二人の夜。
初めて会ったのは、先々週の金曜日だった。
今日みたいに塾の後にバイトに行って、へとへとになって帰ってきた。
部屋に戻って荷物を下ろすと、堪らずベッドに転がった。
身に覚えのクレームのせいで、体以上に心が疲れていた。
母親に誕生日プレゼントに貰った黒いヘッドホンを付けて、適当に曲を流す。
過激な歌詞のロックを聴いて、励ますようなバラードを聴いて……次第に目蓋が下りてきて、抗おうとする間もなく眠りに落ちてしまっていた。
「大和、起きて」
深い眠りから、やっと浮上する。
声が鮮明になってくる。
あれ、母さん今日休みだったっけ?
「勉強しなくていいの?」
目を開き、ぼやけてた焦点が合う。
見覚えの無い女の子に上から覗かれている。しかも、相当可愛い顔立ち。
そこでやっと意識が覚醒した……と同時に大和は彼女に膝枕されていたことに気付いた。
驚きの余り、勢いよく起き上がろうとしたけれど、彼女の両手が大和の耳元に宛がわれていて、引っ張られるように太股へと落ちた。
いきなり動いたせいか、頭から血が引いて動けない大和は、彼女が頭を撫でるのを反抗できずに黙ってされるがままにしていた。
「大学、行くんでしょ?」
彼女が目尻を弛ませて柔らかく笑うから、大和は何も言えなくなってしまった。
どうやってこの家に入ってきたのか、誰なのか。なんの目的なのか。
この不審者から身を守るためにも訊かなくてはいけないはずなのに、頭から吹き飛んでしまった。
「……うん」
「その前に、ご飯食べなきゃだね」
大和が起きるのを支えながら、彼女も立ち上がる。
「すぐに温めるね」
あまりにてきぱきと手際よく動くので、大和は彼女をただ見つめているだけだった。
下手したら、自分が手を出すほうが邪魔になってしまう。
それから、インスタントではあるものの、お味噌汁まで用意してもらって、いつも通りニュースを見ながらご飯を食べた。今度は彼女に見つめられながら。
「わたしね、大和の――」
そのときに、彼女の正体を明かされたものの、名前に関しては一切触れていない。
たしか前回も、同じようにあれやこれやとやってもらっていながら、彼女のことを特に訊くこともなく机にうつ伏せて寝落ち。
朝になって母親に、変な体制で寝るなと怒られた。
大和は湯を掬い上げると顔を乱暴に洗った。
今日こそ、訊こう。意を決して立ち上がると、折り戸ががちゃりと音を立てて開いた。
女子みたいに悲鳴を上げる大和と対照的に、彼女は落ち着いて「逆上せてなくてよかった」とのたまった。
適当に髪を乾かして、大和は彼女を視界に入れないようにしながら自室へ潜り込んだ。
そして机に向かってはみるものの、女の子に裸を見られたことと、女々しい悲鳴を上げてしまったことに羞恥のあまり悶える。
「大和、大丈夫だよ。わたしは気にしないよ」
「俺は気にするんだよ」
それもとっても。泣きたいくらいに。
「そんなことより、今日もお勉強頑張ろう。ね?」
大和にとっては大事件で黒歴史でも、彼女にはそんなことに止まるらしい。
恥ずかしがってるのは俺だけか。そんなもんか。と雑念を頭から追い出す。
背後に居た彼女が首に腕を絡みつけるようにして、背中に負ぶさる。
重さは感じられないけれど、温もりが伝わってきてくすぐったい。
「あー……えっと、頑張るからもうちょい離れて」
「前と変わらないのになぁ。大和は照れ屋さんだね」
誰のせいか、と問いたい。
とはいえ彼女が背中に張り付いてるお陰で、顔が見えないのもあって、少しずつ恥ずかしさは薄らいできた。
「なあ」
「うん?」
「名前、あるの?」
問いかけると、彼女は首を傾いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます