると講義室に先生が入って来たので、私も骨谷も黙った。でもこの集中講義はとても眠気を誘うのが上手く、私はウトウトしてしまった。隣に座っている骨谷は一足先に夢の中だ。


 気がつくと、また森の中にいた。水の音が聞こえるから、今度は川の近くらしい。

「………」

 喋ろうとしたけど、口が開かない。無言で私は、ある一方を見ていた。

 そこには女性がいる。どうやら釣りをしているようだ。だからなのか、私の存在には気づいてない。

(逃げて!)

 私は心の中でそう叫んだ。もしかすると、前みたいに襲いかかるかもしれない…と思っていたその矢先、体は既に動いていた。

 川を勢いよく下ると、女性に飛びついて押し倒す。岩に頭を打ち付けたのか、女性は動かない。そしてそのまま、喉を食い破った。また口に広がる血の、鉄の味。女性の肉は柔らかく、すぐにバラバラできた。そして私はそれを、川の底に引きずり込んだ。

 瞬く間に川は赤く染まる。その光景を目にして私は心の中で悲鳴を上げた。


「おい焔? 焔!」

 気がつくと、私は講義室にいた。どうやら寝てしまったらしく、心の中で叫んだと思っていた悲鳴は、実際に今さっき私が大声で言ったらしい。講義室中の学生全員が私に注目していたので、恥ずかしかった。先生には謝って、講義は受け続けた。

 でもどうしても夢の内容が気になってしまう。

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