特別な金曜日。


 金曜日の夜は特別だった。

 母親は元々看護士をしていたけれど、妊娠出産を機に退職したらしい。離婚してから、大和を育てるために復職をすることになった。

 仕事が好きな母にとっては、離婚はチャンスだったのかもしれない。

 金曜日に夜勤をすることになったので、まだ大和が幼かった頃は祖父母に預けられていた。

 中学生になって、段々とこの家で留守番する回数が増えて、高校受験前からは金曜日は一人で夜を過ごすようになった。

 一人で居ると、どこからか聞こえてくる祭囃子のような家族団欒の声が気になってしまう。

 静けさを紛らわすように、テレビに齧りついたり、ネットを開いて誤魔化すようになっていった。



「大和、お風呂沸いたよ」

「ああ、ありがとう」

 疲れているのもあって、食事を済ませたあとぼんやりしていたらしい。

 お風呂場へ向かうと、脱衣所に着替えが準備されていた。……ご丁寧に、下着まで。

 流石に恥ずかしくなって、大和は「なあ」と彼女に声をかけた。

「あのさ、別にここまでしなくても」

「大和、顔赤いよ?」

 それがどうした、と言わんばかりの表情。そして、熱があるのか、と額に柔らかな手を当てられて、大和は口にしようとした言葉を全部飲み込んだ。――それ以上なにも言えなくなってしまったと言ったほうが正しいだろうか。

「あー、もういいから出てって」

「ふふ、お風呂で寝ないでね」

 またあの目尻を弛ませた柔らかな笑い方で、大和は思わず顔を逸らした。胸がドキドキしているのは、知られたくない。

 体を適当に洗い流すと、湯船に沈み込んだ。

 全身が温かさに包まれて、強張りが解けていく。

 ――手、柔らかかったな。

 どこをどう見ても、人間と変わらない。

 そうやって彼女と自分を比較してしまうのは、彼女が自分と同じ人間であってほしいとどこかで願っているからかもしれない。

 そういえば、彼女はなんて名前なのだろう。

 もしかしたら、もう名乗られていたのだろうか。

 失礼なことをしてしまっているような気がして、大和は彼女との出会いを思い返した。





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