第36話 促成栽培と一族の会議

それは偶然だった。

口の中に飴を入れた状態で屋敷から水屋に行ってしまった。

水屋についても口の中に飴が残っていた。

(口の中に入れたものは運べるのか)

色々なものを口の中に入れて運んでみた。

口の中に入るサイズならば運べることが判った。

手に握ったコインや種は何回やっても運べなかった。

でも転移で運べることが判ってよかった。

何種類かの種やソメイヨシノの枝を運んできた。

庭の倉庫の横にある温室には植木鉢がある。

早速、その植木鉢に庭の土を入れて種を蒔いたり、桜の枝を挿したりした。

書斎で見つけた資料から万能肥料の魔法薬を作って植物にかけておいた。

いきなり種や挿し木にかけたら枯れそうだけど魔法薬なのでこれでよいらしい。


夢中で作業をしていたらアリルとナリルが近づいて来た。

「タカシ様、植物を育てるのでしたら私の魔法を使わせていただけないでしょうか」

「魔法?」

「植物を育成する魔法です」

「そう言えば以前にも言っていたね」


早速、桜の挿し木に植物育成の魔法をかけてもらう。

1mぐらいまで伸び、側枝を出し、葉をつけた。

根も伸び、鉢も割れそうだ。

「栄養的にもこれが限界です。どこかに植え替えましょう」

庭の隅に鉢から出した桜を植えた。

そして再び魔法をかける。

3mぐらいまで成長して葉を落とした。

「枯れたの?」

「いいえ、違います」

葉の落ちた枝に芽ができ、ふくらみ、花が咲いた。

満開のソメイヨシノだ。

そして花が散ると葉が出て来て成長が止まった。

「すごい魔法だね」

「あ、ありがとうございます」

種の方も魔法で成長させることができた。

すぐに芽が出て成長を始めた。

肥料と水をしっかり与えれば花が咲き実も生りそうだ。

これならこちらにない品種の栽培ができそうだ。

来年の春にはこちらの公園でも花見を楽しむことができるだろう。

水屋での植物の育成の研究は二人が行ってくれることになった。

ソメイヨシノの苗も増やしてくれるという。

少し楽しみだ。


そんな事をしているうちに再び週末が訪れた。

美味しい水の販売や塩の回収、水屋カフェの営業と忙しい土曜日があっという間に過ぎた。

明日は水屋の方はユキノさんとアリルとナリルに任せて地球で一族の会合がある。

一族が経営するホテルの会議室とその会議室のある最上階を貸し切りにしての会合だ。

一族の半分が出席するという。

遅くならないうちに屋敷に帰り早めに就寝した。


翌朝5時に水屋へ行き、一日の美味しい水を用意した。

5時半にはユキノさんが来て準備を始めてくれた。

「それではよろしくお願いします」

「タカシさんもお気をつけて」

ユキノさんとアリルとナリルに任せて屋敷に戻り朝食を摂り、サオリとカオリを連れて会場のホテルに向かう。

前日からホテルに泊まるようにと勧められたが断った。

最近になって気が付いたのだが一族の中においても勢力争いがあるようだ。

そして私やサオリやカオリを取り込んで自分たちの力を伸ばそうという考えがあるようだ。

カオリのご両親はそういう勢力から私たちを必死になって守ってくれている。


結局、会合には一族の412名のうち221名が出席した。

そして魔力をもつ52名のうち44名が出席している。

魔法陣があれば魔法が使える32名は全員出席した。

魔法陣なしで魔法が使える7名のうち出席者は5名。

私とサオリとカオリさんと一族の菩提寺の住職と一族の先祖を祀る神社の神主だ。

菩提寺の副住職、先祖を祀る神社の神主の長男は菩提寺と神社を守っているので出席できないということだ。

今日の会合の司会はカオリさんの父であるタクミさんが務めてくれる。

会合は順調に進んだ。

そして一族の役員と長と補佐を決めるところまで議事が進行した。

「一族の長にはご住職についていただきたいと考えます」

いきなりそういう発言があった。

魔力は持つが魔法陣があっても魔法の使えない実業家の男性だ。

「それがいい、経験が豊かなご住職が適任ですね」

魔法陣で魔法が使える男性が賛同してきた。

「それは駄目です。寺と神社の者はそこを守護するのが仕事です。一族の長にはならないということになっています。ましてやタカシさんは先代以上の魔力の持ち主であり先代が後継者と認めた人物です。彼以外に一族の長は考えられませんよ」

住職が反論した。

「そうですね。タカシさんかサオリさんに長になってもらいましょう。私は政治家として彼らの後ろ盾になりますよ」

一族に三人いる政治家のうちの一人だ。

「我々は政治とは一定の距離を距離をとることにになっているはず。彼を利用するのか」

「そんなことはしない。そちらこそ商売に利用しようと考えているのだろう」

いつの間にか言い争いになってしまっている。

事前に聞いていたが結構厄介だな。

「静まりなさい!」

神主が一喝を入れた。

これは声だけでなく魔力を使った威圧だ。

一瞬で会場が静まった。

中には震えている人物もいる。

「タカシさん、私は貴方の考えを聞きたい。先代の指名したのは君だからね」

「わかりました。先代に託された一族の長は私が務めましょう。私が不在時の代理としてサオリさんとカオリさんについてもらいたい。補佐は今まで通りタクミさんとアカリさんにお願いしたい。いかがでしょうか」

事前に住職や神主、そしてサオリとカオリと相談しておいた内容を提案した。

「いかがでしょうか。タカシさんの案に異議をお持ちの方はいらっしゃいますか?」

サオリやカオリ、そして住職と神主から威圧が放たれている。

つまりこれは魔法陣なしで魔法を使える今日出席しているメンバーの総意でもあるということを示している。

どこからも異議が出ない。

いや出せないのだ。

「ではこれからの新体制が決まりました」


会合は終わり懇親会が行われた。

今まで知らいない人たちとも会話をする機会ができたがこれからなかなか大変だ。

これから一族をまとめていくのが大変なのだということがよく分かった。

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