第12話 闘争

 声を交わし、それなりに気安く語り合った人に、僕は銃を向ける。

 その人は倒れていた。その人が愛したはずのガイノイドに飛びつかれて。

 本当なら愛し合う二人が抱き合う光景なのに、今の二人には愛はない。

 ただ攻撃のために自由になろうとする男と僕を守ろうとして必死にしがみつくガイノイドがいるだけだ。

 そしてその男は転がっていた拳銃を手に取ると、愛したはずのガイノイドに銃を向けた。

 乾いた銃声が二度三度して、あの妖艶ながら優しいミリーさんの体がびくりびくりと震えた。

 怒りという物が目の前を赤く染めることを知った。悲しみという物が熱い物だと知った。

 憎しみと殺意が、この僕の中にも確かに存在することを知った。

 僕は、やつの死を願った。許せないなどと言う言葉すらぬるかった。

 引き金を無意識に絞っていた。

 走りながら撃ち、弾が切れたとき、やつの片目が『割れていた』。

 暗い喜びがわき上がる。

 殺意と復讐への渇望が、マガジンを交換するという単純作業すらできなくしていた。

 僕は電磁警棒を抜いた。ミリーさんのもってきた武器の中にあった。

 やつはミリーさんを引きはがそうとしていた。ミリーさんを殴り、蹴っていた。

 僕は走り寄って小さく跳び、やつの頭に渾身の力で警棒を振り下ろした。

 なにかが割れるいい音がして、僕の中の獣が暗い喜びを叫んだ。

 電撃スイッチを入れて、電磁警棒を逆手にもち、左手も添えた。

 そしてやつの割れた目に体重をかけて押し込む。

 こいつの眼窩を貫くいい音がした。やつは叫んだようだったが声が出なかった。

 ねじりながら抜いて、もう一度体重も力もすべてをかけて、突き込んだ。

 べきりという感触があり、その後小さな物達が砕けねじれ折れていく感触があった。

 僕の中の獣が吠えた。

「死ね! 死ね! 死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 その言葉にやつのもう一方の目が答えて、憎しみをたたえた色で僕をにらんだ。

「なんで、なんで、なんでなんだよぉぉぉぉぉぉ」

 気に入らなかった。この目が気に入らなかった。こいつはミリーさんに謝るべきだった。

 だから……

 だから今度はつぶれていない方の目を突いた。電磁警棒を奥の奥まで突き入れてねじった。こじった。

 何度も……ミリーさんに呼ばれるまで。

「ゆうとくん……」

 気がつくとやつは動きを止めていて、ミリーさんがじっと僕をみていた。

「ミリーさん、ミリーさん! 大丈夫なの? どうすれば、どうすればいい?」

「……よかった……」

 その言葉とともに、彼女の瞳孔が広がっていき、瞳が動きを止めた。

 彼女の体から薄いけむりがたちのぼり、ばちりばちりと放電の音が続き、……それきりだった。彼女は、ミリーさんは二度と動かなかった。

 あれほどいきいきと僕と話をしたミリーさんが、……動かない人形になった。

 柔らかくて温かかった彼女が固くて冷たくなっていった。

 ……僕は、優しいガイノイド達がとっても好きだったことを、このとき、はっきりと自覚した。

 自らの涙で。泣き声も出せない慟哭で。


「悠人君。この声を聞いているということは、私は残念ながら機能停止に陥ったということね。残念だわ。悠人君ともっと一緒にいたかったな」

 彼女の声は、さっきまでと同じように明るく、少し寂しそうだった。

「これは人間で言えば遺言って言う物になるかな。緊急機能停止の際のAI保護モードで起動される付加サービス。でも重大損傷だからね、さよならってことになりそう。悲しいわね」

「いやだよ、そんなの……」

 僕の言葉に反応はなく音声データのみが僕のゴーグルで再生されていく。

「私の遺言を聞いたら、ねねちゃんのところに行くのよ。もう一つの爆弾を止めて、そしてあのテロリストをぶっとばして、ねねちゃんと幸せにくらしなさい」

「ミリーさん……生きてるんだろ! 返事をしてよ」

「ラロがね、ネットで私に連絡してくれてね、久しぶりにあえるって喜んで港に行ったら、あいつが出てきたときの気持ちわかる? ラロのできの悪いコピーみたいなのでさ、上からの指令がなければ、もう絶対蹴り飛ばしてやろうって。私はね、私の体をみて恥ずかしそうにしてるラロが大好き。ラロはね、胸をちょっとあてるとすごく照れるのよ。なにのねぇ、あいつはなにを勘違いしたのか自分の女気取り。悠人君だけが癒やしだったわぁ」

「ミリーさん、ミリーさん!」

「ああ、ラロにあいたいなぁ。ラロ、寂しがってないかなぁ。また私の胸に抱いてあげたいなぁ。ラロ………、あいたいよ、ラロ………」

 それきり、ミリーさんの声が途切れる。

 失われていく……、ミリーさんが、消えていく……


「ゆうくん……」

 その声が聞こえてきたとき、僕は茫然自失としていた。

「ゆうくん、聞こえてる?」

「……ねねさん、ミリーさんが……」

「うん。わかってる。……ゆうくん、よく聞いて」

「……」

「逃げて。そこからできるだけ遠くに」

 ぞくりとわけもなく震えた。

「ねねさん!」

「残り時間があまり多くないの。ゆうくんは脱出して」

「ねねさんは! ねねさんはどうするの?」

「……。脱出して、ゆうくん、お願いだから」

 ゴーグルのイヤフォンから聞こえてくるねねさんの声はあくまでも落ち着いていて、それが逆に、僕の失敗を物語っていた。

 僕は無意味に時間を浪費した。何もせず泣いてチャンスを逃したのだ。

 まただっ! また僕は! 同じ間違いを何度も! またしても!

 憤怒が身を焼いた。今度は自分自身のまぬけさに向けて。

 自身に憎悪が向いた。

 おまえは何度間違えれば済むのか! できもしないことを決意して、犠牲まで出して、何もできずに時間を浪費して!

 僕は死ねばいい! 僕が死ね! 核の炎に身を焼かれろ!

 ぎりりと歯がみをして、それで気持ちは決まった。生き残ってどうする? なにがある?

 ぎりぎりまでやってだめなら死ね。僕が逃げるなんて僕が許さない。

「ねねさん、そちらに行くよ」

「……だめっ」

「言うことは聞けない」

「……お願い、逃げてっ!」

「い・や・だ! ねねさんと一緒にいたい。最後まで、ずっと一緒に」

 ねねさんが黙り込んだ。ああ、そうだ、僕はこの人を置いてどこに行けると言うんだ?

 僕は歩きだして、ショートライフルを拾い上げる。マガジンを交換し、そしてミリーさんが握っている僕の拳銃も返してもらった。

 弾奏は空で、やはりマガジンを交換する。……普通の弾だったら……と言う思いがちらりと湧いた。そして、思い出してミリーさんが置いた爆弾解体道具を入れたバッグを取りに行き、背負った。

 そして僕は、完全人工卵子製造室へと向かう。

 死ぬにはいい日だ。ほんとにいい日だ。できれば原爆は解体したいけど。


 テロリストと一緒のときは、一つの扉をくぐるだけだったが、耐火気密扉で閉ざされている今では、三つの扉を経由することになった。

 けれども、ナビで問題なくたどり着く。

 そっと扉をあけた。細かいコントロールはもうできないので、自律モードで飛行ドローンを入れた。

 扉の周囲に誰もいないことを確認し潜り込み、そしてドローンがいきなり撃墜された。

「来たね、クソオス。さあ、リモコンを渡しな」

 声とともに銃撃がして、僕は中央の小部屋の影に飛び込んだ。

 だが、リモコン?

 解体道具を入れたバッグを外す。どうせあの女を倒さないと、解体はできない。

「だまってんじゃないよ! あんたの人形、次は手をぶち抜くよ!」

「ねねさんになにをしたっ!」

 僕の怒鳴り声を、テロリストはあざ笑った

「足一本に穴を空けただけさ。人形の足ぐらいでごたつくんじゃないよっ」

 そのあざけりに僕は意地の悪い笑みで答えた。

「……あんたさ、爆弾の中身を知っているのか?」

「EMPボムがどうかしたのかい? 機械や人形には効くが、あたしには関係ない」

「……へぇ、さっき僕が確認したときは、ミニニュークだったけどな!」

「はっ、おどしかい? くだらないねぇ」

 意地の悪い殺意が湧いた。こいつの愚かさでこいつも死ねばいいのだ。

「ねねさん、もういいよ。リモコンを渡してやって」

「ゆうくん! でも」

「いいんだ。彼女も死にたいんだろ。あの自爆装置みてから思ってた。この女は自分の信じたいこと信じて死ねばいいのさ。頼む、リモコンを渡してやって」

 ねねさんがなにかごそごそと音をさせると、からからと乾いた音がした。

「さあ、リモコンを返したぞ。スイッチを入れろ、そして死ね。ミニニュークに焼かれろ」

 僕の憎悪がこもった挑発に、しばらく返事はなかった。

「……ばかな。EMPボムのはずだ」

「そう思うなら。押せ。早く押せ。そして死ね。愚かさで死んでいけ!」

「うるさい! ……なぜ出ない?……おまえ、あいつをどうした!」

 テロリストの声が震えていた。なにかを引っ張り出したようだった。

 おそらく無線機だが、うまく連絡をとれなかったようだった。

「……? あいつ?」

「おまえと一緒にいた男だ!」 

 僕は笑いだしそうな発作に陥った。抑えきれずに口角が上へと曲がる。

「……、フェンテスかい? 目に警棒ぶち込んでね、……クククッ……ぶっ殺した」

「ぐっ……」

 女テロリストの焦りを見て、抑えきれない愉悦が背筋を走った。

「ミリーさんをやってくれたからな、目の中に電磁警棒ねじこんでやった。目の奥ぶち破ってスイッチ入れて念入りにこじってやったぞ! 両目になぁ!」

「ばかな……。スナッチャーは全身義体化してるんだぞ」

「だから? 嘘だと思うなら呼べばいい」

 愉悦に身を焼かれながら、殺意が僕を冷徹に動かしていた。早くスイッチを押さないから僕がこの手でやってやりたくなったのだ。

 僕はそっと中央の小部屋の壁を反対側にまわる。

 人を撃つのに緊張だのなんだの言っていたのが懐かしい。

 もう僕は……殺せる。殺そうとして撃てる。

「……信じられない……、出ない。まさか……」

 小部屋の角から、あのテロリストの姿がみえる。

 息をゆっくりと吐いて、片膝を立ててショートライフルを構えしゃがみうちの体勢。スコープの十字にテロリストの上半身を入れる。

 そっと引き金を落とした。

 連射音は悲鳴と転倒する音にかき消されたが、僕は立ち上がって駆け出す。

 拳銃の音が聞こえるが、こちら側ではない。

 相手がよろよろと立ち上がりかけたところに、残弾をぶち込んだ。

 苦鳴があがるが倒れず、構えた相手の拳銃がこちらを向く。

 今度は自分でも驚くほど冷静にできた。

 ぽんと跳んで、ライフルを手放した。

 ホルスターから拳銃を抜きながら、床に転がる。

 そして、相手に向かって拳銃を構え、スコープで狙い

 迷いなく全弾をたたき込んだ。


 僕が立ち上がるとともに、女テロリストがどさりと倒れた。

 テロリストの顔は僕の弾で酷い青あざができていた。鼻血も出ていて、唇も切れている。

 ごほりと咳をすると、血が少量出た。折れた肋骨が肺を傷つけたらしかった。

 落ちたリモコンを拾い上げたとき、足を引きずってねねさんがやってきた。

 ねねさんは物も言わずに僕を強く抱きしめた。

「さあ、ねねさん、爆弾を解体しようか」

 ねねさんはこくりとうなずいた。



「ゲイリーさん、始めるよ」

「……ああ、最後までサポートさせてもらう」

「ゲイリーさんは、物陰に隠れてていいんだよ? さて最初はX線ムービーカムだよね」

「そうだ。ねねくん、サポートを頼む」

「はい」

 ゲイリーさんは僕の軽口に反応しなかった。ただプロフェッショナルとしての気概で僕達につきあってくれていた。それがわかり、僕はさっさと始めた

 僕はX線ムービーカムで爆弾の解析を始めた。あと20分


「爆弾直上部がわかりにくいが、他のところは似たような構造だな。だが、気をつけろ。爆弾のすぐ右に副信管と思われる制御装置があった。おそらく処理防止装置があるだろう。今度は甘くないぞ」

「わかった。ますは穴を空ける」

「OK」

 ねねさんもうなずき、僕はドリルで穴を空け、液体窒素を吹き込む。

 あと15分。


「間に合うものか。女へ暴力を振るいミソジニー女性嫌悪にのめり込むケイナンは滅びる。核で焼かれるのが運命さ! いい気味だ。はっはっは……げほっげほげほげほっ」

 もうテロリストの呪詛に誰も反応しなかった。

 ただ僕達はたんたんと集中して作業を進めた。

 きらりと光るワイヤーに、短絡クリップをかます。

 ワイヤーを切った。

「焦るな。似たような構造というのはくせ者だ。こちらが本命だから細工が必ずある。縁をゆっくりとなぞりながら、確かめろ」

「!」

 指に触れる物があり、ライトの中できらりと光った。

「ワイヤーだ……」

「落ち着け、短絡クリップをつけろ」

 気持ちが焦る。

 短絡クリップをつけて、トラップワイヤーの中央を切ろうとしたとき、ねねさんが手を押さえた。

「ちゃんと導通してないよ」

 クリップが緑に光っていない。……外れていた。

 つけ直してグリーンに光るのを確認し、トラップワイヤーを切った。

「OK、それでいい。丁寧に行こう」

 あと10分。


 蓋が外れ、おなじみロードコーンのような金属殻に包まれたミニニュークが現れる。

「ミニニュークだね」

「……なっ! 話が違う!」

 ねねさんの言葉にテロリストが呆然としていたが、僕達は別の驚きに支配されていた。

 ミニニュークシェルの頂上部、リード線が入っていっているところが、……数多くのリード線だらけだったのだ。

 丸い頂上部から数十本のケーブルが伸びていっていた。しかも一部は右の副信管にも伸びている。

 問題なのは、どう考えても数十本のリード線を一気に切るのは不可能なことだ。

「しかたがない。リード線の解析をやってみよう。線の出ているところにX線ムービーカムを」

 あと7分。


「導通あり。副信管につながってる」「トラップ」「よし、次」

 リード線をより分け、副信管につながってる物を束ねてトラップリード線群としてまとめた。

「導通なし。ダミー」「カット」「次」

 テスターをつなげ、導通を確認し、行き先をたどる。

 導通がなければダミーなので切った。導通があればたどる。

 主信管に入っていくのは正しいコレクトリード線群として束ねた。

 地道な作業を僕らは異常な集中でたんたんとこなしていく

「導通あり。主信管へ」「コレクト」「次」

 終わりそうにもないリード線の本数だが、ねねさんは焦りもせずにこなしていく。

 僕は考えないようにして集中し、リード線をまとめていった。

 あと4分


「導通あり。副信管」「トラップ」「次」

「導通あり、主信管」「コレクト」「次」

「ふっふっふっふ、あははははははは、もう無駄。もうだめよ!」

「導通なし、ダミー」「カット」「次」

 残存リード線はだいぶん減った。たぶん人間では無理だったと思う。

 だが残りはまだある。テロリストの声はまったく気にならなかった。

 あと1分


「導通あり、副信管」「トラップ」「次」

「導通なし、ダミー」「カット」「次」

 あと10本ほど。

 あと20秒


「導通なし、ダミー」「カット」「次」

「導通なし、ダミー」「カット」「次」

「導通あり、主信管」「コレクト」「次」

 あと7秒


「導通あり、主信管」「コレクト」「次」

「導通なし、ダミー」「カット」「次」

「終わり」「終わり?」

「コレクトケーブルをカットするんだ!」

 ゲイリーさんの叫びに過集中が瞬時に霧散する。

 つかんだニッパを主信管に伸びているリード線群におしあてる。

 トラップワイヤー群をねねさんが手で保護していた。



 ばちり。




 静かな時間が続いた。

 タイマーがあと2秒を指したところで、電源を失い表示が消えていく。

 たんたんと変わらぬ時が刻まれ、僕は終わったのを、いや終わらなかったのを知った。

 今になってニッパを握った手が震えだし、立ってられなくなってへたり込んだ。

 恐ろしい震えが全身に来て、わけもなく抑えようもなく、震え続ける。

 そんな僕をねねさんがうしろから、して離れない強さで抱きしめてくれる。

 涙が、なぜ出てくるのかわからない涙が、あとからあとから僕の目に浮かび、流れ落ちていく。

「いやっほぉぉぉぉぉぉぉ やりやがったぁぁぁぁぁぁぁ」

「ありがとうございます、悠人さん!」

 ゲイリーさんがむちゃくちゃな音量で叫び、ホログラムで現れたマザーが深々と頭を下げた。

 それらがとてもとても非現実的で、僕は涙を流しながらただただ呆然としていた。

 ミリーさんの笑い声がふと響いたような気がした。



「よぉ、おめでとうさん。ほなら、死ねや」

 振り返った僕の腹に靴がめり込んだ。

 激痛で咳き込む僕に、やつはうつろな眼窩を見せて、破壊された顔で笑った。

「死んだと思うたか? 伊達に全身義体化してへんで。この体はな、頭が急所やと思い込むまぬけをぶち殺すに都合のええ体やねん。それにな……」

「ひっ!」

 女テロリストが悲鳴をあげる。 

 向こうの部屋に置き去りにしたはずのミニニュークがあった。リード線で雑にやつの体に接続されている。本体もこれまた雑に、ダクトテープでやつの体に雑に巻き付けてあった。

「この体はな、爆弾の制御信号ぐらい出せるんやで。おまえぶち殺して、そこの人形の体をのっとって遠くに逃げたら、……ボン」

 破壊された顔をさらしながら、手だけが爆発の仕草をする。

「これで仕事の完了や。……おまえの命も、大好きな人形も、全部いただいて、金もいただく。どうや? 「あたし」はかしこいやろ?」

 偽フェンテスはそういうと、壊れた顔で不気味に笑った。

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