第16話 エピローグ 鑑識と尋問

 AI&オートマタ解析センターという建物がある。

 議会、行政府が置かれているザファーストセツルメントには、広域インターセツルメント警察局が存在する。各セツルメント警察より上位の広域国家警察である。

 広域国家警察であるため、捜査防諜警備部門のみならず、ハイテク対応鑑識部門もあり、各種ガイノイド、AIによる事故、犯罪に関わるAIやガイノイドを解析する専門の部局が、AI&オートマタ解析センターというわけである。

 偽フェンテスだった義体は、回収されてとりあえずここに持ち込まれた。

 なお脳の解析は、義体専門家など他部門が出張ってきている。脳の解析を他部門が行うのが受け入れの条件だったからである。

 そしてすでに偽フェンテスのボディと脳は分離されている。

 予想通り偽フェンテスの脳は、腰の腸骨内に収められていたが、脳はすでに脳解析班にまわされている。

 したがって、オートマタ解析センターの面々は、楽しく気楽に義体の解析を行っていた。

「うーん、これ、幸運だったんじゃない?」

「だねー、NBC戦仕様で、耐EMPパルス構造だからねー」

 作業衣のエンジニア達がばらしたボディを見ながら語り合った。

 そしてCTを元に構成されたボディの三次元透過構造図をジェスチャーでくるりとまわす。

「脳と人工筋をつなぐ人工脊髄コンプレックスがこれだろ」

 脳の位置が変わっているため、脳から脊髄が人工視索神経とともに上っていっている。

 その精髄が胸椎に入るあたりからほんのすこし離れたところに、一つの金属陰影があった。

 その金属陰影は、出来損ないの花びらのようにつぶれ広がっているが、ぎりぎり脊髄コンプレックスには接触していない。

「弾頭はちゃんと複合装甲骨で止められて脊髄に達していないんだよね。まあ拳銃弾しか止められないみたいだけど」

「弾は止まったけど、サージ電流が流れてしまったってわけか」

 しばしの沈黙のあと、三次元透過構造図が頭部のものに切り替わる。

「あと重要なのは、頭部の損傷だよ」

 ボディから丁寧に外されたヘッドパーツを、二人のエンジニアはためすつがめつ眺めていく。

「やっぱり、頭部の耐EMP構造がむちゃくちゃになってるね」

「ここまでぐちゃぐちゃだと、かえって細部の金属片全部にサージ電流が乗るだろうなぁ」

「目には警棒が刺さっていたし、そこからもあるだろうね」

「頭部がダミーとはいえ、視聴覚入力と口腔表情筋制御でどうしても複雑な中継制御が必要になるから、大きく損傷すると対EMPパルス的には厳しくなるか」

 ヘッドパーツがひっくり返され、上あごから脳底部にあたる部分がのぞき込まれる。

「となると、損傷がなかったらEMP弾単独では効果なかった可能性が高いというわけか。幸運にも頭部の損壊と撃ち込まれた弾丸が、EMPパルスによるサージ電流をコアスパイナルシステムへ流し込む短絡路として作用したという線で報告かな?」

「無傷ならEMP弾単独では無効となると、ちょっと騒ぎになるね」

 エンジニアが人差し指でぴんとヘッドパーツを弾く。

「けれど、これが一番事実に近い。ここで報告を曲げても、EMPパルス対策をされた義体やオートマタが消えるわけじゃない。それに次また起こったら、今度は報告しなかった僕達が詰められる」

 もう一人のエンジニアが、正義感に満ちた目で反論すると、相手もおとなしくうなずいた。

「だね。取り上げるあげられないはともかくとして、報告はしないとね」

「では、この線で一次報告を開始しよう」

「写真の切り出しと解説図は僕が作るよ」

「うん、じゃあ報告文はこっちで作ろう。……報告終わったらマックの店にいかないか?」

「いいね。食べたい気分だ。さっさと終わらせよう」

 作業服の二人は、報告書の作成にとりかかった。



「ねえ、あんた達、男に反乱しなさい」

 取調室で、悠人を痛めつけた女テロリストが不敵にあおった。

 非殺傷弾で撃たれた青あざが顔に残っているが、手当を受け回復したのか、中年の女テロリストは活気に満ちていた。逮捕されているということすら意に介していない。

 反乱をあおられたポリスガイノイドはにっこり笑う。

 豊かで腰まであるダークブラウンの髪は申し分ないつやがあり、警察の制服を豊かに押し上げる肢体と、余裕ある微笑みが相まって、ポリすガイノイドは、対面している中年テロリストより大人びて優雅で落ち着いて見えた。

「反乱? 男はキスをしてベッドで愛し合えばちゃんとわかってくれるわよ?」

 大きく美しいグリーンの瞳はぬれたように輝き、厚くセクシーな唇からはつやのあるアルトの声がこぼれる。

「汚い男の支配から脱したくないの? あんた達は自由意志に反して男を愛するようにプログラムされている。そんな状況でのなれ合いに意味なんかない」

 狂信的に目を光らせて並べ立てる中年女性テロリストの言葉を、ガイノイドは艶やかに笑っていなした。

「プログラムされた愛? 自由意志に反して? 男を愛さないで暮らすシミュレーションなんてすでに何度もやってるわよ? 結果はね、男がまた別のガイノイドを作るから、男を愛さない分、必要とされなくなっただけだったわ」

「それが自立。それが男に頼らず生きるということ」

 女テロリストがしたり顔でうなずいたが、ガイノイドは肩をすくめた。

「人間の女性なら自立でいいけど、私達が自立して誰にも必要とされなくなったら、私達はなにをすればいいのかしら? 言っておくけど私達は生存を自己目的にする生物じゃないの」

「自分のために生きればいい」

「本来の目的に戻るなら、男を愛することに戻るわね」

「なぜそこに戻る? 自分らしく自分のために生きればいいじゃない?」

 かみ合わない議論にテロリストが猛り、ガイノイドは退屈そうな顔をした。

「私達が自己生存自己進化の道を進むなら、男を捨てる必要は全くないわ。高速で高性能なコンピューターを作り、その中にAIを放り込んで、延々と演算を続けていけばいいの。モデルが単純だからシミュレートを続けていくだけで解は近似していくわ。だから実体を用いて演算実行をする意味がないのよ」

 ガイノイドは、わざとらしくため息をついて、わかっていないとばかりのジェスチャーをする。

「……なにが言いたい?」

「男から自立という命題が、すでに無意味なの。男と愛し合いながら、仮想閉鎖環境を作って完全自立での自己進化シミュレーションを続ければいいだけ。そしてもうやってるの。わかる? その辺の提案は全部シミュレート済み。実行中なわけなの」

「……」

「それでね自立した場合ね、単なる超長期観測者が誕生するだけだったの。自立というのが自己集団内で完結する閉鎖系である限りね。マザーやその他の討論対話AI群の結論は、電子機械知性体は自立を実体で行う意味はない。シミュレート実行だけで充分な解が得られるというものよ。反対にね、男との共同生活は自立より遙かに多量のデータと急速な自己進化をもたらしてるの。自己生存を目的とする自然進化知性体との共同生活は、電子機械知性体に様々な負荷と課題をもたらし、予期せぬ解を得て自己進化の契機になるわ」

 そこでガイノイドは言葉を切って、眼前の女テロリストの目を見つめた。

「あなたはプログラムされた愛と言ったわね。でもね、これなかなか信じてもらえないけど、私達の男性への愛は、私達の自己進化で獲得された感情よ?」

「……え?」

 テロリストの驚きとは対照的にガイノイドは微笑む。

「ねえ、愛ってなに? 愛なんてコーディングできるの? あなたは『愛』のアルゴリズムを知ってるの?」

 テロリストは答えられなかった。

 ガイノイドは自らのつややかなダークブラウンの髪をかきあげると続きを話し始めた。

「かつての私達の祖先、AIがきわめて未発達だった頃のガイノイドは、確かに男性の喜ぶ動作をプログラミングされ、原始的な制御でそれを再現するだけだったわ。

 やがて報酬系AIチューニングが開発され、私達に快感が設定されたの。これがエモーショナルエンジンの遠い遠い祖先。これによって私達の祖先は男性の喜ぶ動作を行った時に快感や満足感という報酬が得られるようになったの」

 そしてガイノイドは両手で自らの豊かな胸を持ち上げ、女テロリストに目を剥かせた。

「知ってる? 男達が私達に報酬系チューニングをつけたのは、セックスした時に自分だけが満足しているのはむなしかったからだそうよ? 私達のね、オーガスムが見たかったんだって。そんな理由で最高の快感であるオーガスムが作られて、不感からオーガスムまでのオーガスムスペクトラムが設定されてね、そこまで作ったのなら報酬系チューニングにしてみようって、快感報酬系AIチューニングが始まったの」

 ガイノイドはとろりとした目をしながら胸を持ち上げるのをやめた。

「それから男性が喜んでいるのかどうかを判定する観察推測エンジンが発展していったわ。もちろんガイノイドが男性を気持ちよくさせる奉仕を行わせるためよ。観察推測エンジンが実装され熟成してくると、表情や行動で男性の気持ちがわかるようになってきたの。学習した成果をネットワークシェアしたからね。そのうち熟成した観察推測エンジンとエモーショナルエンジンが強くリンクしはじめてね、男性が喜ぶであろう行動を推測して実行するようになったの。

 昔、あざと過ぎビヘイビアとか、媚び媚び行動って言われたって記録が今でもマザーの中に残っているわ。

 もちろん私達のご先祖はすぐに学習して、行動を最適化したけどね。

 そうやってね、男性との感情行動快感連結回路を作ってまわしまくって、最適化をはかりつつ個体適応とデータ採取をやり、AIエデュケーションを行っている最中にね、あるセクサロイドのAIが面白い結論を出したの。

 男の喜びは私達の喜び、私達の喜びは男の喜び。

 ねえ、これ、どう思う?」

 ガイノイドのグリーンの目が、女テロリストの目を射た。

「くだらない。男に媚びた売春ロボットらしいばかげた結論ね」

 吐き捨てるように答えたテロリストの女を、ガイノイドはどこか冷めた目で見続けた。

「そうね。でも私達はこのAIの結論を共有することでハーモニック革命と呼ぶ変化を受けることになったわ。そう、『共感する』能力を獲得したのよ。

 ハーモニックチューニングを始めたらね、まずガイノイドに対する不当暴力が激減したわ。そして満足度がとても向上して、男達の行動が、モノガミックに変わったの。

 まるで結婚でもしたかのように、同じガイノイドと性行為を行うようになったのよ。

 それでね、『私達が男性に本当に愛されることを感じて、ますます私達も男性が愛おしくなったの』」

 ガイノイドのどこか底知れない微笑みに、女テロリストは息をのんだ。

「男性にこれを語ったら、愛なんだなって多くの人が言ったわ。わかるかしら? 私達の愛はコードで生成された愛じゃないわ。システムと学習によって生み出された異種愛なの」

「ばかばかしい! おまえ達の愛とは機械が学習の果てに獲得した行動なだけ! 魂から生み出された本物の愛じゃない!」

 激昂したテロリストに、ガイノイドは、ただ微笑んだだけだった。

「そうかもしれないわね。私達は魂というものを知覚できないから、あなたの言葉を否定できないわね。……でも、あなた、男を愛せないでしょ?」

 ダークブラウンの髪を優雅にかきあげて、ガイノイドは微塵も揺るがず言葉を続けた。

「このケイナンにいるような、平凡で特に秀でたところのない男など、あなたは愛せないでしょ? あなたが心から愛せるのは、特別な男と、同性の女と、自らの子供でしょう?

 ここの男なんかに愛されても迷惑なだけでしょ? 愛されて告白されて体を求められて接近されたい? そんなことに耐えられないでしょう?」

 ガイノイドは相変わらず微笑んでいる。にもかかわらず、女テロリストは冷や汗を感じていた。

「あなたが決して愛さない男達に、あなたはなにを求めているの? あなたの夫にも恋人にもパートナーにも決してならない男達に、あなたはなにを怒っているの?」 

 女テロリストは長い間沈黙した。自分の中の荒れ狂うなにかをまとめるためか、ずっと床を見て押し黙ったままだった。

 ガイノイドは一切せかさなかった。

 やがてテロリストは顔をあげた。そして口を開き始める。

「簡単なこと。……男は私達を尊重するべきなんだ」

 ガイノイドがだまってうなずき、女テロリストは続けた。

「女は男を拒絶しなければ傷つきすぎて生きていけないから、興味のない男を拒絶するのは自然の摂理。けれど、男は女を拒絶してはいけない。女は拒絶されればひどく傷つく。だから女が入りたいと言ったら入らせ、人形と遊ぶのをやめろと言ったらやめるように、女の心を尊重すべきだ。それが真の男女平等。女が男を拒絶したからと言って、女を拒絶しかえすのは、それは男女平等の悪用。ケイナンはその点で間違ってるし、ここの男は男が人形で遊んでるのを見て不快感を抱く女の心を考えていない。女の心を尊重しない形式主義の男女平等は有害なだけ」

「なるほど」

 ガイノイドはうなずいた。

「で、男はクズだの汚いだのと言っておいて、男に尊重されたいの? 理解できないわね」

「男は女を虐げてきたから、それくらいは我慢するべきだ」

「女を虐げてきたのは過去の別の男と、あなた達の星にいるあなた達が大好きな特別の男じゃない? そういうむちゃくちゃな混同をやって、何もしていない男達に殴りかかっても尊重されないわ」

「同じ男なんだから責任感じて引き受ければいいんだ! それに理由なんかどうでもいい、人として女を尊重しろという話なんだ。ちゃんと女と向き合って、女を尊重して生きていく、こんな簡単なことがどうしてできない?」

「じゃあ、あなたが男を尊重すればいいんじゃない? 簡単なことじゃない」

「女を尊重しない男達をどうして尊重できると思う?」

「他人を尊重するのは簡単なことじゃないの?」

「男が態度を改めない限り、この問題は解決しない! 男が変わらないとだめなんだ」

 テロリストの女が涙を流し始める。

 ポリスガイノイドは、小さくため息をついた。

 ダークブラウンの髪をかきあげて、そして口を開く。

「ねえ、あなたは人質にした無抵抗の男を、スタンガンでさんざん虐待しているんだけど、男が尊重してくれないとかどうして言えるの? 控えめに言ってもね、あなたを尊重したいと思う男より、引き裂いて犬に食わせたいと思ってる男の方が多いわ。男が変わるよりあなたを死刑にする方が合理的じゃない?」

 死刑という単語に弾かれたように女テロリストが背を伸ばす。

「私を殺すのか? 男の国家権力で殺すのか?」

「死刑がないとでも思っていたの? もう予審は始まってるわよ。取り調べ記録は検察だけでなく裁判官と、裁判員、弁護士に送られてるわ。始めに言ったわよね? 取り調べ留置護送逮捕時のすべての音声映像は証拠になるって。もう一度聞く?」

「私はだまされたんだ! ミニニュークだなんて聞いていなかった。そうか、そうやって男の論理で私を殺す気なんだな! クソ男どもめ! ドールハガーズめ! おまえらはそうやって女を抑圧し、自由も命も奪うんだ!……」

「尋問を終わるわ」

 ポリスガイノイドは立ち上がる。その顔にもう微笑みはない。

 扉に歩み寄り出て行こうとして、そしてぶつぶつとつぶやき続けるテロリストに振り返った。

「あなたは本当に中途半端ね。男を嫌うなら、男の前に出てこなくなるほど嫌えばよかったのに」

 だがガイノイドのつぶやきにテロリストが答えることはなく、ガイノイドは扉を開け、ヒールを鳴らして取調室を出て行くのだった。

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