第4話 突然ですが力に目覚めましたよ!?

ミチヤは無言で地面を睨みつけていた。地面が物凄い勢いで近づいてくる。正確にはミチヤが地面に向かって物凄い速さで近づいているのだ。

地面に当たる既のところで身体が止まり、再び宙に戻る。


「まだか〜!?おい!ミチヤもうそろそろ本気出そうぜ〜!」


スサノオは崖の上から覗き込み空中で上下するミチヤを笑いながら叫んでいる。


この光景はミチヤが根之国に来た翌日から始まり既に2週間、毎日続いている。スサノオはクロから命のの危機を感じた時にミチヤが力を発動したと聞いてバンジージャンプを思いついたのだ。


「スサノオ様….もう無理です。これってパワハラじゃないっすかね…」


ミチヤは地面を睨んでいたのではなく表情を変えることさえ出来ないほどの恐怖だけを感じていた。


「なんか言ったかー?んーもう、慣れちまったかな?今度はロープ延ばすかヒモなしにするか?」


スサノオはとても楽しそうに腕を組み笑っている。

ノーロープ!?冗談じゃない!!本当は根之国が死神の国なんじゃないの!?無理です。イザナミ様、クロ様助けて下さい。ミチヤは愕然としながら祈った。

ミチヤは気づいていないがスサノオに訓練を依頼したのはまさに彼女らであり、例えこの状況を見ても止めることは無いのだ。


「しかし、ミチヤよ〜?お前さん死んだ時は力を使えたのだろう?無意識でもよ?崖の上から突き落とされてもなぜ僅かでも力が出せないのだ?」


ミチヤはそう言われると不思議だった。間違いなく恐怖や危機感はあるのだが何かが起こる様子は全くない。

スサノオはヒモに繋がったミチヤを引き上げながら首を傾げているとそばにクシナダが2人の所へやって来た。


「それはミチヤ君が何もイメージしないからなのでは?」


クシナダが言うとスサノオと引き上げられたミチヤはおぉ!と言いながら手を叩いた。

この2週間、全くと言っていいほど2人は気付かなかった。クロに「イメージの力」と言われたにも関わらず。


「ふふっ。さ、2人とも続きはご飯の後にしましょうね?」


そう言うとクシナダは持ってきた包を広げ弁当を広げた。


「戴きます!!」


2人はおにぎりと漬物を口一杯に頬張る。あっという間にクシナダのお弁当は空になった。


「イメージか…」


一息つきながらミチヤは考えていた。確かにこの前スサノオの草薙の剣の力を借りた時は戦う力をイメージした結果、ひと振りの刀が召喚された。

ならばイメージする事で力を引き出せるのが基本であれば…

そんな事を考えていたらミチヤはある事に気づいた。バンジージャンプって意味無いよね…


「なるほど!イメージする事か!さすがクシナダ!美しい上に聡明だ!よし。午後からは瞑想をするぞ!バンジーは必要ないな!」


スサノオはそう言いながらクシナダとイチャついている。


「ちっ…いい年こいてイチャついているんじゃねーよ…」


「そんなに老けて見えますか?」


ミチヤのすぐ後ろで声がした。振り向くとクシナダがにこにこしている。いや、目は確実に笑っていない。むしろ、その雰囲気は禍々しいものすら感じる空気を発していた。2週間のバンジージャンプより今まさに命の危機を感じていた。


「瞑想なら道場で平気だな!俺は神庭宮に先に戻ってるからな!」


クシナダの様子を見たスサノオは慌て気味に帰っていった。

逃げた…絶対逃げた!ミチヤはもはや絶体絶命と言っていい状況だ。


「ミチヤ君…」


名前を呼ばれミチヤは恐る恐る振り向く。

クシナダは今度は本当に笑っていた。


「冗談よ!少しからかっただけ!さ、片付けて神庭宮に戻りましょ!」


「お、脅かさないでください!本当に怖かったですよ!」


「だってね?ミチヤ君が悪いのよ?いい年してなんて言うから!」


返す言葉もない。ミチヤはすいませんと言いながら片付けを手伝った。

片付けを終えると2人は神庭宮に戻ってきた。


「どうしたのかしら?」


クシナダはいつもと違う宮内の様子にふいに声を漏らす。

ミチヤも周りを見渡すと大勢の官職が足早に動き回るのはいつもと同じなのだが彼らの顔は一様に

慌てている?


「何事ですか!?誰か!状況を報告なさい!!そこの者!須佐之男命様はどのにおられるか!?」


クシナダは目の前を駆ける男に問い質す。


「はっ!報告致します!マガモノが発生致しました!現在、西日本地区の奈良に滞留しています!須佐之男命様はこれの対処にあたる黄泉国の部隊3名の援護に向かわれるべく、イザナミ様に上申をしております!」


男はクシナダの前に跪きながら報告をすると一礼して、持ち場へと戻る。


「クシナダ様?マガモノってなんですか?」


ミチヤは息を飲みクシナダに尋ねた。


「マガモノとは神、若しくは神徒が力を暴走させてしまい、厄災となると事…人々はこれを天災として認識しています。」


「天災?それでは今、奈良には台風とか地震が起きてるんですか?」


「そうね…ただ、力の暴走が強ければ強いほどその被害は大きいものとなります。スサノオ様が援護に行かれるとなればマガモノも少しは名のあるものなのでしょう…」


ミチヤは本来ならこう言った任務にも参加するのだろうが今は何も出来ない。その事に複雑な思いでいた。


「戻っていたか!!」


スサノオが駆け寄ってきた。


「クシナダよ。今回のマガモノは神徒が力を使い過ぎたための暴走のようだ。力と同調した結果、大型の嵐になったようだ。幸い、三輪山の山中だがまだ人のいる場所には影響の無いようだ。」


「三輪山!?彼の地は神の力の濃い神域…暴走させた力がそのまま強大になるやも知れません!!時間が経てば黄泉国の死神部隊だけでは…」


クシナダが不安そうに俯くとスサノオは頭を撫でながら笑顔で返す。


「だからこその俺が援護に行くのだ!俺だけではないミチヤもいくらからのぉ!」


そうか、そうかスサノオ様が行くならば…


「俺も!?」


戸惑うミチヤをスサノオは肩に担ぎ上げる。


「櫛名田比売!神の力を持って神区を守護せよ!宮内のものは人間界との境界である黄泉比良坂を守備せよ!!我らが抜かれることは無いが万一に備え、境界を人間界に晒す事のないよう務めよ!」


宮内が割れんばかりのスサノオの号令に官職が答える。スサノオはミチヤを担いだまま神庭宮をでた。


「ミチヤ!初陣だ!思う存分戦え!!」


「待ってください!まだ1度も力を使ったことないですよ!?」


担がれたままのミチヤが慌てて返す。


「分かっている!お前も男だ!腹を括れ!」


腹を括れって…半ば諦めたようにミチヤは覚悟を決めた。スサノオは神庭宮の入り口の鳥居をくぐる際に開け!!と叫ぶ。鳥居をくぐると根之国では無い神社に立っていた。


「え?ここは?神庭宮をでたとこじゃない?」


ミチヤは辺りを見渡している。スサノオはミチヤを肩から下ろしながら返す。


「ここは神との繋がりの濃い神社、大神神社だ。ここの神気をマガモノは吸収している。その供給を断つ。」


なるほど、神気の供給を断てばガス欠状態になるってことか。


「スサノオ様、死神部隊はマガモノの所なんですか?」


「クロ達は足止めをしている。その間に俺とお前で神気の同調する地脈を封じる。」


「何か術が必要じゃないんですか?」


ミチヤはその術があったとしても使えないのではと考えていた。


「特別な術はいらないな。マガモノを神社と繋ぐ神器を壊せばいいのだ。神社にあるもの全てが神器であると考えよ。その中のひとつと繋がっているはずだ。」


つまり、神社にあるものの何かが送信機になっていてマガモノが受信機だと言うことか。理屈は理解したがどうやって探せば…


「それを探し壊すのがミチヤの仕事だ!我々神族は神気を自ら生み出す為そういった物に触れると力を注いでしまうのだ。」


神様はさながら動力炉になってしまうのか。確かにそれでは壊せない。しかし、力の使い方が分からないままではどうしたら…


「イメージしろ!ミチヤ!自分なら出来ることを!そして、神器を破壊する力を!」


やるしかない!ミチヤは妙に冷静であった。焦りはあるものの迷いはなかった。集中すると遠くで4つのものが激しくぶつかり合うのを感じた。


「ミチヤ、気配が分かるか?クロ達が遠くでマガモノを抑えているのが分かるか?」


「それなのかは分かりません。ただ何かものがぶつかり合う様な感覚がします。」


「それが気配だ。感じるだけでも身体が力に慣れてきている証拠だ。神区での生活で少しは変化したのだ。人間でいう第六感と言ったところだ。」


これが神気の気配なら…4つある気配のうちこの場所の雰囲気に近いものがあるはずだ。そうイメージをした。だが違いが分からない。


「気配は分かるけどどれだ?マガモノはどれだ!?」


「慌てるな!意識を断つなよ!マガモノが力を使えば神気を吸い上げる!気配が分かればその瞬間も感じるはずだ!」


ミチヤはより深く集中した。気を抜くこと無くその瞬間をまった。スサノオも黙って見守る。

次第に神社にも風が吹き始め嵐が近づいてきた。くそっ!まだ動かない…見落としているのか!?

ミチヤは目を閉じる。次の瞬間、4つの気配のうちひとつの気配、いや存在を掴んだ。こいつだ!

ミチヤ目を見開き周囲をキョロキョロと確認すると境内のひとつの岩の存在を強く感じた。あれだ!!

「スサノオ様!あの社の角にある岩です!」


よくやった!とミチヤの肩を叩きながら勾玉をひとつその岩へと置く。すると白く薄く光っていた勾玉は光を失い砕けた。


「間違いないな。この勾玉には神気を込めてあったのだが、力を吸い取られ石に戻り砕けたのだ。分かればあとはこの岩を破壊するだけだが…」


スサノオはミチヤをチラッと横目で見た。


「ミチヤ、壊すイメージは出来るか!?」


「やります!」


即答するとミチヤはイメージした。岩を砕く…粉々に、跡形もなく壊す。


殴る!ミチヤは拳を握りしめ振りかぶった。


「吹っ飛べ!!」


拳が当たった瞬間に岩が弾け飛ぶのをイメージしていた。


次の瞬間に岩はゴパッ!という音と共に砕けた。


やった!!出来た!ミチヤは胸が熱くなっていた。


「よくやった!クロに連絡を入れるか!」


スサノオが胸にある首飾りの勾玉に向かい、供給が絶たれたことをクロに伝えた。


ミチヤは初めて意識して力を使えたことに感動していた。


「クロの方もすぐにカタがつくだろう。」


そう言いながら振り向くとミチヤはうずくまっていた。

まずい!スサノオはすぐに気づいた。初めて力を解放したミチヤは力の制御が効かず、暴走しかけていた。神器との同調する前に力を抑えなければ…


「ミチヤ!意識を持て!飲まれるな!力を抑え込むな!無理に抑えようとするな!」


スサノオの声を聞くと遠のき始めた意識をミチヤは再び引き戻す。そしてイメージする。力が体の中で循環することを。そして、ミチヤの周りにたまり始めた神気が神域の中に霧散した。


神気の塊が霧散したのを確認するとミチヤの元にスサノオが歩み寄った。


「落ち着いたか?」


息を切らしながらミチヤは頷く。力が神気が集まり膨らむにつれミチヤは気持ちが高ぶり破壊衝動を感じた。これが暴走するという事か…力のコントロールは最重要課題だと思い知らされた。


しばらくしてクロが1人、スサノオとミチヤのところに来て今回のマガモノを捉え2名の隊員で黄泉国へ護送し浄化する事を伝えた。


「浄化?クロ、それってどういう事?」


「神徒は神の力を少し使えると前に話したよねぇ〜?その力の神通力の源、神気に侵食された状態が暴走なんだけどねぇ〜。その侵食は呪いみたいに身体に刻まれてしまうのねぇ〜。」


「呪い!?」


「そうだ。身体に刻まれた呪いは消えない。そして、何年もかけて浄化するしかない。浄化するには天降りするのが一般的だな。」


スサノオが追加で補足する。聞きなれない言葉にミチヤは不思議そうな顔をする。


「天降りってゆーのはねぇ?神様、若しくは順ずる神徒が人間界に転生する事だよぉ〜。だから、何年もかけて浄化するって事だねぇ〜。」


難しい顔をするミチヤの肩をポンと叩きスサノオがニカッと笑った。


「何はともあれ、今回のマガモノは大災害になる前に抑えられたな。そして、ミチヤも力を引き出せるようになったしな!」


ミチヤはふと足元の拳ほどの大きさの石を拾い上げ掌の中で粉々にしてみた。

思った通りに出来たがこれは召喚では無いよな?


「クロ。これって召喚属性なのか?」


「違うよぉ?それは神通力の基本的な力。身体能力の向上だよぉ。」


「武器を召喚しようが、扱う神徒が弱ければ話にならないからな。それをコントロールして基本的な能力の底上げをするのだ。帰ったらそのコントロールの訓練だな!」


スサノオはまたミチヤを担ぎ上げる。


「え?スサノオ様!?もう歩けますよ!?」


「無理をするな!帰ったらすぐに訓練だからな!今のうちに休め!!」


マジですか?ミチヤは一瞬思考が止まった。


「おめでとう〜!良かったねぇ〜!頑張ってねミチヤ〜部隊で待ってるからねぇ。報告書書かないとだから俺も黄泉国に帰るねぇ〜!」


そう言うとクロは歩いて山を降り始めた。それを見送るとスサノオはミチヤを担いだまま鳥居へ向かった。


クロは鳥居から帰らないのか?鳥居って神様しか使えないのか。ミチヤはそんな事を考えていた。


スサノオが鳥居をくぐると根之国の神庭宮に着いた。

神庭宮の扉の前でクシナダが待っていた。

手を振るクシナダに向かい2人はただいまとこたえ、神庭宮に入っていった。


―続く

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