第3話【それは呪いか?】

 『はい、マスター』と、自称『自ら動き出した美少女フィギュアさん』は言った。

 これはハッキリ言って違和感しかない。というのも単装高角砲を振り回すこのキャラは『マスター』などと主人公を呼称しない。

 喋り方もヘンだ。『僕っ娘キャラ』だったはずだ。もちろん声も違う。これはアニメの中そのまんまにキャラが動き出してるわけじゃない。


 なんだかよく解らないものがこのキャラのフィギュアに取り憑いている! 目の前にいるこの存在をキャラの名前で呼ぶことはできない。

 もはや呼称は『レイヤーさん』から『フィギュアさん』へと移行するのが妥当だろう。


 とてつもないことが起こっていると言っていい。これは超常現象だ! 怪奇現象だ!

 飾ってあった美少女フィギュアが動き出すなどあってはならないことだ!


 人の形をしたもの。即ち人形であるが、これが苦手な人がいる。

 人の形をしているから魂が生まれるのか、人の形をしているから悪いものが取り憑くのか解らないが、ともかく人でないものが人の形をしているのがダメな人がいる。

 自分はそういうのにまったく無頓着だったから美少女フィギュアなど部屋の中に飾っているのであるが、目の前で起こっていることはその感性を根本からひっくり返してしまいそうだ。


 気をつけるべきはただ一つだ。刺激してはいけない。こうしてフィギュアが動き出してしまった以上は邪険に扱うことはしてはいけない。この気味の悪さに耐えなければならないのだ。平常心。平常心。


 取り敢えず部屋の真ん中で向き合って座ることにしよう、とそう提案すると美少女フィギュアさんからは異論は唱えられなかった。

 今ふたり(?)、向かい合って正座などしている。



「なにか……この世に恨みなどありますか?」内心ビクビクしながら自分はそう訊いてみた。

 美少女フィギュアさんはきょとんとした顔で、

「別に恨みなんて無いですけど」とさらりと言った。

「誰かの怨念みたいなものが籠もってるとか?」と尋ねてみた。

「わたしは新品の状態でマスターの所に来ましたから、誰かが入り込む余地なんて無いと思うんですけど」

 確かにそうだった……

「じゃあ中国人の人の立場でなにか言っておきたいことがあるとかは?」

 フィギュアというのはほとんど『メード・イン・チャイナ』である。

「うーん。特に無いかなぁ。元々日本で活躍するために生まれてますから。帰りたいってのは無いけど」


 それを言い終わると美少女フィギュアさんは憂いを湛えた目で自分を見た。

 目は口ほどにものを言う。そういう目だった。


「取り敢えず訊いてみたいことは訊き終わりましたか?」逆にそう訊かれてしまった。

 取り敢えず今は思いつかない。

「では今度はわたしの方からいいですか?」と許諾を求められる。肯くと、

「美少女フィギュアが動いて喋りだすってやっぱり気味が悪いですか?」と訊かれた。遂にそう言われてしまった。


 『そう思ってはいない』、などと適当なことを言うのはよくないような気がした。こうした時、嘘が最悪の結果を招くような気が激しくするのだ。


「やっぱり、人形と怖い話しってのは繋がっていて、髪が伸びるお菊人形とか、涙を流すマリア像とか、洋の東西を問わず昔からそういう話しってあるから——」


 自分がそれを言うと美少女フィギュアさんは『お菊人形』や『マリア像』について質問をしてきた。それがどういうものであるか答えると少しだけ首を傾げて、

「あれ、でも……」と何かを考えている風。

「どうかした?」

「それって人形のままの姿で〝それが起こる〟んですよね? おかっぱ頭の女の子や、彫りの深い綺麗な顔をした外人さんが出てきてもあんまり怖がられないんじゃないかなぁ」


 言われて始めて理解した。


 そうだよな。そうじゃないか! 人形の姿で何かが起こるから怖いのであって、実際のおかっぱ頭の女の子の髪の毛が伸びるのは当たり前だし、実際の外国人の女性が涙を流していたら『どうなさいましたか?』と訊いてしまいそうな感じじゃないか。

 ま、英語が多少できても訊く勇気なんて無いけど。


 つまり、目の前の美少女フィギュアさんが〝人形の呪い的に〟この自分に何らかの仇成すつもりなら美少女フィギュアの姿のままで何かを起こすはずだ。なのにわざわざ本物の人間の姿で出てきたというのは『呪い系』の目的じゃないってことだ!


 『美少女フィギュアが擬人化した』。目の前で起きていることをひと言で説明するとこうなる。


 これは『美少女フィギュアが喋って動き出すこと』ではなく、『美少女フィギュアがわざわざ人間になって現れること』っていう意味だ。あーややこしい。


「君は人間の姿になっているんだから気味なんて悪くない。怖くない!」そう断言した。元気を出して貰おうと自分なりの精一杯のフォロー。いやフォローってのは不正確だ。今のことばに嘘は混じり込んでいない! 純度百パーセントの真実だ!


「でも『お菊人形』や『マリア像』がそんな風に思われて気味悪がられるなんてやりきれないな……」

 なにやら美少女フィギュアさんは『お菊人形』や『マリア像』に思い入れてる様子。やっぱり趣が違っても同じヒトガタとしてのシンパシーがあるのだろうか。

 でも同じじゃない。


「『お菊人形』や『マリア像』は擬人化しない。けど君は擬人化してる。どうしてわざわざ擬人化してまで出てきたの?」

 これこそが本質なんだ!

 美少女フィギュアさんは黙ったままこの自分の顔を見つめ続けている。

 どれくらいの後だろう?



「今からわたし、マスターという立場の方には本来訊いてはいけないことを訊きます」美少女フィギュアさんはようやくといった感じで切り出した。

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