湖畔の私へ
炬燵猫
第1話
水色の空、たなびく雲、風そよぐ木々。
揺らぐ湖面に波紋が広がる。
ボーッと景色を眺めていた私は、ゆっくりと立ち上がり湿ったお尻の草を払った。水面をのぞき込むと、綺麗に澄んだ水の底には水草が見える。
ここ何処?
◇◆◇
突然の大自然に戸惑いながらも山を降りてきた私の目前に広がるのは、ひどくのどかな光景だった。
田んぼに畑、農作業をする人々が見える。いわゆる田園風景。
急になった傾斜を回避するために、うねうねと蛇行する道。そのカーブの先に、村が見える。珍しい事に、黒壁に木の屋根が多い。瓦の屋根もある。色がオレンジで、シンプルな形の大きな屋根ばかり。
それに、道。あんなに村の近くなのに舗装されてない。田舎にしては、家が密集してる。村の周り、あんなに柵で囲ったら、畑に行く時に出入りがめんどくさい気がするんだけど。
村の周りと、田畑の周りを柵が取り囲んでいる。
ええっと、村を見つけれて見つけてほっとしかけたけどこれは···閉鎖的な村なのかな?
これは遭難かっ! てところから村を見つけたのに不安になるってよっぽどよね。
宗教施設とかじゃない? 異教徒狩りされないよね。
この高さから見てあの距離だと、行けてもあの村がせいぜいだと思う。野犬の声を聴いてしまった今となっては、山で寝るのは無理。何故か結構立派なザックを持ってたけど、だからってビバークはご勘弁願いたい。
「取り敢えず、行こう。みう」
あ、この猫は池から突然出てきたんだよ。うん、不思議だよね。
でも意外なことに、猫が池からシュッと出てきたことより自分の記憶がないって事の方が衝撃なんですけど?
みう(命名した)はつかず離れず、先に行っては止まり、遊んでは走っててと、気ままながら山を下る私に付いて来てくれた。
犬の鳴き声に怯えながら、1時間ほど掛けて池を1周。小川を1つと道を2つ発見して、大きい方のくだりの道を降りてきけど正解だったみたい。村を偵察して、無理そうなら池に戻ろう。で、陽があったら戻って神社を見てみよう。
もう一本の道には白木の鳥居が建ってたからきっと神社だと思うんだ。寝られそうな小屋とかもあるかもしれない。
うねうね道を進む。
曲がりくねった~道の先に~♪
行ったり来たりさせられながら、たどり着きました麓の村。木々の影から村を観察する。
門っぽい所があるんだけど、勝手に入っていいものかな。農作業してる人を呼んだ方がいいのかな?
『おい、お前。何をしている』
ぬぉ、びっくりした。突然後ろからおっきな声出すから! それ何語ですか?
って、犬犬犬! さっき吠えてたのお前らかい。
10メートルぐらい向こうに、犬を従えた少年が立っていた。浅葱色の、なんだろう?作務衣を長袖にして肘のあたりと、手首で紐で縛った服をきている。ズボンも同じように膝と足首で引き絞られている。
キリッとした、凛々しい眉毛と涼し気な目元、しっかり通った鼻筋に引き結ばれた唇。
是非お友達になりたいです。
私の足元に座るみうを抱き上げる。犬に驚いて、迷子になったら大変だ。
「あの、言葉が分からないんですが、日本語は話せますか?」
リードも付けてないのに、犬達は大人しく吠える様子もない。男の子は、私が話すのを聞いて眉間にシワを寄せた。お祭りに来た観光客とか? ならお犬様たちはなんですか?
『お前はイリンムイにいた。何をしてしていたのだ』
「えっと、迷ってしまったのだけど、この辺に駐車場ありませんか? 車で来たと思うんですけど。それか、タクシー乗り場か、バス停教えて貰えると助かります。パーキングラット? タクシー?」
where isでいいの? あ、the付けるんだよね? 文章で話すのなんか恥ずかしい!
『分からん、着いてこい。こっちに来い』
暫く首をひねっていた男の子は、ため息をついて歩き出した。くむ? くーわ? 同じ言葉を繰り返して、手招きしてるので着いてこいということだろう。
入れてくれるらしい。良かった。村の人に聞けば、駐車場なんてすぐ分かるよね。こんな田舎に何個もないだろうし。最悪、車は置いてバスで帰ればいいや。
あ、猫って乗れる?
あぜ道を暫く歩いて、村に向かう。農作業をする人達も、作務衣的なものを着ている。紐はついてるけどね。あ、みの背負ってる! 蓑懐かしいな、おばあちゃんは未だに愛用してるけど。
二個目の柵を目の前にして、私は冷や汗を流した。目前の景色が異様だったからだ。
焼き杉? の黒壁に木の皮が貼られたやたらでかい屋根。開け放たれた戸から見えるうちの中には何も無い。いや、あるけど! 現代文明を感じさせるものは無い。機織りしてる人は居るけどね。囲炉裏もあるけど!
家の前では派手な鶏? がつむつむし、犬と小さな子供が戯れてる。
ここは原点回帰を目指してる方々の集まりなんですか? 勿論、電話も禁止なんですよね?
で、でも緊急時のために村長さんの家には置いてあるんですよね? むしろ村長さん家はオール電化とかいう落ちですよね?
硬直する私に、柵を開けてくーむくーむ繰り返す男の子。
「ど、どう言う事だってばよ」
みうを無意識ににぎにぎしながら立ち尽くす私。くーむ少年がくーむくーむ繰り返す。
いや、分かってるよ来いってことでしょ? でも、なんか話のわかる人に合わせてもらえる気がしなくなってきたというか、ほかの人たちがくーむくーむ言い出したらどうすればいいですか?
遠慮がちに肩に添えられた手に、我に返った私はくーむ少年を見た。
「くーむ、くーむ」
遠い目をした私は、重い足を引きずりながら促される方向へと歩き出した。
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