第4話【ご結婚の予定はありますか?】
自分は美少女フィギュアさんにまで訊かれてしまった——と言っていい。
「ご結婚の予定はありますか?」
は? ともことばが出てこない。三十秒くらい固まっていたろうか、ようやくことばを出せた。
「いや、特に予定はないけど……」と。
「では結婚したいという〝願望〟はありますか?」
「まあ、〝ある〟、か……」
浮かんで当然の発想がこの時既に頭の中に浮かんでいた。
美少女フィギュアが擬人化し正真正銘の女の子として現れた以上は『わたしをお嫁さんにして!』的なことを言う前触れだと思ったとしてもそれは突拍子もないとは言えない筈だ!
〝一部で〟と断り書きがつくが、美少女フィギュアのことを『俺の嫁』と呼称する慣習だってその界隈には確かにある。(嫁が何人いるんだよっと突っ込みたくもなるが)
だが美少女フィギュアさんはそんなことを口にすることは決して無く、はあ、とひとつため息をつく。〝お嫁さん〟の『おの字』も無い。
「いったいどんな事情でそんなことを訊いてるの?」そう訊くほかない。
至近距離で合った目はそのまま。決して逸らさない。なにかよほどの事情があるのだろうと、そう予感させる。
「マスター、聞いてくれるんですね?」美少女フィギュアさんは念を押すように言った。
自分は無言で肯く。
「将来のこと……なんです」美少女フィギュアさんは言った。
「それがこうして出てきた理由なの?」
「はい。わたし達の将来はどうなってしまうんだろうなあって考えると胸が締めつけられるほど苦しくて」
「確かにね。スケールフィギュアの価格は天井知らずになってきて、もはや一万なんて当たり前、二万なんてのも珍しくなくなってきたからね。割引無しの限定販売も増えたし。近頃プライズの出来も良くなってきたから『フィギュアといえばプライズ』になってしまって業界の将来も暗いかも」
「……いえ、確かに業界という世界では『いくらのものがいくつ売れた』になるんでしょうけど。問題は『売ってしまった後』です」
「売った後?」
「わたし達個人、というか個々体のその後の問題になるんですけど……」
「個体?」
「〝お嫁さん〟ってわたし達を邪険に扱うんじゃないかと……」
カンが鈍くて言われた瞬間なにを言ったのか理解できなかった。
しかし少しだけ間を置いて解った。〝お嫁さん〟というのは本物の人間の女性のことだ。
〝鋭い〟というほかない。確証も根拠も無い。だが〝本物の女性〟がそういう存在に嫌悪を抱くという、薄々そういう空気は感じている。間違いなくそういうのは、ある。
しかしこれを女の子(にしか見えない)から言われるというのがなんとも不可思議な感覚だ。
「君がそれを憂える心配は無い」そう言えた。
なぜなら〝お嫁さん〟、そんな者は来そうにないからだ。
心底結婚したい人などいないのだ。もしいたならば『美少女フィギュアを買ってみよう』などとは思わなかったろう。
「だけどそんなわけにもいかないのでしょう?」美少女フィギュアさんが訊いてきた。
「結婚と結婚するつもりは無い」そう言った。
「それはどういう……?」美少女フィギュアさんに訊かれていた。
——女が条件を出す。男も条件を出す。双方の条件がある程度の一致を見たとき会って細部を詰め契約書類にサインする(婚姻届にサインする)。これが〝心底好きではない人との結婚〟だ!
なんで仕事をやらなくていい時間帯にビジネスをしなくてはならないんだ。プライベートでまで契約を巡る駆け引きなどひたすらウンザリする。
とは言え『結婚』を成功だと仮定すると、その成功率は時間に反比例する。時間とは年齢だ。本当ならこの自分ももうそうのんびりしているわけにはいかない——嫌になりもうこれ以上は考えるのを止めた。
「最初に結婚してから……後からいろいろ着いてくるのを期待するっていう意味だ」自分は短くしか答えない。くどくど言いたくもない。しかしそうまで言っても美少女フィギュアさんの顔色は冴えない。
「この自分が何を言っても君の心配が無くならないなんて買いかぶりすぎだ」自嘲気味にさらに自分は言った。
「いえ、そうじゃなくて、すごく申し訳なくて……マスターがご結婚されないことがわたし達のためになってしまうなんて……こんなの喜べません……」
擬人化して人間にしか見えなくても、美少女フィギュアとしての本分を守りキッチリと線を引き一線は越えないとは。存在が非常識なのに実に常識的だ。
そして残念ながら『わたしをお嫁さんにして!』が無いことを完全に悟った。だがそれでいい。常識のある人間(ま、人じゃないが)というのは好きだ。
「ならこう言えばいいんじゃない?」と自分は提案してみた。
「どんなでしょうか?」と訊かれる。
「万が一この自分が結婚しようと君たちを中古品として売り飛ばす真似はしない」
「ホントですか⁉」
「ただし、今のように大っぴらに飾るというわけにはいかない。段ボール箱に入れられ押し入れの中になってしまう。だけど絶対棄てない。これで、どう?」
音もなく、すーっと頬を涙が伝っていくのを見た。
えっ、ちょっとちょっと! 擬人化した物の涙になぜこんなに揺さぶられる⁉
「すみません。みっともないところを見せてしまって……」美少女フィギュアさんは言った。
どうしよう……生身の人間よりも……
いやっ、これでいい。
仮にビジネスライクな結婚をするとして、いやビジネスライクな結婚だからこそ相手に際限のない譲歩をしてはならない。フィギュアを大っぴらに飾らないという極めて常識的な対応をすると、そう自分は言ったのだ。
自分は美少女フィギュアさんを慰めたかっただけだ。この自分が結婚しないことを重荷に感じる必要は無いと。だから後は感じてしまったこの感情は否定するな。
美少女フィギュアさんはハッと我に返ったように、
「あっ、返事がまだでした。ここにいられるのなら構いません。みんなバラバラにはならないし、押し入れに入れられようと飾られてた日々のことを思えば大丈夫ですから!」と一気呵成に言ってくれた。
擬人化した美少女フィギュアさんは明らかに幸福そうな顔をしていた。
だけど、結婚云々を抜きにして、『究極の将来』について、とても嫌な閃きが来てしまったのだ。
これはもう——気づかないフリはできない。
美少女フィギュアさん達の行く末に関わることだから。
「今度はこちらから、とんでもないことをひとつ訊いていいですか?」自分はそう口にした。
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