エキセントリック・ガール インユアルーム
小泉リオン
第1話
(あーあ)
里崎美与は退屈していた。
(早く授業終わらないかな)
授業は退屈なものだと誰が言い始めたのかは分からないが、とにかくこの倫理学の授業は退屈だった。
美与はこの春、大学2年生になった。
暗めのアッシュブラウンのワンカールロングに、白のリブニットに、薄めの色合いのデニムを合わせている。ダスティピンクのパンプスに、300均でかったリボンのネックレス。
まるでフェミニンカジュアルの女神のような出で立ちをしている。
最近友達に誘われてバドミントンサークルに入った。バドミントンは、まだやっていない。
美与は特に、この殺風景な講義室が苦手だった。まず広い。あと、生活感が微塵も感じられない。
(教授の研究室とかは好きなんだけど)
彼女はそう考えて、少し口元を綻ばせた。
研究室はここから離れたF棟の2階にある。つい本棚をあさってしまって、教授に笑われたっけ。
ある日のこと。美与はまた、あの研究室へと向かった。
(空いてる)
ゆっくりと扉を開ける。そこに、教授はいなかった。
美与は、胸の鼓動が高鳴るのを感じた。その鼓動が見つかる不安によるものなのか、興奮からくるものなのかは彼女にも分からなかった。
美与はまず、教授のカバンに手を伸ばした。
大量の書類と、黒いペンケース。それから、二つ折りの革財布が入っているのが目についた。
美与は財布を手に取った。万札が5枚に、大量のカード。その一枚一枚に目を通す。
クレジットカード。眼科の診察券。健康保険証。またクレジットカード。その次は、何だろう。
「ニューハーフクラブ seren」
また意外なものが出てきた。
誰かがここに居合わせたら、間違いなく万引きだと思っただろう。しかし彼女は盗みには全く興味がなかった。
他人が普通見ない場所を覗いている―それだけで美与は興奮した。
デスクの引き出しを開けた。お菓子の缶のふたのようなトレーに入れられた大量のペン。消しゴム。会議資料。メガネ。引き出しを、一つ一つ開けていく。途中で、あるものが目に留まった。
それは、家族写真だった。中央には小学生くらいの女の子。両側に満面の笑みを見せる教授と、奥さんらしき穏やかそうな女性。
無愛想な教授の、違った一面。
(ご家族思いなんだな)
不覚にもほっこりさせられたのを覚えている。
それで大体満足して、彼女はそっと部屋を出た。そう、何の証拠も残さずに。
「どしたの? 美与」
顔を上げると、愛佳が不思議そうに顔を覗き込んでいた。彼女は同じ社会学部の友達でもあり、美与をバドミントンサークルに勧誘した本人でもある。
「いいことでもあった?」
「ううん、何でもない」
美与はそれだけ答えて、講義室のスクリーンに目を向けた。
昔から、人の家が好きだった。友達の家に遊びに行くのが好きで―でもそれは、普通の好きとは違っていた。必ず引き出しを開け、服のポケットを探った。
彼女は「部屋フェチ」と言っても過言ではないレベルだった。そんなワード、今まで聞いたことないけど。
授業が終わった後、愛佳がふと、思い出したように言った。
「そうだ。今度の金曜日、空いてる?
「空いてるけど、どしたの?」
「ほら、美与が入ってからちょい経つのに、まだ何もしてないじゃん。だから、歓迎会やりたいって」
「えっ、そうなの?」
チャンスだ。美与はそう思った。
エキセントリック・ガール インユアルーム 小泉リオン @mintleaflet15
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