第43話


 何時からそこに居たのだろうか? 巨大なカエルが微動だにせず佇んでいる。

 このカエルが目を瞑り、ゴックンとイシャルを飲み込んだのが夢のようだ。


 一瞬、静寂が訪れる。


 我に返ったラドが盾を叩く音で、全てが動き出した。仔犬に向けてフーリーを唱えるラド、あれはフラッシュ的な感じで目潰しになってるんだと思うんだけど、ヘイト上げに使ってるのかな?


 って、イシャル呑まれたよ?! ……ど、どどうするよ。助けなきゃ窒息しちゃう。腹をかっ捌く? 私、ナイフすら持ってないし!

 てか、障壁あったのに、丸呑みには関係ないんだね。


「ラティファ……、イシャル呑まれちゃった」


「イシャルで良かったね」


 ……鬼だ、鬼がおる。


 一言告げて黙り込み、片膝を立て座り、おデコの前で両手を組むお祈りポーズで目を閉じるラティファ。

 やっぱり、そのポーズすると回復早くなるんですか? そしてイシャルは放置ですか?


 サッと立ち上がり、詠唱するラティファ。


「這いずれ、グラビティショナル!」


 ギチギチとなんとも言えない音を発する黒い玉が、犬を包んだ。

 犬の体がグッと沈み込み、黒々とした眼がラティファを睨む。


 アイスランスからこっち、完全にタゲ取ってるよね。まぁ、バインドとグラビティあるのに真っ先にアイスランスで止めたぐらいだからわざとなんだろうな。


 その時、放置だったカエルが大きく嘔吐えずいた。いや、イシャル呑んでからずっとオエオエしてたから無視で出来てたんだけどね。


 ベチョっと大きなピンク色の肉塊を吐き出すカエル。も、もうこんなに溶けて……。


 なんてことは無く、吐き出されたカエルの胃からイシャルが転がり出てきた。

 っと言うか、カエルが必死に裏返った胃を洗い、イシャルを手で払ったのだ。

 ありえない粘度の粘液でネチョネチョになったイシャル。かなり厚い透明の膜が張っている。


「洗い流せ、ウォーター」


 ラティファがイシャルに水魔法をかけると、スッキリした様子のイシャルが口を開いた。


「いやー、中々出られなくて参ったでござる。」


「お、お帰り。無事で良かった」


「もっと早く出て来なさいよね」


 祈りを捧げる可憐な乙女の飾らなさが凄いです。


「面目ない」


「もう呑まれないようにカエル見ててよ」


「心得たでござる」


 カエルは未だにあちこち血が滲む胃を洗っている。うぇ、絶対あんなことしたくない……。


 ズリズリとこっちに這いずって来ようとする犬をラドが押し留め、ムスターファが矢を射る。残念ながら、爪楊枝が刺さってるようにしか見えない。


おのあるじの呼びかけに答えよ、大弓召喚!」


 ムスターファの手元に身長より1寸ほど大きな、美しく湾曲した弓が現れた。

 召喚なんて出来たんだ。あんな大きな弓、そりゃー持ち歩けないよね。


 大弓の矢は弓に相応しく、長かった。ムスターファは大弓の下3分の1程の弦に矢を番え、その手が肩の辺りに来る程引いた。いつの間にか、右手にはゆがけ(三本指の皮の手袋みたいなやつ)が装備されている。


 ドッと力強い音を立てて、犬の体に矢が深く突き刺さった。


 おお! 大きいだけあって貫通力があるね。うちのお姫様に辿り着かれる前に、ドンドン打ってくれ!


「夕菜、敵にはバー出せないの?」


「あー、忘れてた。やってみる」


 目を瞑って念じる。タゲられてるやつだけでいいから皆にも見えるようにバー出してー。


 目を開けると、犬の上に黄色くなったバーがあった。半分近く減ってる!

 その下のはMPだとして、三本目は何? 必殺技ゲージ的なやつですか?


「見えた、ありがとう。これ便利だね」


「うん」


 ムスターファとイシャルの加速を掛け直して、少し前に出て障壁と精神の癒しも貼り直す。

 私はMP余ってるし、切れるよりは重ねた方が良いよね。うー、もっと易しい戦闘で色々試したかったな。


「あの三本目が溜まったら何が来ると思う? 犬の必殺技……。噛みつきとか?」


「それ通常でしょ」


「うーん、遠吠え(仲間を呼び寄せる)っとかだったりして」


「本当にやめてくれない?」


 お祈りポーズを中断してまで抗議してくるラティファ。いやだってありそうじゃない?


「ムスターファ! 押して」


「了解」


 ムスターファがラティファに応えて矢を射れば射る程ゲージは溜まっていく。もう後3発ぐらいで溜まるんじゃないかな。


「自由を愛する気高き東風の王よ、我に敵を打ち破る力を与え給え。巻き上げろ! トルネード!」


 姿勢を低くして下がるラドの目の前に、巨大な竜巻が立ち上った。あっという間に吸い上げられた仔犬が持ち上げられていく。


 いやー、壮大ですな。ラティファさんや、これはオーバーキルじゃないのかね?


 空から傷だらけの仔犬が降ってきて、黒い水滴を残して空に溶けた。

 体積の問題なのか、黒い水滴がかなりの量になった。


「良かったー。夕菜が変なこと言うから焦ったよ」


「絶対遠吠えだったと思うなー。ラドはどう思う?」


「噛みつきからの確定で首振り、振り回すでダメージ。からの確率でもぎ取る! っとかでしょうか?」


「怖っ! ラドの想像力やばいね」


「少し見てみたかったですね」


 素敵な笑顔で宣うムスターファ。冗談に聞こえなくなってきたからやめてね?

 それにしても、確実に私の生み出した奴らだね。ゲームに染まりすぎです。


それがしの事も忘れないで欲しいでござる」


 1人カエルの相手をしていたイシャルが物申した。あ、うん忘れてたわ。



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