第2話 カイくん視点です
「ピーーーーー」
指笛が山に飲み込まれる。風が強い、ざわめく木々が不安を煽る。キリとザッケの2匹が戻ってこない。偵察に出したのが四半時ほど前か、遅すぎる。
明後日は玉納めの日、危険な魔物は連日の山狩りであらかた仕留めたか、退かせたはずだ。
今日の西の山守はアミルとラムジ、西の池に行ってもキリとザッケが戻らなかったら笛を吹こう。
「ハリル、クフ行くぞ」
道もない山の中を2匹の犬と進む。
儀式の前は万全を期すために西から三人、東から三人の山守が7日間山狩りをして露祓いをするのだ。
クフの足が止まった。耳を澄ます。犬の吠える声が聞こえる。
「クフ行け!」
クフを先行させて、ハリルの後を追う。積もった枯葉や木の根に苦戦しながら、もう呼び笛を吹いた方が良いのかと思案する。
いや、敵が何か何匹何頭かを見てからでいい。大物は居ないはずだ。呼び笛を吹いて、イノシシ1頭では東の守りに笑われてしまう。
ハリルが吠えながら飛び出していく。彼処か。出来るだけ足音を立てないように近づく。
4匹の犬が1匹の大きな猿を取り囲んで吠え立てていた。眼が金色に輝き、口元にはベッタリと血がついている。キヒザルだ。此奴を見逃せば、山が荒れる。
腰の矢筒からそっと矢を抜き取る。植物の根や実、蛙等の毒を煮詰めて腐らせたアグニ婆特製の毒を塗って乾かした毒矢だ。
ヒキザルは火で焼き殺さなければならない。それ以外で殺してしまうと、
この毒矢はクマや魔獣、キヒザル用に持たされているものだ。これで動きを止めて、麻痺が肺に廻る前に焼く。
キヒザルは四方八方から吠え立てられているのに、不気味な笑いを浮かべながらかくちゃくちゃと肉を
動かないなら有り難い。
ゆっくりと矢を構え弓を引く。ふっと、キヒザルが首を振って、北東の方に走り出した。弓が虚しくその場に突き刺さる。
畜生、外した!逃がしてはまずい。弓を回収して直ぐに後を追う。掠ったように見えたが……。
「止めろ!」
キリがキヒザルの左足に噛み付いく。キヒザルは直ぐに体を反してキリの顔を打った。「アゥオォォン」キリは剥がされてしまったが、明らかに動きが遅くなった。クフとザッケが回り込んで吠えたてる。
慎重に、近づいて矢を射る。やはり一の矢が掠っていたのだろう。動きの鈍くなったキヒザルは背中に矢を受けてパタリと倒れた。
「山際のエルカイが、掛けまくも
キヒザルの上にフィカスの葉を投げる。落ちると同時に葉は燃え上がりキヒザルをって包み込んだ。
ほっと、息を吐いた。危なかった、あのまま西の池に向かわれたら大目玉だ。
「キリ!良くやってくれた。おいで」
キリの赤く血が出た額と鼻顔に軟膏を塗ってやる。キリは大金星だ。今日はいい肉を進呈するとしよう。
四頭の怪我の有無を確認して、キヒザルの亡骸を埋める。小さな猿も一緒に埋めた。シイの木の下に埋めたから、実を食べるリスや鳥で賑わしい事だろう。石を置いて祈りを捧げる。
それにしても、あの時、キヒザルは突然一目散に走り出した。犬に囲まれてものうのうと肉を食んでいた奴がだ。池に行こうとしていたのだろうか? あのキヒザルに池の結界を抜ける力があったのか?
分からん、何にしろ池も見廻らなければならない。
池にたどり着いた俺は呆然とした。
池の前に美しく染められた高価そうな敷物を敷き、何か黒い物を食べている女がいる。む? 黒いものに包まれているがあれは握り飯か?
肩上で切りそろえられた髪、空色の服を着て、何色もの糸が使われた美しい柄の股引を履いている。ん? 何やら不思議な生き物……い、いやあれは猫と言う生き物だ。昔行商人が川船で連れていたのを見たことがある。あれよりは少し、いや大分大きいが……。
何故あんな豪華な、肌触りの良さそうな織物の上に椅子を置いて座っているのだ? 脚の跡が付くではないか! い、いや、そんな事よりあいつらは何をしているんだ?
ここ五日この辺りは厳重に警戒管理されていた。こいつらは何処から来たのだ?
西は二千五百級のジャビロン·ケビィーロン山、南には千いかない迄も急峻なファヴィロン山脈が横たわっていて、どちらもとても越えれるとは思えない。
何よりこいつらは綺麗すぎる。服は洗濯したてのようだし、髪にも体にも汚れは見当たらない。あの猫のふわふわで真っ白な胸毛を見ろ! なんて美しいんだ。手足まで真っ白ではないか!
いかんいかん、
俺は急いで山を降りた。大領様にキヒザルが出たこと、西の池に高価な織物を敷物にする怪しい女と猫がいた事を報告する。
大領様は1拍考えたあと、その女を連れて来るようにと仰った。
すぐさま取って返して山に向かった俺は、耳を疑った。女が大きな声で歌を歌って歩いてくるのだ。よく通る綺麗な声で歌われるのは聞いたのこの無い言語で、聞いたことの無い曲だった。儀式で歌を歌うので、色々な曲を知ってい方だと思うのだが、こんな複雑な旋律は聞いたことがない。
気がついたら木陰に隠れて女の様子を伺っていた。楽しそうに歌を歌いながら通り過ぎる女。いやいや、なんで俺は隠れているのだ。堂々と待っていればよかったのだ。
ついて行くと女は
この女、隙だらけに見えるがとんでもない怪力だ。俺は気を引き締めて、女に声をかけた。
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