第2話 天津国と伊邪那美命

ミチヤはクロに連れられ草原にポツンとある

高さ3メートルほどある大岩の前に立っていた。


「クロ。この岩がどうかしたの?」


「ん?この岩が入口というか、今いる草原の終着点だねぇ。この世界そのものはゆりかごみたいなもので夢と現の境界と言ったところだからすぐに無くなってしまうんだよねぇ。」


「へー。無くなるのか…ゆりかごって赤ちゃんじゃあるまいし表現としてはどうなの?」


ミチヤはくすくす笑いながら答える。


「その表現の意味も後でわかるよ。なんせ死神様のご兄妹様の力だからねぇ。だけどこの境界に来れるのはミチヤみたいな特別な人間を受け入れるためのゆりかごだからねぇ。」


特別。ミチヤはクロの言葉を頭の中で反すうした。

その傍らで岩に左手を右手を胸の前で祈りを捧げる様に構えたクロは無言で念じる。

徐々に周囲が白い光に包まれる。やがてミチヤとクロ以外は光に溢れた真っ白で無音の世界になった。

クロはふっと息を吐いてミチヤを見た。

が、ミチヤの姿がない。落ち着いた様子で下を見るとミチヤがのたうち回っている。ミチヤは何か叫んでいる…泣き喚いていると言った方が正確だろうか?クロは笑いたいのを堪えながらミチヤを見下ろす。


「ふざけんな!クロ!声が出ない!助けて!光に溺れそうなんだ!騙されたのか俺は…」そう思いながらミチヤはもがいた。目の前のライダースジャケットの男は人が苦しんでいるのにも手を差し伸べる様子がないのは非道な奴だと言うこと。そして自分は騙されたのだと諦め目を閉じた。


「ねぇ?ミチヤ疲れたの?道の真ん中で寝ちゃダメだよぉ?迷惑だよぉ〜」


ミチヤは目を開くと起き上がり周囲を見渡した。舗装された道路に自分がいる所は歩道であろう事に気付いた。見える建物は戦国時代かそれ以前ぐらいの教科書で見た事があるような建物ばかりだ。


「もう、苦しくはないのかなぁ?」


にやけながらクロが話しかける。あたりの変化を恐る恐る確認していたミチヤはその声にホッとする。


「お陰様で…大変貴重な2度目の死を予感しましたが何か?」


クロはごめんと言った様子で顔の前で手を合わせる。その後、クロはミチヤを引き起こし歩き出す。


「なぁさっきの光は何だったんだよ?」


ミチヤは納得いく説明をしないと殴るぞと言いたそうに顔の前で拳を握っている。それを気にも留めずにクロは歩きながら話す。


「さっきのは境界が閉じる瞬間。境界の消滅時は全ての触覚は一時的に失われるのね?だから音の振動も伝わらないのねぇ?でも、息が出来ないのはまたしてもミチヤのイメージだからねぇ。」


ミチヤは少し立ち止まりすぐにクロの隣まで小走りで追いつく。2度目の妄想死をするところだったのが恥ずかしくて下を向いて歩いていく。


クロはミチヤの様子を見てやれやれと小さなため息を吐く。


「ミチヤ、前見て、あの奥に見える三階建ての屋敷が見えるかなぁ?」


ミチヤ顔を上げて見ると大きい鳥居のある城の様な門が目に入ってきた。その奥には屋敷と言うよりは砦の様な大きい建物が見えた。


「すげぇ…これがこれから住むとこ?マジかよ…」


「住めるわけないよねぇ〜。仕事場兼死神様のお屋敷だからねぇ。あ、逆タマ狙いなら諦めた方がいいからねぇ。」


逆タマ?何のことだ?死神様は女性って事?美人なのか?ミチヤは自分の上司に期待を隠せない様子でニヤニヤしている。これからのオフィスラブを勝手に期待していると鳥居の前までたどり着いていた。


鳥居の前には小柄な少年が2人立っていた。片方の少年は短い髪にバンダナを頭に巻いていて手には槍を構えている。もう片方の少年は金髪の坊主頭に左耳にピアス。腰には日本刀をぶら下げている。服装は制服なのか学ランの様な黒い服を着ている。


「お疲れ様だねぇ〜。2人とも。」


クロが手を振りながら話しかける。


「クロさん、お疲れ様です!今日はその者の裁定に来たのですか?」


これは意外だ。金髪坊主の少年は丁寧な言葉遣いでクロに話しかけた。


「違うよぉ。新しい神徒候補だよぉ〜。仲良くしてね〜。」


短髪の少年がミチヤを値踏みしながら見ている。


「弱そ…俺が鍛えてやろうか?クロ忙しいだろ?」


短髪の少年が槍を持ったままの右拳を左手に打ち付けながら笑顔で話しかける。


「そうだねぇ。弱いかもねぇ。だけど大丈夫。明日からはスゥさんところに行ってもらうからねぇ?」


ゲッっと嫌そうな顔で短髪の少年は苦笑いしている。スゥさん?誰だよ?ミチヤは訳が分からないと言った様子だ。


「紹介しておくねぇ。隣の彼はツヅキ ミチヤだよ。2人とも自己紹介してねぇ〜。」


ミチヤはぺこりとお辞儀をする。合わせて2人も会釈をする。


「俺は前鬼です。ここの門番をやっています。」


金髪の少年は前鬼と言うらしい。礼儀正しい少年であるのは先程からの言葉使いから伺える。


「俺は後鬼!同じく門番!門番は強くないといけないからな!組手ならいつでも相手になるからな!どんどんかかってこいよ!新入り!」


短髪の少年はミチヤに槍を向けて満面の笑で答えた。なるほど、後鬼と言う少年はヤンチャなガキ大将の様な雰囲気だ。


「うん、うん。じゃ、俺達は主様のところに行くから頑張ってねぇ?」


2人の少年はクロに深くお辞儀をすると門番の仕事へ戻った。2人の行動からするにクロは少なくとも門番よりは上の立場らしい。

屋敷の扉を開けて中に入るとそこには門番のふたりと同じく学ランの様な黒い制服を着た人が何人もいた。書類を抱え運ぶ人や剣や槍といった武器を携えた人。文官と武官ということだろうか。

目の前にある大きなロビーの中央に大きな階段がある。クロはその階段へ向かう。


「クロ。主様の所って神様の所に行くのか?」


「そうだよぉ。我らが死神様の所にねぇ〜。」


階段を昇りながらミチヤは下を見る。みんな忙しそうだ。自分も働けるのか不安になる。ついさっきまで普通の高校生だったミチヤは複雑な気持ちで神様の部屋に向かう。


3階まで昇ると廊下が広がる。両側には部屋が5部屋づつあり廊下の一番奥には一際大きな扉の部屋が見える。廊下の長さが奥の扉まで50メートルほどあるのを見ると1つの部屋が学校の教室ぐらいだろうか?その廊下を奥まで歩く。クロは扉の前で止まりノックを3回して声をかける。


「クロです。ツヅキ ミチヤを保護し、只今帰還致しました。」


クロの声がいつもとは違う凛とした感じをしている。つられて横にいるミチヤも背筋をのばす。


「ご苦労様です。入りなさい。」


中から声がするとクロは扉を開け部屋の中央まで進む。ミチヤもそれについて行く。部屋の奥には大きな机があり、その奥には豪華な一人用のソファのような椅子に座る若く美しい女性が1人。

この人が神様。ミチヤは直ぐに理解した。無意識に深くお辞儀をしていた。

クロは敬礼をした後、机の前に進み報告を始める。


「本日、早朝に現界した境界にてツヅキ ミチヤを保護する事に成功。その後、天津国に帰還。無事に黄泉国、神庭宮にお連れ致しました。」


女性…女神様ははぁっとため息を吐くと呆れた顔で口を開いた。


「クロ。何度も言うようだけどそんな固くならないで。そうでなくとも私の周りには頭の硬い神族ばかりで疲れるのよ?特に今は部下やほかの官職はいないのだから…」


クロは柔らかく笑いながら返す。

「ははは…そう言われましてもここは執務室なので壁に耳あり…ですよ?」


女神様はそれもそうかと言いながら今度はミチヤ見て話しかける。


「ようこそ、黄泉国へ。歓迎するわ。ツヅキ ミチヤ君。」


優しく艶やかな声にミチヤ緊張する。その様子を見て微笑みながら女神様は続ける。


「私は黄泉国の主にして神野は1人、伊邪那美命(イザナミノミコト)。これからはあなたの上司になるわ。クロとはここに来るまで話をしたわね?クロ、どこまで話をしたの?」


「はい。簡単な仕事内容は話してあります。

細かい事はイザナミ様から話された方がよろしいかと…」


また、堅苦しい言葉遣いのクロに困った顔を向けて諦めたようにため息を吐いてからイザナミは話し始めた。


「ミチヤには人間界のスイーパー。掃除屋さんの部隊に所属してもらいます。部隊は少数精鋭のため、4人1組で全3部隊構成です。クロは3番隊の隊長です。他に2人隊員がいます。あなたにはそこの最後の隊員になってもらいます。」


ミチヤは短くはいっ!と答える。それを見ながらイザナミは続ける。


「ただ、今は仮隊員なの。あなたはまだ無意識でかつ、危機に陥らないと力が使えない状況。これを自在に使えるようになってもらわないと困ります。よって明日からはクロとは別に訓練を受けてもらいます。もちろんクロは部隊の訓練と実務をこなしてくださいね?あ、でも、先程から私のお願いを行動で否定してくださるみたいなので任務とは別にクロ隊長には別途、特別任務を依頼出しておきますね?」


バツの悪い苦笑いをしながらクロは肩を落とす。


「イザナミ様!俺の訓練とは何でしょうか!?」


ミチヤは力の制御の訓練と聞いてヤル気マンマンと言った様子だ。


「訓練は別の神区に行って行います。うってつけの神がいるのでその方に一任してあります。まさに英雄といった神なので期待してくださいね?」


美人の最高級の笑顔にミチヤは昇天寸前になっていた。だが後日この笑顔がさすが死神様…と改めて認識する事になる事をまだミチヤは知らない…


「今日はこの後クロに居住区を案内してもらいそのままお休みください。明日はクロがまた、一緒に訓練をする神の元へ送ります。どのくらいで部隊に合流出来るかはミチヤ次第ですから頑張ってくださいね?期待していますわ!」


力強く頷き、ミチヤはクロとともに部屋を出て

神庭宮を後にすると隣にある居住区、いわゆる社員寮に案内された。


「ミチヤ、お疲れ様ぁ〜。イザナミ様綺麗でしょ?でも花には毒があるから気をつけてねぇ〜?」


「何言ってんの?クロ〜。毒は違う人なんじゃないの〜?」


イザナミとの面会が終わったのかミチヤは用意された自室のベッドに寝そべっている。


「まぁ、明日には分かるかもねぇ…取り敢えず、明日は朝9時に迎えに来るからね!寝坊しないでね?あ、時間は人間界と同じ基準と同じだからね!」


ミチヤは置かれた時計を見ると時計の針は6時を指している。ベッドの横の窓から外を見ると太陽はないものの夕暮れ時でまだ明るい。不思議に思っているとクロが答えた。


「黄泉国は常に黄昏時だから空はね、暗くならないよぉ?だから時間の感覚に慣れてねぇ〜。」


それだけ言うとクロはバイバイと手を振り部屋から出て行った。

ミチヤはベッドで横になると急に眠くなった。思えばなんだかんだ今日はよく歩いた。疲れたな―ぁ。そう思いながら今日あった、門番の前鬼と後鬼のことを思い出した。明日からの訓練…スゥさん?だっけな。クロはその人のところに行くって言ってたか。後鬼のスゥさんと言う名前を聞いた時の嫌そうな顔をしたのが気になる…イザナミ様の毒と関係あるのかな?そんな事を考えているうちにミチヤは眠っていた。


―続く

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