第42話
「イシャルカラスを」
「承知」
ラドが盾を捌きながら指示を出す。
イシャルは頷くと素早くカラスに札を放った。カラスの顔面に黒い靄が張り付く。
これで飛べないといいんだけど……。
カラスの黒々とした太い嘴が恐ろしい。あれ振り下ろされただけで、うちら死ぬんじゃないの?
イシャルが鋭く突き下ろされる嘴を避けながら、ジリジリと下がる。暗闇の効果か、あらぬ所を攻撃するカラス。
ラドがネズミの鼻面に盾を叩きつける。顔を振り立ち上がったネズミが短い腕を振ると、ガッと音がして盾に火花が散った。
爪も意外に鋭そうだ……。
ラティファが、呪文を唱え始める。
「森に
風が走り、ネズミがバッテンに切り裂かれた。
倒れたネズミが溶けるように崩れ、黒い水滴が滴るように空中に浮き上がり、半円を描いた。黒い、上弦の月の様だ。
ガサガサっと音がして、草むらからネズミが2匹と大きな仔犬が飛び出してきた。
ヤバイヤバイ、これ大丈夫なの? リンクが凄いんだけど。
「来い!」
ラドが盾を大きく鳴らして叫ぶ。
「影縫い!」
ムスターファが子犬の影に矢を放ち、動きを止めた。その技はどれぐらい持つの? 切れる前にネズミ倒さなきゃ、ムスターファが襲われるんじゃ。
私も何か攻撃出来たら……。
ラドは2体のネズミを器用に捌いている。ムスターファも犬を放置して、ネズミに矢を射る。ラティファの土魔法でネズミが2匹纏めて串刺しになった。ラティファ凄いな。
っと思ったら、怒り狂った左側のネズミがラドを無視して走ってきた。止めなきゃ!
「此処に金剛の壁を、防壁!」
走って来たネズミが目の前で煌めく壁に激突して吹き飛ばされた。倒れたネズミに矢が降り注ぐ。ネズミが崩れ、水滴が逆さに溜まっていく。
まだ薄い猫の爪のような形だけど、満タンになるの? ラティファが「ありがとう」っと言ったかと思うと、また詠唱を始めた。
「気高き氷の貴婦人の力を借りて、貫き、留めよ! アイスランス!」
ムスターファに向かって唸っていた仔犬が、氷に突き刺された。
ちょ、ラティファ大丈夫なの? あの犬子犬体型だけど、体高ですらうちらの2倍はありそうなんだけど……。
「夕菜、ムスターファに加速の加護付けてくれない? リキャスト間に合わない」
あ、やっぱりそういうのあった? 私のやってたゲームみたいだとは思ってたけどさ。やっぱり技には制限ないとね!
「ムスターファに加速の加護を!
光の波紋が広がり、戻ってきてムスターファを包んだ。
バーの下には走る人のマークが出ている。成功だね。
「レアキーロ」
ラドがイシャルを回復する。
いつの間にか嘴の餌食になってたみたい。てか、指定しなくても発動するんだね。するけど、威力が弱くなるとかかな? ラティファもアイスランス最初に打った時と2回目じゃ全然違ったし。
ラドの前にいるネズミはもうボロボロなのに、なかなか倒れない。左半分に矢を生やし、体を貫く穴まで空いてるのに。
ネズミが爪を振るおうと立ち上がった瞬間、ラドが剣を抜き放ち心臓を突き刺した。
ラドは消えゆくネズミに構わずに、犬に向けて盾を打ち鳴らす。氷の槍が溶けきり、犬がこっちに向けて走り出した。
「影縫い!」
「アオーン」
悔しげに吠える仔犬。
柴犬の仔犬って何でこんなに可愛いんだろう。もふもふ感とポテポテ感がたまらない。
でも良かった、後はカラスを殺ってから落ち着いて犬と戦えばいいね。ちょっと可愛そうだけど、向こうは殺る気満々だしね。
「私達に魚眼石の光を、精神の癒し!」
ラティファのMPが半分を切った。もうこれ以上来ませんように。
「イシャルに加速の加護を、亢進!」
イシャルにも加速をかける。きっと殴るのにも役立つよね。デバフのリキャストも長いかもしれないし。
「フーリー」
ラドがそう唱えると、眩い光がカラスを包んだ。目が眩んだらしいカラスがカーカー鳴きながら羽を飛ばす。
その羽どっから出てきてるの?
「イシャルに穏やかな癒しを、
優しい光がイシャルを包み、消える。よし、リジェネ成功かな。
ほっとしたその時、翼を大きくはためかせカラスが飛び上がった。
飛び立ったカラスが風切羽を飛ばしてくる。トットっと地面に突き刺さるのは私の肩まである太い羽。
ほかの敵と戦ってるあいだにこれ打たれたらやばいよね。
「下ろす! 賢くも優しき森の精よ、静謐を破りし者に裁きを、バイレスウイップ!」
詠唱が終わった瞬間、すごい勢いで地面から蔓が生えうねりながらカラスに向かって伸びる。足に蔓を巻き付けたカラスは、ラティファが杖を倒すと同時に地面に叩きつけられた。
ラドとイシャルが必死に殴る中、ムスターファの乱れ打ちが降り注ぎ、カラスは溶けて消えた。黒い水滴が浮き上がり、見えない器に溜まっていく。
やっと犬の番っと思ったその時、ベチョっと言う音と共に、残像を残してイシャルが消えた。
消えた先に目をやると、黒い巨大なカエルがイシャルを飲み込むところだった。
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