第46話
猫や犬がいる家で育ったせいか、私は小さな頃から生き物が好きだった。柔らかくて温かい生き物を撫でると落ち着いたし、愛情がこみ上げて来て優しい気持ちになれた。
だから、私にはその子の事が理解出来なかった。
◇◆◇
ある日友達と遊ぶ約束した私は、家にランドセルを放り投げ、公園に駆けつけた。
数人の子供が遊んでいたけど、友達はまだ来ていなかった。公園を見渡した私は、ベンチの上にあるダンボール箱の前で佇む男の子を見つけ、眉をひそめた。
昔、何度か一緒に遊んだことがあるその子がすごく変な子供だと知っていたからだ。
ちょっと汚いし、気分屋で直ぐにズルをするし嘘をつく。突然叩かれた事だってあった。
普段なら絶対に近付いたりしなかったけど、悲しげな子犬の鳴き声が聴こえてきたから、隣に並んで中をのぞき込んだ。
中に居たのは、黒い短毛で茶色の円い眉毛のある可愛い子犬だった。
「なり君この子どうしたの?」
「来た時には居た」
「何も書かれてないけど、やっぱり捨て犬かな」
なり君は子犬の首の後ろを掴むと目の高さまで持ち上げた。子犬が顔を持ち上げて手足をばたつかせる。
「ちょ、そんな持ち方したら可愛そうだよ!」
「なんで?」
不思議そうに聞き返すなり君から子犬を受け取り、脇の下とお尻を支える持ち方を教えた。
「こうやって抱っこすると安心するんだよ」
「ふーん」
家には既に拾ってきた猫2匹と、犬が1匹居たからこの子を連れて行っても飼っては貰えないだろう。
けれど、なんだかんだと面倒みの良い母は里親探しをするのをは許してくれるだろう。
うちは商店街だから、お風呂に入れて綺麗にして看板を立てたら、これぐらいのサイズなら直ぐに飼い主は見つかるはずだ。
やってきた友達と子犬と、久しぶりになり君と鬼ごっこをして遊んだ。飛び跳ねる様に後を付いてくる子犬が可愛かった。お水をあげて、皆で名前もつけた。
5時の鐘が鳴ったので子犬を連れて帰ろうとすると、より君がふくれっ面で言った。
「そいつは俺が見つけたんだ。俺が連れて帰る」
「え、より君が飼うの? 犬飼っていいの?」
「うん」
頷くより君を見て、友達と顔を見合わせる。
どうせ私は飼えないし、里親を探そうと思ってたのだから、より君が飼えるなら喜ぶべきだ。
でも、渡したくない。今遊んだだけでも子犬の尻尾を持って持ち上げたりしていた。驚いて注意したら止めてくれたから、本当にそんなことをしたら痛いって、分からないだけなのかもしれないけど……。
「良かったね、より君が飼ってくれるんだって夕菜ん家はもう飼えないもんね」
笑顔で言う友達に促されて、より君に子犬を手渡した。
「ちゃんと気を付けて抱いてね。尻尾とか持っちゃダメだよ」
「分かってるし!」
そう言いながらも子犬を受け取ると、より君は戻って行った。
より君の家はうちの家よりも遠いはずなのに、何時も私達より遅くまで遊んで帰るのだ。
「また子犬に会わせてね」
「ああ、またな」
「またねー」
振り返りもせずに頭上でヒラヒラと手を振るより君に手を振って帰路についた。
「大丈夫かな、より君本当に犬飼えるのかな」
「大丈夫でしょ、あそこの家お庭もあるし」
「え、家知ってるの?」
「私の家からちょっと行った所にあるんだよ」
私は何故かほっとした気持ちで胸をなでおろした。
「そうなんだ、なら今度会いに行こうね」
「そうだね、子犬に会いに行かなきゃ」
次の日、本当に家で犬が飼える事になったのかを確認しようと公園へ向かった。家から我が家の太郎大喜びのおやつも持ってきたのに、より君はいなかった。
「お家に行ってみる?」
「行ってみよう」
お母さんには突然人の家を訪ねるなとは言われてたけど、今は緊急事態だと言い訳をしながらより君の家にむかった。
「ここだよ」
その家には確かに広めの庭があった。雑草だらけで、とても遊ぶのに適しているとは思えないけど確かに庭だ。
「呼んでみる?」
「どうしよっか」
相談していると、柵の中から子犬の声が聴こえた。
草をかき分けて子犬が顔を出す。
「あー、居た!」
家から持ってきたおやつを上げて、頭を撫でる。ちぎれんばかりに尻尾を振る子犬に語りかける。
「飼ってもらえて良かったね」
「お庭も広いしね」
子犬に会って満足した私達は家に戻った。
1ヶ月位して、友達が塾に行く時により君の家を通ったらキャインキャインと犬の鳴く声が聞こえたらしい。覗いてみると、より君が犬を蹴っている様だったと、草むらで犬は見えなかったけどそうだと思うと友達は言った。
まだ小学校4年生で、正義感に燃えていた私達はそんなこと許されないと
次の日より君の教室に乗り込んで呼び出し、なんでそんなことをしたのかと問い詰めた。
「犬を蹴ったの?なんで蹴ったりするの?」
「はぁ、蹴るぐらい普通だろ」
呆れた感じで言うより君に驚いて告げた。
「普通じゃないよ! やられて嫌なことは人にはしちゃダメなんだよ!」
「あいつは人じゃないし」
「そういう事じゃない! 動物にもしちゃダメなの、より君だって蹴られたら痛いでしょ!」
私がそう言い切ると、より君は真っ黒い目でギロっと私を睨みつけた。
「ああ、痛いな。お前は分かるのか?」
何も言えずに居るとより君は教室に戻って行った。
家に戻って、親に言ってみたけど酷いねと言うだけで相手にされなかった。友達が犬が痩せていると言うので、2日に1度は太郎の餌を持って行った。
犬は私が行くと嬉しそうに尻尾を振り、帰る時は凄く悲しそうな声でクーンと鳴いた。
ある日餌を上げていると、より君が戻ってきた。
「お前があげてたのか」
より君は怖い顔でそう言うと、庭に入り犬を蹴り上げた。より君は、キャインと鳴いて逃げ惑う犬を竹箒を持って追いかけて殴った。
「止めて! ごめん。お願いだから殴らないで、止めて!」
柵を握りしめて私が言い募るほど、より君の怒りは増すようだった。
「なんでお前が! この!」
「止めて! マロが死んじゃう!」
◇◆◇
開いてたと思っていた目が開いたと同時に、暗闇が弾け飛んだ。
――――あの子だ!
水滴が集まって黒犬のお腹に空いた穴を埋める。私はお腹を爆破して出てきたのかな。
静かに後ずさって、黒犬の顔が見える位置まで移動した。尖った耳に長い鼻筋、丸い眉毛も薄ら見える。
思い出した。
「思い出したよ、ごめんね。マロ」
唸りながら前足を踏み鳴らしていたマロが、何かを振り切るかの様に頭を振る。
「グゥゥ……ォーン」
ひと吠えしたマロが、差し出した私の腕に噛み付こうと
刹那、私の足元から巨大な影が飛び出した。
「ヴァーーン……フー」
オレンジ色の大きな獣が、私の前に立ちはだかった。
「みう?」
尻尾をビシバシ地面に叩きつけながら、マロを威嚇するみう。いや、その尻尾で叩き潰されそうですからね?
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