エピローグ

第15話 エピローグ 軍と警察

 星系防衛司令部のオペレーターが次々と席を立ち、互いに敬礼を交わして、デスクの周りを片付け去って行く。 

 戦闘は終了した。各艦隊も帰投し始めている。

 商船航路ナビゲーション業務が通常管制体勢になり、司令部はごく少人数の通常体勢に戻った。

 宙将は指揮卓をそっとなぞり、椅子をリクライニングにして、背をもたせかけた。

 エアコンの作動音とかすかな電子音だけが部屋を漂う。

 側に立つ参謀二佐は、一言も発しなかった。

「奴らは核をためらわずに撃ちこんできた。我々の滅殺になんら迷いがなかった」

「……」

 宙将の言葉は、苦みにまみれていた。

「こうも核を撃ちこんでくる連中を、私はもう同じ人間とは見ることができない」

 宙将の目から一粒だけ滴がしたたった。

「私は彼らの心を信じすぎた。……私は甘かった」

 二佐は答えなかった。いや、答えられなかった。


 ゼーン三等軍曹には、休暇が与えられることになった。

 彼は今、貨物トラッキングを確認してガッツポーズをしている。

 先ほどようやく入港した貨物船に、目当てのものが積まれていたからだ。

 税関を抜けて配送されるまでの時間を考え、彼はISSLインタースペースセツルメントラインの予約を開始した。

 行き先はリゾートセツルメント。荷物は、きわめて布地の少ない女物の水着。

 彼はリゾートについて、いきなり過激な水着を彼のブライドロイドに渡すつもりだった。

 その時の反応を浮かべて、彼はだらしのない笑いを浮かべる。

 ゼーン軍曹の楽しみは始まったばかりだった。


「最大望遠です。セツルメントニューアフマダバードです」

「犠牲者に対して、総員黙祷」

 帰投中のパトロール艦隊は、核爆撃をうけたセツルメント「ニューアフマダバード」の近傍航路を航行していた。

 艦内のあちこちのモニターに望遠で映し出された、セツルメントニューアフマダバードが映る。採光窓が破れ、内部の建物は溶け落ち、その周囲で忙しく救難船や作業船が行き交っている。 

 司令の言葉と共に、パトロール艦隊すべての乗組員が黙祷を開始。

 ビームフラッグが半旗を示す。

「……二度と、二度とこんな真似はさせん」

 艦隊司令は制帽を深くかぶり直す。 

 抑えた声とは裏腹に指揮卓を握りしめた手が、血色を失い白くなった。




「各偵察隊は、敵逃亡兵を捜索。ドローンを出し惜しみせずばらまけ! 装甲車は前進し、偵察隊をバックアップ。逃亡した兵は少数だが、必ず全部狩り出せ。だが無理はするな」

 セツルメント「アダムの楽園」では掃討戦が始まっていた。陣地にこもっていた陸戦団が攻勢に出て、EVやエレトライクに乗った偵察兵が進発していく最中であった。

 その横で監視兵の横で捕虜達が固まって腰を下ろしている。

「C中隊はキンダーガーデンを捜索。IEDや逃亡兵に注意し、安全を確保して待て。残りの者は道路警備だ。子供達を無事にキンダーガーデンに帰すまで、気を抜くな!」

 陸戦団の三佐は、そういうと捕虜達の元へ向かった。


 2時間後、三佐は曹長の運転するEVで防御していた陣地の後方にある避難シェルターに向かっていた。

 そこでは無数の男児達、そしてたくさんのナニーガイノイド(保母ガイノイド)、少数の男性職員がぞろぞろと出てきていた。

「兵隊のおじさーん!」

 走り回りはしゃぎまわる男児達を周囲の兵士は優しい目で見ている。

 軍曹が子供に注意して徐行しEVを停めた。

 三佐が降りるとすぐに、男性職員がやってくる。

「ありがとうございます。子供達をよく守ってくれました」

「いえいえ、これが任務です。さ、誘導にしたがってキンダーガーデンに戻ってください」

 男性職員と握手を交わし、三佐はにこやかに微笑む。

 帰って行く子供とナニーガイノイド達を見ながら、三佐は目を細めてその光景を眺める。

「さて、次は胎児も守る計画を立案しなければな」

「難しいものです。胎児は移動させられませんから」

「だが、それが俺達の任務だ。……まあしかし今は後始末だな」

 隣の曹長の肩を叩き、三佐は振り返って兵達に子供の護衛を命じた。

 三佐は再びEVに乗り込み、シェルターを去った。逃亡兵の捜索、投降兵の詳細な尋問、被害報告のとりまとめなどなどやることは山ほどあったのだ。



 警察の応援に行った陸戦団のベルナルド伍長と整備班は、ボーディングアーマーの残骸を拾い集めていた。

 えぐり取られた地面をたどり、残骸をトラックに投げ込んでいっている。

 だが、伍長は上機嫌だった。鼻歌まじりで作業をしている。

「こんな派手にぶっ壊して、やっこさん、なんであんなにニコニコしてるんですかねぇ」

 整備班の一人がぼやく。

「新しいのをまわしてもらえるんだとさ。なんせ警察の奴らのミスをカバーしたからな」

 でかい装甲板の破片にワイヤーをくくりつけた整備員が答えた。

「なるほどねー。陸戦団としては得点アップというわけか」

「そういうこと! なんせあの三佐が、よくやった、ありがとうって言ったらしいしな。よーし、あげてくれー」

 装甲板が車載クレーンによって持ち上げる。

「……まじかっ!」

「こらぁ、手を休めるなぁ!」

 整備員は絶句するが、とたんにしかりつけられ、慌てて破片を拾い始めた。



 森の中で停車している指揮車内で、警察の特殊部隊指揮官は制服を整えていた。

 ほこりを払い、記章を磨き、制帽をしっかりとかぶる。

 そして自分を見る申し訳なさそうな視線に苦笑をした。

「そんな顔をするな。私が下した決断だ。陸戦団に借りを作ったのも私の責任だ。おまえ達は自分の仕事をしっかりとやった。隊員に休息はとらせたか?」

「はい。今食事を与えています」

「よし。交代要員であたりの捜索を続行しろ。相手は敗残兵だ、無理はするな。見つけたら陸戦団に情報をおくりつけろ」

「はっ!」

「では、私は陸戦団に頭を下げてくる。なにかあったら呼べ」

 そういうと彼は指揮車から出た。森の空気を胸一杯に吸い込む。

 彼はこれから陸戦団の本部に出向き、頭を下げて陸戦団司令に礼を言わなければ行かない。

 EMP弾での特殊狙撃で片をつけるはずが、人質を落としてしまい、危うく死なせるところだったのだ。

 責任は問われるが、それでも人質死亡よりはましだろう。陸戦団と調整を行い、上官からの嫌みに耐えるのが彼の次の仕事だ。

 手をかざして、セツルメントミラーにうつる主星を眺め、彼は車へと歩き出した。



 警察の取調室というのは、一見したところ中世から変わらない。

 殺風景すぎる部屋に固定された机と、プラスチック製の軽量椅子があるだけだ。

 もちろん、記録用のカメラ、心拍聴取用マイク、天井にはホロディスプレイもあるが、埋め込まれているのでメンテで展開されてなければ見ることはない。

 その殺風景な取調室に女が一人座っている。テロリストの若い方、観光居留セツルメントに残った方だった。

 そこに、ダークブラウンの髪をしたポリスガイノイドと、赤髪のポリスガイノイドが入室してくる。

 ガイノイド達は、赤髪がテロリストの正面に座り、ダークブラウン髪のやや落ち着いた雰囲気のガイノイドが、赤髪の右やや後方に座った。

 そして、本日の尋問が和やかに始まるのだった。

「私思うんだけど、どうしてあなた達のような素敵なガイノイドが、ここの男の言いなりになってるの? 自立できるでしょ? 男なんかいらないんじゃない?」

 しょっぱなからテロリストがかました。警察官を動揺させるテクニックらしい。

「決まってるわ。男が大好きだからよ」

 長くボリュームのある赤髪をかき上げながら、ポリスガイノイドはもちろん動揺を露とも見せずに艶然と微笑む。

 ダークブラウン髪のガイノイドもうっすらと笑った。

「趣味わるい。男のどこがいいの?」

 若い女テロリストは嫌悪に顔をゆがめるが、ガイノイド達は一切動じない。

「全部よ。すべて。でもね、私から言えばあなたの方がおかしいわ」

「なにが?」

「あなたをひどい目にあわせた男は、ここの男じゃないわ」

 ポリスガイノイド達の言葉に、テロリストは顔を背けた。

「ケイナンの男は女と暮らせないからここに来た。童貞はおろか、女と手をつないだこともない男も多数いる。どう考えてもあなたをひどい目に会わせられるほど深いつきあいをしていない男が大多数よ?」

 そういうと赤髪のポリスガイノイドは両手を組んで乗り出した。

「あなたの経済的苦境を見過ごしにして、妊娠の機会を与えなかったのは、ケイナンの男ではなく、あなたの星の、あなた方がいい男だと選んだ顔も体も心もいけてる男達よ? 結局あなた達が、いけてる男や女に選ばれなかっただけじゃない? 魅力がなくてね」

 ガイノイドの挑発に、女テロリストが顔を怒りに紅潮させた。

「でも男には、女を幸せにする義務がある。ここの男はそこから逃げた。女を放り出して」

「うっふふふ。あなた達はここに来るような男を選ばないでしょ? しみったれた男に愛されるぐらいなら、女同士や、一人の方がましでしょ? 男が逃げなくても同じじゃない」

 豊かな胸を揺らし、赤く厚い唇をぬらしながら、赤毛のガイノイドは柔らかい光をしたその目を決して女テロリストから外さなかった。

「ね、正直になりなさい? 自分達の貧困と妊娠出産環境の悪さを、ケイナンの男のせいにして、暴れたかったって?」

 ガイノイド達は一切威嚇も怒声もあげなかった。ただ優しげな顔と真に同情がこもった声で話を続けただけだ。

「自分の星の男達には何も言えないのでしょう? 男達の妻や彼女が怖いから。やり捨てられたのかしら? でも文句なんか言えば、あなたが酷い目にあうのよね?。妻や彼女達がちょっと警察とメディアに金を握らせれば、有罪確定よね?」

「……王子達になにかしたら、どんな仕返しされるかわからない。それこそレイプされたって、殴られたって、こっちが悪くなる……」

「王子?」

「あんた達の言う、顔も体もいけてて、金持ち女に愛されている男達のこと」

「そうなかなか厳しいわね。ジュニアやハイスクールでの王子とやっとの思いでデートにこぎ着けたら、ひどい目にあったというところかしら?」

 テロリストは視線を下に向けてこくりとうなずいた。

「それで女とつきあったと。あのもう一人のテロリスト、あなたのお姉様が女同士での初めて?」

 だが女テロリストは首を横に振った。

「違う」

「あら、そうなの? 女同士なら一人で満足しそうだと思ったけど?」

 そう語る女の姿をしたガイノイドに、女テロリストは舌打ちした。

「ねえ、ビアンに幻想でもあんの?」

「そうね。男相手よりは浮気せずわかりあえそうな感じがするわね」

 にこりと優雅に赤髪ガイノイドが答えると、女テロリストの目にいらだちの色が出た。

「はっ、ばっかみたい! ああ、わかりあえるね。お互いのずるさと嫌みとだめなところがよーくわかり合える。浮気はしないけど拘束がきついし、セックスは自分勝手で、稼ぎが悪くてケチくさい。気に入らないことには口うるさいのに、自分が悪い時は知らん顔。あそこと口はくさいし、もううんざり!」

 堰を切るように怒鳴り、その後テロリストは、荒い息をしばらくついた。

「女同士の愛が永遠で純粋とか? 言ってろよ。タチやるような女なんて女に理解なんてないね。あいつら若い女の肌と支配するのを楽しむだけ。小金をくれて遊びで妊娠しないし、ぼっちよりましだからまあいいっかってつきあうだけ」

 そして言葉を投げ出すように紡ぐと、どかりと椅子に座り直す。

 すこし困惑した表情で、赤毛のポリスガイノイドは尋ねた

「でももう一人テロリスト、あなたは彼女だけは特別に愛してるのでしょ?」

「ふん、あんた、あんなこじらせた女、あたしが本当に愛してると思ってるの? あいつ、口を開けば男がー、男がーって。絶対ビアンじゃなくてノーマル。まあ、それでもさ、ここケイナンにきて移住権ぶんどって、男の金で楽しく暮らそうとか言われるとさ、あたしもそれいいなぁって思って、ずるずるつきあった」

 ダークブラウン髪のガイノイドが、カバンからミネラルウォーターのボトルと紙コップをだし、ミネラルウォーターの蓋を開けて紙コップに注ぎ、テロリストに差し出した。

 礼もなく女テロリストは紙コップの水を受け取り飲み干す。

「テロもそういう理由?」

 赤髪のガイノイドが腕を組んで尋ねた。

「そう。テロがうまくいったら金がもらえたはずだから、その金で精子買って子供を産もうと思った。子供だけは裏切らないから。精子の購入費用と人工授精実施料金。妊娠と出産で働けない期間の生活費とベビー用品代が欲しかった」

 なにかをはき出すようにぽつりぽつりと語ると若いテロリストは、肩を落とした。

「じゃあ、あなたはケイナンに悪感情はもっていないの?」

「嫌いに決まってるでしょ! 景気が良くて人手不足なのに、私達を排除していて、好きになってもらえるとでも? 女が苦しんでいるのに女をのけ者にして自分達だけ楽しんでるなんて最悪! 死ねばいい!」

 肩を落としていたはずのテロリストが嫌悪の色を浮かべて吐き捨てる。

「……でも不景気なケイナンには来るつもりないわよね?」

「なに当然なことを言ってんの? 金がないケイナンなんてただのむさい男の集まりじゃない。だれがそんなところ行くの? 金があるから我慢して行ってあげるんで受け入れろってこと。勘違いしないで」

「……ありがとう。とりあえず、お話はいったん中止にするわ。また来るわね」

 ブザーがなり、ガイノイド達が立ち上がると、つかつかと扉を開けて出て行く。

 テロリストはどさりと椅子に沈み込んだ。

 扉が閉まる音がして、室内から他人の気配が消える。

「あたしがむさい男のところにきてやったんだから、ありがとうございますって金だせってんだ。なんでそれがわからないかな?」


 取調室外では、録画データとバイタルデータによる真偽判定と要約の作成、すでに得られた供述とのチェックが始まっている。

「それにしても、金がないなら来るつもりはないけど、金があるなら入れておこぼれよこせとは清々しすぎていいね」

 男の警察官が苦笑いをしながら、取り調べデータを見直している。

「それですが、ケイナンにとっては悪いことではないと考えます」

 そう堅苦しく言ったのは、ダークブラウン髪のガイノイドだった。

「説明してくれ」

「はい。純粋な好奇心や好意によってケイナンにきた女性を拒絶することはやはり残念なことです。しかし男性に好意をもたない女性であれば拒絶による後ろめたさや申し訳なさはありません。女性受け入れ許容派は数こそ少ないですが、態度は強硬です。今回のこの映像は、それに一石を投じることでしょう」

「たしかにな。これが現実だって突き付けられるな」

 男性警察官とガイノイドは微笑みあい、仕事を進めていくのだった。

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