第3話 もう一つの遺産

「師匠なくなったのではないですか」

「君は冷静さを失うと、いつもの君から考えられないほどとことん崩壊するな」

「これが冷静でいられますか。えーと携帯。あれ?」

服が今までのものではなかった。

シンプルな服に代わっている。

当然携帯電話も財布も持っていななかった。

「タカシ君、少し落ち着いてくれたまえ」

「あ、はい」

「今の私は一種の立体映像のようなものだよ。ただ触れるというのがちょっと違うところかな」

「触れられたら映像じゃないでしょう」

「君の様々な感覚に刺激を与えて私の姿を再現しているからね。触った感覚も圧覚やその他の感覚器に刺激を与えているだけだ。これは魔法と科学によるものだ。そして私は生きている間に脳内の知識や記憶や思考方法を魔法と科学技術で作り上げた魔導コンピュータにコピーした。まあ終活というわけだ」

「いや、そんな終活って聞いたことがありませんよ」

「やったのだから仕方がないだろう」

師匠は常識外れの人だったが相変わらずだ。

「今、君の相手をしているのが魔導コンピュータだよ」

「はあ、わかりました」

「それからここは異世界という場所だ」

「異世界ですか」

「異世界だよ、異世界!もっと喜ばんかいな。テンションが低いなあ」

「だんだん疲れてきました」

「それはいかんな。大丈夫か。この世界では魔法が使えるぞ」

「それはすごいですね」

「お、復活したか。ただ、この世界と私たちがいた世界との行き来はできるが物を運ぶことはできない。気をつけないと私が初めてこちらに来たときみたいに裸で転移してしまう」

「師匠は裸で異世界に出現したのですか」

「ああ、20年前にな。しかし森で人がいなかったからよかった。すぐに魔法で服を作ったからね」

「それはよかった」

「そこでこの転移門を作った。転移した後その世界の服を着用した状態になる」

「戻った時は」

「来るときに身に着けていた服が着用した状態になる」

「ではここで新し服に着替えて元の世界に行ってまたこちらに来たら」

「着替えた新しい服を着用した状態になる」

「すごいですね」

「そうだろう」

魔導コンピュータでもドヤ顔になるんだ。

あ、師匠の思考か。

「それで私はこちらである国の王都を訪れた。そこは水が悪くてな。有害物質や細菌が入っていて煮沸しないと飲めない。煮沸した水もまずい」

「いやな土地ですね。でも魔法があるなら魔法で水は創れるのじゃないのですか」

「正解。魔法で安全な水を創れるよ。但し美味しくないし沢山作れない。正確に言うと水分子を集める魔法だからね。何故美味しくないかわかるかな」

「え、水分子を集めるって。まさか超純水を作っているのですか。」

「その通り」「それ、手に入れたい。持っていきたい」

「だから、私たちがいた世界に物を運ぶことはできないのだよ」

「残念です」

「元に戻すよ。水の美味しさは不純物があるからだからね」

「そうですね。その比率が大事ですよね。師匠は美味しい水を創れるのではないですか」

「ああ、創れたよ。近くの材料を置いておけば効率よく美味しくて安全な水を創れた。そこで王都で水屋を始めたのじゃ」

「水屋というと神社仏閣のお清め処や江戸時代の水の行商ですか」

「店を構えて安全でおいしい水を売ったよ。ただし、原則土日祝日がだけどね。なかなかの盛況だよ」

「それで師匠は休みに連絡がつかないのですね」

「ははは、そうだよ」

「そうするとまさかその水屋を引き継げということですか?」

「おお、またまた正解」

「私、魔法などは使えませんよ」

「私も地球ではそうじゃよ。現在は魔法使いの家系でもほとんど使えなくなってしまった。でも私たちには科学があるだろ。科学で魔法を少し再現できるんだよ」

「そんなことできるのは師匠だけですよ」

「ははは、そこでこちらに来れば魔法を使える人物を探したら身近にいたんだ。それが君さ。君も私と同じ魔法使いの家系だよね」

「え、それは。そういえばひいおばあさんがそんなことを言っていたような」

「そうだよ。君の事は小さい時から知っているし、君の家系が魔法使いの家系とは知っていたが適する能力を秘めている人物はなかなかわからなくてね。魔法使いを探すための機械を作ったよ。それで君の能力を見つけた。大きな魔力を持ち、水や様々な水溶液を作れる君をね」

「私にそんな能力が」

「そうだよ。できた水や水溶液を鑑定したり水溶液から水を取り除いたり、様々な温度にしたりする能力もあるようだ。それから自分の能力を道具に付与できるようだよ。もちろん水や水溶液を作るには材料が必要だけどね」

「そんなことが」

「まあ、水魔法でも特殊なものだけどね」

「魔法というと攻撃魔法とか治癒魔法とか」

「そういうのはなさそうだよ」

「そうですか」

「それで水屋なのだけど」

「ええ、美味しい水が作れそうならやってもいいかな」

「では水屋を継いでくれるんだな」

「はい」

「よかったよ。街の人たちが水屋の再開を心待ちにしていてね。跡継ぎの孫を連れてくると伝えてあるのだけどね」

「それだは師匠の孫ということでいいのですね」

「そうしよう。今日は遅いからこの続きは明日にしよう。明日は休みだろう。明日の午前は引っ越しをして午後からこちらにおいで。これはこちらからの転移門の鍵だよ」

「腕輪?」

「そうだよ。それをつけていればノブを回すだけで開けることができる。あちらにも書斎の机の一番上の引き出しにネックレスが3つ入っている。それを1つ着けていれば鍵を使わなくても扉を開けられるよ。書斎の扉のロックは忘れないようにね」


師匠に送り出されて元の世界に戻ってきた。

もう夕方だ。

帰宅して明日は引っ越しか。

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