第3話 英雄?傍若無人の根之国の神様

翌朝、目を覚ましたミチヤは予定より少し早く部屋を出た。

昨日、イザナミと対面した黄泉国の神庭宮は寮のすぐ南側に見える。神庭宮を中心に考えると黄泉国の大まかな配置は北側にミチヤのいる寮や神庭宮の職員たちの住む居住区がある。東側には黄泉比良坂と黄泉国を繋ぐ大きな社があり、基本的には黄泉国から他の神区に行くにはここから黄泉比良坂を通る事になるそうだ。西側には大きな訓練所がある。基本的にはここでの訓練になるがミチヤは今日から別の神区での訓練に行くことになっている。そして南側には商業区になっていて職員のストレス発散の為のオアシスになっている。

商業区はミチヤも気になっているが、今日は東側の社へ向かっている。居住区を抜けると森の中のに続く道を進む。10分ほど歩くと神庭宮の物よりさらに大きい鳥居が見える。その鳥居の下に手を振る人影がある。クロだ。


「おはよ!クロ今日は制服なんだな。」


クロは昨日、神庭宮まで見た職員と似たような黒い学ランの様な服を着ていた。ただ、少し違うのは学帽を被り、上着がコートの様になっているのだ。


「おはよぉ〜。そうだよぉ〜。やっぱり違う神区の神様に会いに行くのに私服はダメだよねぇ〜。お仕事だしねぇ〜?」


俺の迎えは仕事じゃないなら何でしょうか?ミチヤは自分の扱いが実は雑なのではないかと思う。


「昨日渡した資料見た〜?ミチヤに分かりやすいのを渡したつもりなんだけどな〜。」


朝、早く目を覚ましたのでテーブルの上にあったパンフレット-神区 黄泉国の歩き方-なるものを一通り見たのでここの場所も1人で来れたのだ。


「見たよ…何あのパンフレットは…神様の国って聞いたけどあれは観光地用の資料じゃないの?」


「え〜せっかく分かり易く広報課に作ってもらったんだよぉ〜?ウチのとこ以外にも新入りさんは入ることもあるからねぇ〜。」


確かに新しく配属される人には分かり易く写真などが乗っている。


「新人には助かるものなのは間違いないな。確かに。」


うんうん。と満足そうにクロは頷いている。


「クロ。この奥の社から行くんだよね?乗り物かなんかあるの?」


「違うよぉ。乗り物には乗らないし、そもそも神区には乗り物ないよぉ?社にある神木の力を借りて移動するんだよぉ。」


クロは歩きながらミチヤに説明をした。クロによると神木が各神区にはあり、神木が黄泉比良坂にある神木と繋がっているのと、人間界に行くにもこの黄泉比良坂から行くようだ。

社の中に入ると社の中央に天井を突き抜ける様に大きな神木が鎮座している。管理者と思しき職員が中には数名いるだけで時が止まっているかのような静寂な空間になっていた。


「お疲れ様〜。これからの根之国に行くんだけど黄泉比良坂の方に連絡はしてあるぅ?」


クロが1人の職員に尋ねる。職員は会釈すると無言でどうぞと神木の方に手を伸ばした。


「いつもありがとう〜。ミチヤ、行こう〜。」


クロはそう言うと神木の根元まで行って立ち止まった。


「クロ。どうやってこれで移動すんの?見た目ただの木なんだけど…」


「こうやって、手を神木にかざすんだよぉ〜。」


クロが神木に向かって手をかざすと神木がクロを飲み込んだ。木に吸収されながらクロが手招きする。ミチヤも同じようにてをかざす。同じように木に吸収された。


目の前が一瞬で真っ暗になったがすぐに目の前が明るくなり目の前には山中の景色が広がる。石柱としめ縄で作られた鳥居のような物と小さい社が見える。

黄泉国ではないことは空を見ればすぐに分かった。そこには黄昏時の空ではなく青い空が広がっていた。


「ここは…どこ?もう着いた?」


周りを見渡しながら独り言を言うとクロが後から話しかけた。


「ここが黄泉比良坂。神区でありまた、人間界でもある曖昧な境界。仕事では毎回来るところだからすぐに覚えるよぉ〜。」


「またここから神木で移動するのか…行き先は思い浮かべながら手をかざすとかそんな感じでやんの?」


クロは二本の石柱の方へ歩き出していた。神木とは反対の方向だ。


「違うよ〜。根之国はちょっと特殊でねぇ。人間界にあるんだよぉ〜。」


特殊…神区でありながら人間界にある?確かにおかしい感じがする。


「なんで人間界にあるんだ?神様の国って…その…あの世に近い存在じゃないの?」


ミチヤは首を傾げる。その様子を見てクロは笑いながら答えた。


「ずぅっと昔にねぇ?根之国の神様が天津国で大暴れしたんだよねぇ〜。そのせいで根之国は天津国から切り離されて人間界に移ったんだよね。」


「大暴れ!?えっ!?今から会う…とゆーか、俺の教官の神様だよね!?」


「そうだよぉ〜♪」


クロはフフンと鼻を鳴らすと自慢げに言った。


「そ・こ・で!登場するのがイザナミ様のお兄様!伊邪那岐命(イザナギノミコト)様!イザナギ様の力で追放とその神区ごと人間界の一部に境界を創り固定したのさ!」


伊邪那岐命…イザナミ様のご兄妹であり夫と聞いているが…ゴッド・オブ・ゴッド。いつか会うことがあったら常に膝まづいていようとミチヤは密かに誓を立てた。


道中、クロから聞いた話によると根之国の神様は夫婦でいるそうで須佐之男命(スサノオノミコト)と櫛名田比売(クシナダヒメ)と言うらしい。流石にミチヤも須佐之男命は聞いたことはあるが確か、ヤマタノオロチを倒した英雄だと思っていた。まさかそんな大暴れする様な神様だとは…


暫くして黄泉比良坂の坂道を登っていると開けた場所に出た。


「ここが入口かなぁ?ミチヤ、境界の入口を開くからはぐれないように横にいてねぇ〜。」


そう言うとクロは静かに目を閉じる。暫くすると周りの景色が溶けるように歪んだ。ミチヤもその様子を見て咄嗟に目を閉じた。次の瞬間一瞬体がグラッとなった。クロに肩を叩かれミチヤは目を開けた。


周りには豊かな水田と畑が遠くの方まで続く景色が広がっていた。


「ここが根之国…」


ミチヤが遠く広がる景色に心を奪われていた次の瞬間…なにか大きなものが視界の端を通り過ぎた。一瞬遅れて体がよろめく程の振動とゴッという鈍い音が聞こえた!驚き音のした方を向くとクロがいなくなっていた。いたはずの所には隕石が落ちた…いや、刺さったような大穴が空いていたのだ。


「クロっ!!」


ミチヤは慌てて穴を覗くが穴のそこは見えない。

何が起きたのか分からない。思考が止まりそうな所にクロの声が聞こえてミチヤは勢い良く振り向く。


「俺は平気だよぉ〜。あ〜もう。いっつもこうやっていきなり来るんだからなぁ〜。」


ミチヤはホッと胸をなでおろした。え?いつも?

ミチヤは嫌な予感がしたがそれは予感ではなく確信だった。


「ハッハッハ!クロぉぉぉ!!来ると聞いていたから挨拶がわりにハグしようとしただけじゃないか!!この照れ屋さんめ!!」


いやいやいやいやいやいやいや!!オッサン!普通この大穴空ける勢いでハグしたら相手は消滅するから!!ミチヤはそう思いながらも動くことすらできず、ガクガク震えている。


「スゥさん、俺はそういう趣味ないからねぇ〜。あ、でもぉ〜クシナダ様なら歓迎するんだけどなぁ〜。」


クロがう言うとこいつめ!と言わんばかりにクロの後ろにいた大男がじゃれるようにクロにヘッドロックしている。大男はミチヤに気付き話しかけてくる。


「おー!お前が噂の自分の力で無駄に死んだ若者か!」


無駄に…ミチヤは心を抉られた。


「スゥさん、スゥさん!もう、そろそろいいかなぁ〜。」


クロはまだヘッドロックをされたままでいた。


「お、すまん!すまん!」


そう言いながら大男はクロをはなした。クロは首を左右に振り首を鳴らしながら会話を続けた。


「ミチヤ、この方が根之国の神様、須佐之男命様だよぉ〜。」


身長は2メートルを超えているであろう。巨体に背中には大きな大剣を背負っている。服は着流しでラフな感じだ。


「はじめまして!ツヅキミチヤです!よろしくお願いします!」


「元気が良くていいね〜。俺がこの根之国の主であり、二神の一人、須佐之男命だ。もう一人は妻の櫛名田比売だ。後で俺の神庭宮に来れば会うだろう。」


「スゥさん、取り敢えず今日はミチヤをここでの寮に案内してあげてぇ?訓練は明日からの予定だよね〜?」


そうだなと言うとスサノオはクロとミチヤに付いてこいと振り向き歩き出した。


「クロ、今日は泊まっていくだろう?せっかくだからウチで飯を食えよ!ミチヤも一緒にな!カミさんの飯は美味いぞぉー?そぅいえば今年の酒は出来がいいんだ!」


ガハハと笑いながらスサノオは歩いていく。

ミチヤはふと気になり、先程スサノオが空けた大穴を見ると何事も無かったかのように塞がっていた。これもスサノオ様の力か…ミチヤはこの神様の訓練なら自分も力を自在に使えるようになるのでは?と期待した。それと同時に昨日会った門番の後鬼がスゥさんと聞いた瞬間、顔を歪めたのを思い出した。それに天津国で大暴れした過去も気になる。

考えているうちに根之国の神庭宮に到着した。やはり大きな鳥居があり、その奥に建物がある。黄泉国の神庭宮とは違い、大きい武家屋敷の様な建物だ。


「おーい。戻ったぞ。黄泉国からの客人も一緒だ。」


「はーい!今行きますよー!」


奥から女性の声がした。廊下の奥から足早にこちらに来る女性が見える。黒髪のボブカットに幼く見える丸く大きい目のいかにも可愛らしい女性だ。


「まぁまぁ、ようこそお越しくださいました。私はスサノオの妻の櫛名田比売と申します。クロさん、主人がまた乱暴なことしませんでしたか?」


クシナダヒメは少し心配そうな笑顔をしながらでむかえてくれた。


「平気ですよぉ〜。それより相変わらず可愛らしいですねぇ〜。ヒメは。こんな事なら俺がオロチに説教したら良かったなぁ〜。」


クシナダはくすくす笑いながらお昼ご飯を準備するといい。また奥に戻って行った。ミチヤたちはスサノオに連れられ泊まるところなど宮内を見て回ることにした。


「そう言えば、ミチヤはどんな力の属性なんだ?」


スサノオが聞いてきたが属性と言われてもイメージで力が発動したこと以外何もわからないのだ。

クロがその事を伝えるとスサノオは少し考えてから付いて来いと私用の道場に二人を案内した。


「スサノオ様ここは?」


「おう。ミチヤ。訓練は明日からだが、その力の種類がどう言ったものかは知る必要があるだろう。今からその性質を探ろうと思ってな?」


「そんな事すぐな分かるのですか?」


「あぁ。それで道場なんだぁ〜。」


クロは1人で納得している。


「ミチヤ。そこに座れ。正座じゃなくていい。楽に座れ。」


スサノオはミチヤにそう促す。ミチヤはその場に座った。


「両手をだせ。」


ミチヤは両手を差し出すとその上にずしりと重い物が置かれた。スサノオが背中に背負っていた大剣だ。


「これは草薙の剣で三種の神器のひとつだが、持つ者の力を増幅するという力を持つ。その特性でミチヤの力を少し引き出してみる。何かをイメージしてみろ。」


何かと言われても。そうだ。それなら強い武器とか、火とか水を使う力とか…ミチヤは順番にイメージするが何も起きない。


「うーん。ミチヤ、ちゃんとイメージ出来てるか?力があるの本当なのか?」


スサノオは元も子もない事を言い始めた。クロはその事にけたけた笑っている。ミチヤはクロに少しイラッとしてクロをこの剣で斬ってやろうかと思った。すると手元に一振の刀が現れた。


「おお。これは珍しい!ミチヤの力は召喚の属性らしいな!」


「へぇー。召喚属性なんだねぇ。珍しい事は珍しいけどレアではないよねぇ。人間からの神徒は大体そうだよぉ?神様はほぼ使わないもんねぇ〜。」


クロはそう言うとミチヤの召喚した刀を手に取って眺めた。


「そうなのか?しらなかったな。そりゃ。うちのもんは神族ばかりだからな。黄泉国は人間界を終えた者が集まるから比較的多いのか。」


スサノオも納得といった感じだ。しばらくは召喚の訓練よりまず力そのものを引き出すことに注力していくようだ。


「皆さん、ご飯の支度が出来ましたよ。」


クシナダが道場に入ってきた。


「そうか。すまないな。クロ、ミチヤ後のことは飯を食ってからにしようか。クロ午後は俺と久々に手合わせと行こうか!」


そういったスサノオを横で制すように咳払いをしてクシナダが苦笑いしている。


「スサノオ様?農作物の収穫の管理台帳の整理は終わりましたの?それと天津国への輸送分の定期便は手配されましたの?」


スサノオが黙って目線を逸らす。クシナダはご飯を食べたら執務室へ行くよう促す。うなだれながらスサノオははいと返事をしながらクシナダのあとついて道場をでた。


「本当にあの大暴れしたと噂の神様なのか?クロ…」


「本当だよぉ。ま、こっちに来てクシナダ様と出会ってスサノオ様も変わられたのだねぇ〜。」


神様もなんだか人間みたいだとミチヤはくすっとわらった。午後はどうやら自由時間のようだ。明日からの訓練に備え、後はゆっくり過ごそうと思う、ミチヤとクロであった。



―続く

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