弐
あれは私が大学1年生の夏。大学生活最初の登山を蔵王山に決め、山道を歩いていた。
「何アレ?」
道の脇に、見慣れない動物がいた。
イタチでもクマでも、イヌでもネコでもない。
牙と爪が大きい。反比例して足と尻尾は短い。
最大の特徴は、毛色。上半身は黒ずんだ汚い色だが、下半身はきれいな白だった。
「ジジジ…」
それは立ち上がろうとするけど、力が入らないのか、すぐに倒れこむ。
私としては、野生動物にエサはやらないと決めている。味を覚えた野生動物が人里に降りてくるのを防ぐため。
でも今回は…。何度も倒れては起き上がろうとするその姿を見るに見かねて、カバンの中のおにぎりを取り出した。
「ジジ!」
急に睨んできたので、引っ込めた。
「何よ、もう知らないから!」
私は無視することにして、横を素通りした。
「おかしいな」
天気予報は必ず確認するようにしているけど、あいにく雨が降りそうな空模様だった。だから私は頂上を諦めて、下山することにした。
その帰り道で、またさっきの野生動物を私は見た。本当に体力の限界なのか、一歩も動いていない。呼吸もしんどいのか、体の浮き沈みも確認できなかった。
「何もしてあげられないのを許して」
私にできることは、見て見ぬ振りだけ。だからそう言い残して帰ろうとした。その時、
「ウウウ…」
野生動物は、鳴いた。まだ生きている。だったら最後の瞬間ぐらい、この目に収めてあげよう。そう思って近づいた。
今思えば、何でそう思ったんだろうか? 自分が行ったことなのに、不思議に理由がわからない。
その動物は腕を地面から、ほんのちょっぴりだけ上げた。爪の動きから考えるに、何かを掴もうとしている。
生き物は最後まで生き抜こうとするんだな、そう思っていると目の前の野生動物は、差し出した私の手を掴んだ。
温もりは感じなかった。力も少しもこもってなかった。
でも何か、すぐに離してはいけない気がした。
「………」
直後、その動物の手が、私の指からすり抜けて落ちた。そして二度と動くことはなかった。死んだんだ、そう思った。
放っておけばいいのに私は、近くに捨てられていた大きめの木の枝で穴を掘って、その死体を埋葬した。墓標代わりに石を立ててやった。
家に帰った後で、あの動物は何という種類だったのか気になった。でも写真を撮ってくるのを忘れたし、下宿先には動物図鑑もない。インターネットで調べようにも、あの特徴が当てはまる生き物は奥羽山脈には生息すらしていなかったから、結局何者だったのかはわからない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます