第三十四話 重大発表

「皆の者、先程は見苦しいところを見せてしまい申し訳ない」


 ウルドとフレクが国王に連れていかれたは、別室ではなく会場の雛壇であった。

 何かしらの密会を行なうと思っていたウルドは、少々拍子抜けしたのだが、大勢の上級貴族の前に立たされた以上、気を抜くことはできない。

 どのような表情をすれば良いのか分からないウルドは、隣に立つフレクを見習い、取り敢えず彼と同じように笑顔を浮かべる。


 そんなウルドを他所に、会場が静まったのを確認した国王が口を開いたのだが、第一声は謝罪の言葉であった。

 頭こそ下げなかった国王だが、いきなり謝罪の言葉が出たことで、会場が少しざわつく。


「皆も知ってのとおり、今回は初日から三日連続で王宮で夜会が開かれる」


 通常、シーズンの開幕を告げる初日のみ王宮で夜会が開かれるのだが、今シーズンは事前に三日連続開催だと通達されている。


「実は、二日目となる明日に重大発表を行なう予定であったが、先ほど第二王子の暴挙があったため、予定を繰り上げて今からその発表を行なう」


 国王が喋ったことで一度静まった会場が、またもやざわめく。


「まず、第二王子ラタトスクを、王族から除籍する」


 この発表には、先ほどまでの小さなざわめきと違い、会場中が大きなざわめきに包まれた。

 そして、国王の一歩後ろに控えたウルドも、これには驚いた。


 当初から、第二王子との婚約破棄は、明日の夜会で発表される段取りだったのだが、第二王子からの婚約破棄宣言で段取りが台無しになっている。

 しかし、第二王子の除籍についてウルドは知らなかったため、この発表には驚きを禁じ得なかったのだ。


「静まれ!」


 国王の一喝で、会場はピタリと静まり返る。


「元々の予定としては、王子としての権限を剥奪するのみであったが、普段の素行に加え先ほどの暴挙など、総合的に考え決定した。――これは儂の独断であるが、この措置に対し、異議や異論は一切認めん」


(ああ、ボンクラは陛下の逆鱗に触れてしまったわけね)


「そして、ラタトスクがヴェルダンディ・イスベルグ侯爵令嬢に対し、婚約破棄を宣言していた。しかし、婚約破棄もまた、明日発表の予定であった」


(そうそう。わたしはあのボンクラに捨てられたのではなく、あくまで円満に解消されただけなのよ)


「だがしかし、これだけの面々の前で宣言されてしまった以上、ラタトスクの宣言により二人の婚約が破棄されたとして処理する」

「えっ?」


 思わずウルドの声が漏れた。


(ちょっと陛下! それだとあたしが捨てられたことに……。そんなの嫌よ!)


 内心納得のいかないウルドであったが、大勢の目が向いているこの場で、国王に意見などできるはずもなく、ただ堪えるしかできない。もどかしくもあるが、今はただ耐えるのみであった。


「続いて、ラタトスクとは別件であるが、我が王国の第一王子を紹介する。これも明日がお披露目の予定であったが、本日姿を現してしまったので仕方ない」


 話はコロッと変わり、今度は第一王子の紹介だ。

 既に、満面の笑みを湛えた青年が第一王子であることは、この場にいる者には知られてしまった。それであれば、日を置かずにここで紹介するのが良い、そう国王は判断したようだ。


「知っての通り、第一王子は生まれつき体が弱く、公に姿を表すことができなかった。しかし、徐々に体調も安定し、先刻、療養先であったノルン子爵領から戻ると、随分と健康になっておった。未だ万全とは言えぬが、ここで皆に紹介しよう。――我が王国の第一王子、フレズヴェルクだ」


 ウルドとともに国王から一歩下がった位置にいた第一王子は、名を呼ばれ、国王の隣に並び立った。


「えー、僕が第一王子のフレズヴェルクです。こうして皆の前に姿を現すのに二十二年もかかってしまったけれど、どうにかここに立つことができました。――王子としての公務は厳しいけれど、王国の一員として可能な限り尽力したいと思っているよ。どうぞよろしく」


 最後に特上の笑みを浮かべたフレズヴェルクが、キラリと白い歯を輝かせると、会場中の淑女から黄色い声が飛び交った。


(むむ、何だか分からないけれど、ちょっと嫌な気分だわ)


 今まで公に姿を現さなかった第一王子。その彼を知っているのは、唯一自分だけであったウルドからすると、自分でも知らぬ間に独占欲が芽生えていた。それゆえ、多くの女性がフレクに興味を抱いているこの状況が、ウルドは心底気に入らなかったのだ。


「もう一点」


 未だ歓声が鳴り止まない会場に、国王の低い声が響く。


「ノルン子爵であるヴェルダンディ・イスベルグを、第一王子フレズヴェルクの婚約者とする」

「えっ? ……えええぇぇぇー!」


 一瞬、国王が何を言ったのか分からなかったウルドだが、一度頭の中を空っぽにし、再度国王の言葉を思い浮かべると、驚きのあまり大声を出してしまった。


「ヴェルダンディ嬢、淑女がそんな大声を出すものではないよ」

「で、でもフレズヴェルク様、わ、わたくしが貴方の婚約者と言われたのですよ」

「嫌かい?」

「嫌とかそういうことではなく……」


 一歩後ろにいるウルドに向けて振り返ったフレク。淑女らしからぬ声を上げるどころか、貼り付けた笑顔まで削げ落とした驚愕の表情のウルドに対し、彼は優しく語りかけたのだが、ウルドの動揺は未だに収まらない。


「ヴェルダンディ、一歩前へ」『細かいことは後で説明する』


 国王が小声で付け足した言葉を信じ、ウルドはおずおずと進み出た。


「この二人の婚約は、今この時をもって正式に成立した」


 正式な発表がなされると、会場は大きく盛り上がる。

 笑顔がデフォのフレクは、いつもの笑顔で呑気に手を振っているが、ウルドは無理やり愛想笑いを浮かべるのが精一杯で、手を振る余裕など全くなかった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「さて陛下、説明をお願いできますでしょうか」


 会場を出た国王劇団一行は、雛壇の裏にある王族の控室に入り、腰を下ろす。

 国王をテーブルの向こうに、ウルドはフレクと同じソファーに横並びで座っているのだが、彼女はドキドキすることすら忘れて、いきなり国王に食って掛かった。


「まあ落ち着け」

「これが落ち着いていられますか!」


 もはや淑女らしさも、ましてや国王に対する礼儀さえ忘れた態度でウルドは息巻く。

 しかし国王は、そんなウルドをなだめるでもなく、「よいから聞け」と言って語りだしてしまった。


 元の段取りでは、明日の夜会で第二王子との婚約を解消し、その後、ウルドは帝国の皇太子と婚約する旨を発表する予定で、ウルドも把握していることだ。

 しかし第二王子の暴走で、ウルドは一方的に婚約を破棄された。これには頭を抱えたくなったが、悪いことばかりではなく、むしろ『使える』と国王は判断した。


 ――何が使えるのか?


 それは、ウルドが婚約を一方的に破棄される人間となったからだ。

 一般的に、婚約破棄を宣言されるような者は、何かしら問題があるとされている。

 実際のウルドに落ち度はないものの、婚約破棄を言い渡されたのだから、世間では問題がある人間だと認識する。

 それを前提に考えると、そのような問題のある者を、他国の王族、しかも帝国の皇太子の婚約者にするなど大問題だ。であれば、今回の婚約は白紙にする。

 というのが、国王の脳内で即座に描かれた。


「しかし陛下、帝国との約束を反故にしてしまってよろしいのですか? それに、わたくしの決意はどうなるのですか?!」


 ウルドは先日、第二王子との婚約を破棄した後、皇太子との婚約を結ぶと国王に告げられ、そのことで頭を下げられたのだ。

 内容的にも王国の一大事であったことを考え、納得できないまでも、あのウルドが腹を括って、お国のために身を差し出す覚悟を決めていた。それにも拘らず、国王はその話を反故にしようとしているのだ、ウルドの決意を無にした国王に、ご立腹なのも仕方ないだろう。


「あれはあくまで、こちらとしてその方法を選ぶと決めていただけで、正式にはまだ決定しておらん」

「えっ、そうなのですか? ですが――」

「まぁ聞け。帝国の皇太子は、ヴェルダンディの幸せを第一に考えておる。そのために自分が娶ると言っておるが、それは最終手段だ。皇太子はヴェルダンディの相手が自分ででなくとも、お前が幸せになれる道があるのであれば、文句は言わない」


(それでいいのかなぁ~)


「そして、まだ完調ではないが、フレズヴェルクが戻ってきた。であれば、我が王国内の、ひいては王族の犯した不祥事を、同じ王族であるフレズヴェルクが尻拭いをする。これなら先方もひとまずは聞き入れるであろう」

「いや、僕はまだまだ静養が必要な状態なんだけどね、陛下からヴェルダンディ嬢の話を聞いて、いても立ってもいられず、無理やり戻ってきたんだ」


 実は、と言ってフレズヴェルクは顔を拭くと、見慣れた青白い顔色をしていた。

 どうやら、顔色を誤魔化すために白粉を塗っていたようだ。


(不健康な青白い顔を、健康な顔色に見せるために白粉を使う人を初めて見たわ)


 ウルドはどうでも良い部分に反応していた。


「ヴェルダンディがフレズヴェルクに嫁ぐことが、お前の幸せになるか分からんが、儂としてはどうしてもお前の血を王族に残したい。――きっと、フレズヴェルクが国王の務めを果たせるほど健康になることはないだろう。しかし、例えフレズヴェルクが国王にならずとも、二人の子には王位継承権が発生する。それだけでも儂はどうにかしたい。ヴェルダンディを帝国に渡すのは我慢ならんのだ」


(国王が望んでいるのは、あたしが入る前のヴェルダンディのはず。今のあたしはヴェルダンディ程優れていない。だから、真実を打ち明けて――)


「陛下の考えとは別に、僕の考え……いや、想いもあるんだ」


 ウルドが自身の秘密を打ち明けるか悩んでいると、フレクが口を挟んできた。


「実を言うと、僕はヴェルダンディ嬢に一目惚れしていたんだ」

「えっ」

「面と向かっていうのは、恥ずかしいな」


 フレクが見せるいつもの笑顔とは違う、照れを含んだようなハニカミ笑いを目にしたウルドは、胸がドクンっと跳ねのを感じた。


(また胸がドキドキしている……。何なのこれは?)


 首を右に向けるとフレクと目が合ってしまうため、ウルドは俯いてしまう。

 そんなウルドに対し、フレクはお構いなしに言葉を紡いだ。

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