第3話

 

 くーむ少年にいざなわれた私は、くーむくーむ騒ぐ子供たちに囲まれながらゾンビのように歩いた。離れたところで村人達がくむくむ囁いている。

 

 ついに私は、村で1番立派であろう、寄棟造の家に連れ込まれた。出迎えた家人もまた、くーむくーむ言っている。初めは村長さんにくーむくーむ言われたら発狂するかもと不安だったが、何だか落ち着いてきた。


 私はくーむくーむ話す不思議な生物に囲まれている。

 池で気がついた時には既に、くむくむ星に迷い込んでいたのであろう。その時の負荷で記憶が失われたのだ。これから私はくむくむ星で生きていかなくてはならないのだろうか?いつか私もくむくむ言い出すのだろうか?


 事ここに至って村長が普通に話したら、逆にびっくりする。


 おさは見事な登頂ハゲであった。耳の横から襟足にかけて、豊かなロマンスグレーの毛を蓄えている。顎髭もなかなか立派だ。刺繍の入った立派な羽織を着て、ふわふわの座布団に胡座をかいている。畳じゃないけどござでもない、ござマットが敷き詰められた部屋だ。


 くーむ少年は私を長の前に誘導すると、自分も隣に座った。

 私はなぎの心で村長さんの前に出ることが出来た。さぁ、くむくむの長よ、話してみるがいい。

 

「くむくむ、くーむくーむくむ、くむんくくむくむん」

 

「くーむくむくむくめーかんくむくむくめくとくむてぃかん。いりんいぬくむくめーん」


「くむ?!いりぬいむんかいくーむん?」


「くーむくむ」




 ああ、熱い緑茶が飲みたい。

 

 


 私が遠い目をして、エア茶を啜っているとくむくむ村の村人がお茶を出してくれた。ありがとう村人よ。あ、あなたはもしかしてハゲの奥様ですか? お気遣い痛み入ります。


「奥様、ありがとうございます」


 啜ってみると、なんとほうじ茶だった。お茶っぽい垣根あったもんね! 心にしみる味です。


 くむくむ村に足を踏み入れてから口をきいてなかった私が言葉を発したことで、村長とくーむ少年の会話が途切れた。


 村長が自分を指しながら、ファリアッティ、ファリアティと連呼してる。


「ふありあってぃ」


 手のひらを差し出しながら繰り返す。

 いや、指さすのって、外国では危険なこともあるって聞いたからさ。ってか、名前可愛すぎませんか?


 自分の胸を叩きながらゆうな、夕菜と繰り返す。おーーーっと大げさに喜ぶハゲ。


「ファリアッティ、ゆうな」


 っと言ってから、奥様とくーむ少年に手を向ける。奥様は波打つ髪が美しくて、笑いジワの刻まれた優しい目をしている。


  「アーラ·ジェラ」


 奥様は胸を片手で押さえながらお名前を教えてくれました。「あーら·じぇら、アーラ·じぇら」何回か繰り返すと、頷きながら奥様は微笑んで下さいました。

 

 少年を見ると、彼は頷いて胸を指しながら言った。


「エルカイ·ズビィーオ」


 後半に苦戦してると「エルカイ、カイ、カイっと繰り返したので、きっとそっちが名前で、そっちで読んでいいよってことだと思われる。カイってのは愛称よね?


「カイ」


 呼んでみると、はにかんだ笑顔を見せてくれた。ほっぺをつつきたい。

 

 和んでいるとハ、ファリアッティが焦った様子で、自分を指しながら「ジュノィ·ラーラ、ジュノ」っと繰り返す。ファリアッティはなんだったん。

 村長がファリアッティでジュノが名前ってことだよね。


「ジュノィ、ジュノ」


 おーっと手を叩き喜ぶハゲ。いかん、やめよう素で呼んでしまいそうだ。聞かれてもバレないけど、人間としてダメだと思う。うん。


「みう」


 何事にも動じず、延々膝の上でゴロゴロしていたみうを紹介する。三人一斉にみうみう鳴き始める。満面の笑みで頷く。く、ジュノがだんだん可愛く見えてきた。


 


 言葉も通じない、くむくむ村に迷い込んだ時はどうなる事かとと思ったけど、此処は優しい世界でした。っと、ナレーション入れたいぐらいほのぼのした所で、そいつは現れた。


 薄墨色のテレっとした着物を着た、痩せた男だ。目は窪み、頬は痩けカサつき薄い唇は紫色。50手前ぐらいかな?

 ズカズカと上がり込んだそいつは、私を指さしながらジュノィに詰め寄り喚き散らす。


「くむくむ!くーむくむ。くむんくいくむ」


「くむ!ゆうなんくーむくむ」


「くむったくむ、くーむくーむ」


 またこれかい。

 

 カイが私を庇うように前に立ち、くーむくーむ弁護してくれる。多分。

 ほんと、おっさん誰なん?


「ゆうな、ゆうな、夕菜」繰り返し、おっさんを指さして首をかしげて見せた。

 

 こ、コイツ話すぞ! っと目を見開き私を見詰めるおっさん。

 見つめ合う二人。


「サヒラー·ウンジャ二ーヴェ」


 おっさんが答えないので、カイが教えてくれた。


「サヒラー·うんじゃにーべぇ」


 サヒラーでいい流れよね? じゃないと『うんこじゃないべー』って、脳内ルビ振るよ?


「サヒラー。サヒラー」


 おっさんは苦々しく頷く。顔、土色ですよ。


「くむ、いりんぬいんりぃくーむ」


「くーむくーむ」


「くむくむくめーんり」


 あ、はい。

 

 


 トーンダウンしたおっさんはジュノとカイとくむくむの会合を始める。アーラ·ジェラ奥様が全員分のお茶をいれてくれた。結構なお手前で。


 お茶を啜っていると、おっさんの肩の辺に違和感を感じた。なんだろう?ぐにょっと、歪んでいる。空間の歪みと言っちゃうと凄いことに聞こえるけど、ただ、少しだけ歪んで見えるだけというか······。

 ガラスのコップ越しに見ているように、歪んで見える部分がある。


 えっ私ってば、くむくむ星に迷い込んだと思ったら、超能力に目覚めたの?!

 

 おっさんをガン見する。ずーと見ていると、手のひらを広げた位の歪みは肩を左右に移動している。これは、浄化案件ですか? おっさん、明らかに顔色悪いもんね。


 私? 浄化なんてできるはずないじゃん。ただのペットショップ店員さんだよ!

 祓いたまえ、清めたまえとでも言ってみる?でも、なんというか別に悪いものな感じがしないんだよね。


 あ、おっさんは見るからに邪悪な拝み屋さんって見た目だけどね。着物がローブだったら確実に悪の魔道士だったね。


 私はくむくむ話がひと段落したのを見計らって、おっさんに声を掛けた。


「ヒラサーさん、あのー肩になにか見えるんだけど」

 

「肩、肩」言いながら肩をとんとん叩く、おっさんが肩を触りながら訝しげな顔で「ケッタフ」っと答えた。肩って事かな?

 

 ちょっと寄るね。あ、ごめんみう降りてね。


 ゆっくりと、両手を伸ばして手を伸ばしておっさんの肩に乗っている何かを囲い込む。うぉ、持てそう。少し反撥を感じる。あれだあれ、60㌔以上の車の窓から手を出してモミモミした時のあの感触!


 みうの温もりが残る膝に、謎物体を降ろす。目を凝らすと球じゃなくて、んー。

 触ると球なんだけどな。何とか謎物体の境目を見定めようと目を凝らす。


 頭があって、耳があるよね。それに大きな尻尾。やっぱり、生き物だよね? リスっぽいけどリスにしては耳が大きくて、体もでかくない? ああ、シマリスじゃなくて、エゾリスとかな感じかも。


 くむくむし始めたおっさんに、リス知らない? って聞きたいけれど、りすか···。犬、猫、兎とかならジェスチャーゲームでも簡単だけど、リス···。


 試しにやってみる。耳ぴよこん、尻尾ぶわっ、ちっこい子。木に登るよ、ドングリ食べるよ。頬っぺにも貯めるの。

 

 あ、あかん恥ずかしくなってきた。皆ドン引きじゃんね。


「くむくむ?くーむ?!」


 あ、おっさんだけ食いついてきた。リスだよー、りす。


「くむくーむ? セノ? ソラ?」


 おっさんが言った瞬間、ぶわっ、と謎球体が膨れ上がって、光を放ちながら収縮した。え、これ私以外に見えてる?


 チュイィんって光が収まったあとには、もふもふが居た。

 

 紫入ったような灰色の、エゾリスのような生き物だ。

 耳がシュッと長くて、毛足が長いせいかずんぐりに見えて、お腹は真っ白、尻尾はふわっふわくるん!


 いやぁぁ、可愛いぃこれ可愛いぃ。ぎゅっーってしたい! ん? 色が微妙に違うだけで、エゾリスじゃないか?


 指をワキワキしながらエゾリスちゃんに腕を伸ばすと、固まってたおっさんが私を突き飛ばした。膝立ちから横座りになったぐらいしか被害はないけど、おっさん酷くない?


 おっさんは震える声でエゾリスちゃんに語りかける。「ソラ。ソーラ」エゾリスちゃんはおっさんの差し出した手を伝い、肩に登るとおっさんの顔に小さな手をかけてスンスンと匂いを嗅いだ。そして満足したように頬を寄せた。

 

 そんなエゾリスちゃんをそっと手でおさえるおっさんの顔は、涙と慈愛に満ち溢れていた。

 

 


 なんじゃこりゃ。

 


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