第2話【いきなり枕元にレイヤーさん】

 バカな。人など立っているはずがないだろう、と自分はこの〝人の気配〟を否定した。それはあまりにも都合が良すぎる夢だったからだ。


 というのも、そこにレイヤーさんがいた。


 即ちコスプレをした女の子が枕元にいて、自分の顔をじっとのぞき込んでいる。あまりに非現実的でバカげていた。

 意識はまだまだぼやっとしているそんな日曜の朝のこと。


 最初にこの感覚を感じてから少しだけ時間が過ぎた。しかし気配は消えない。気配どころか未だ網膜にそのまま映っている。意識は既に混濁状態を脱している。寝ぼけて見てるわけじゃないぞ!


「いったいどこから?」と上体を起こしながらその人に訊いた。

「元々この部屋にいましたよ」と上から声が降りてくる。間違いなく女の子の声だ。

「そんなわけない」そう言っていた。


 この部屋で暮らしているのは自分だけの筈だ。同居人がいるなんてことはない。まさか鍵を掛けずに寝ていたというのか?

 改めて声の主のその姿を見上げる。


 よくぞここまでキャラのイメージを壊さずコスプレをしたと、そう舌を巻くほかない。

 さらっとして綺麗に切りそろえられた髪に端正な顔。全体的に品良く清楚でこれほどキャラのイメージそのまんまのレイヤーさんも珍しいんじゃないかと、そう思った。

 どこぞの高校の制服のような衣装も完璧そのまんまだし、それになにより——


「それ、ずいぶん本格的に造ったよね」

 自分が指を指して言ったのはレイヤーさんが右手に持っていた単装高角砲だった。異常事態の中突拍子もなくマヌケな質問をしてしまう心理というのは自分でも解らない。

 レイヤーさんはニッコリ微笑み、

「これで〝蚊さん〟をばしばし撃ち落としたんですよ」と口にした。


 へ?


 今、現在進行形でこの部屋で起こっていることはあまりにリアリティーが無さ過ぎる。しかし何らの対策もしていないのに、ここ数日全く蚊に刺されなくなったというのは紛れもないリアルである。


「ちょっと見せてもらっていい?」そう言うと実にあっさりと、「はいどうぞ」と返事が戻ってきた。

 レイヤーさんは右手を伸ばし改めてすぐ目の前でそれを示してくれた。

 〝それ〟というのはもちろん単装高角砲である。

 見れば見るほどよくできている。プロのモデラーが造ったみたいだ。

 とは言え……これで蚊を撃ち落とせる……?

「これ、弾出るの?」

「出ますよ。本物ですから」

「ほんもの?」

「触ってみます?」

 一瞬ためらったが触るのはあくまで模型の方だ。


 自分の手がおそるおそる単装高角砲の方へと伸びる。指の腹がそれに触れる。

 冷たかった。まるで金属のようだった。今度は爪を立て二度ばかりこんこんと叩いた。その音の響き、まぎれもなく金属だった。


「しかしまさか実弾が出るってこともないよね?」と訊いた。もしそんなものをぶっ放しているんなら壁が穴だらけの筈だ。

「蚊さんを撃ち落とす程度の実弾が出ますよ」、そういうよく解らない返事が戻ってきた。


 繰り返して思う。確かにここ数日蚊に刺されなくなった。もちろん、何の対策もしていないのに、だ。


「これ持たせてくれない?」今度は口がそう動いていた。理屈はない。ただ好奇心に従順なだけ、としか言いようがない。

「どうかな……少し重いけど」とレイヤーさんは迷うように言った。

「大事に扱うから」とさらに言うと「わかりました」とようやく承諾をもらうことができた。

 ただし——

「立ち上がって身体の正面で受け取ってくださいね」と注意を受ける。

 自分は言われたとおりに立ち上がる。

 単装高角砲を手渡されようとしたその直前「両手で受け取ってくださいね」とさらにまた念を押された。


 正直タカをくくっていた。女の子が片手で持てる物を『両手で受け取る』だって?

 だが執拗に覚悟を促してくれたのは親切であり正に正解だった。


 ずしっと途方もない重さだった。受け取った瞬間の感想はこれ以外にはなかった。両手を使い身体の正面で受け取らなければあっという間に床に落っことし自分の足を直撃するところだった。こんな物を片手で持てる女の子が普通であるわけがない!


「わたし持ちますよ」

 言われるまま途方もない重量物を引き取ってもらい、ようやく喋ることができるようになった。

「君は何者?」そう訊く以外にない。


 そう言われたレイヤーさんは困ったような顔をしながら何かを口にした。

「びしょう——」までかろうじて聞こえた。

 もう一度、同じことを訊く。

「自分で美少女って言っちゃうのもなんですけど——」と前置きのような断りが入った。

 次の返事を固唾を呑んで待つ。

「美少女フィギュアです」それが答えだった。


「はい?」


「あそこを見てください」、レイヤーさんは或る一点を指差した。

 そこに飾ってあったフィギュアが消えていた。

「なんで無くなってるんだ⁉」思わず声が高くなる。

「それがわたしだからです」レイヤーさんだと思ってたその人は言った。


 意識もせずフィギュアが置いてあったその棚の前へと歩いていた。棚の上、手を置き撫で回している。


「無くなったからといってもそれは一時的なものですから別のフィギュアを置かないでくださいね」そう後ろから声が飛んできた。

「十日くらいで別のものと交換するつもりだった」と自分は言った。

「みんなには怒られるけどできればそのまま飾っておいて欲しいなあ。まだまだ蚊さんの季節だし」と、返事をされた。

「紫外線での劣化は避けたいけど——」と自分の口が言ってしまい謎の会話が続いていく。

 この部屋は南向きで窓の外、光を遮るものも無く、もちろん直射日光を当てるなんて事はしないものの自分がいる間は遮光カーテン引きっぱなしにはしないから、部屋の中のあらゆる物が日光の影響を受ける環境下にある。しかし、

「かまいませんよ、わたしは」と来た。


 こんなバカなことが現実に起こるというのか⁉


「君は本当にあそこにいたフィギュアなのか?」と同じことを訊いてしまう。だがこうした場合に答えが変わる筈もない。レイヤーさんはひと言言った。

「はい、マスター」と。

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