第三十一話 上級貴族が集う場で

「第二王子と『氷の魔女』が並んで参加している?!」

「婚約しているのだから当然なのだろうけど、どうにも違和感が」

「それにしても、殿下は相変わらず仏頂面だな」

「うむ、『氷の魔女』の笑顔が引き立っている」

「いやいや、最近の『氷の魔女』は人当たりも良く、若い御令嬢に人気らしいぞ」


 社交シーズンの開幕を告げる式典にて、国王夫妻と共に現れた第二王子とノルン子爵。

 昨シーズン中に正式な婚約が発表された若い二人だが、婚約自体は既に七年前から結ばれていたので、王宮の式典に出られるような上級貴族は、とうの昔から知っている事実だ。

 しかし、その二人が並んでいる姿は、そうそうお目にかかれるものではないため、むしろ違和感のある光景であった。

 参列者が驚きの声を上げるのは、必然と言えよう。


「殿下、もう少し愛想良くできませんの?」

「お前と並んでい立っているだけで苦痛だと言うのに、愛想良くなどできるわけなかろう」

「それでも王族であれば、しなくてはならないのですわよ」

「お前は王族ではなかろうが」

「ええ。わたくしは王族ではありませんわよ。そのわたくしでさえ、場に相応しい振る舞いをしているのですから、王族である殿下こそ、それらしく振る舞っていただきたいですわ」

「相変わらず癪に障る女だ」


 式典のさなか、夫を支える妻が如く甲斐甲斐しく第二王子に声をかけるウルドだったが、王子は一層機嫌が悪くなる。それでもウルドは、終始満面の笑みを湛えたままであった。


(今は事を荒立てず、平穏無事に済まさないといけないのよね。――今夜はナンナに沢山愚痴を聞いてもらおーっと)


 その後、各種式典は滞りなく終了し、会場を移して夜会へ。

 初めて王族側として式典に臨んでいたウルドは、無愛想なボンクラ王子と共に行動していたこともあり、必要以上に疲弊していたが『夜会を乗り越えれば今日は終わる』と自分に言い聞かせ、貼り付けた笑顔のまま頑張っている。


 普段の夜会であれば、壁の花として佇んでいるだけのウルドだが、王族側として参加している今回はそうもいかない。だからといって、常時王族の席に鎮座していなければならないわけでもない。

 ではどうするかといえば、時折なんとなく会場内をフラフラしている。

 そして現状、第三王子派の貴族とそれなりに顔を繋いでいるウルドは、昔のように誰も話しかけてこないような、ボッチ令嬢・・・・・ではなくなっていたのだ。


「ごきげんよう、ヴェルダンディお姉様」

「あらラーン。ごきげんよう」


 昨シーズン中にデビュタントを済ませたラーンは、婚約者がいなかったり、作法に不慣れな令嬢が参加するサロンを主戦場にしていた。

 しかし、表向きには公表されていないが、第三王子と婚約をしたことで、今シーズンからは正規の夜会を主戦場にするようだ。


「今夜の装いはすごく温かみが感じられ、ヴェルダンディお姉様のお人柄が良く表れておりますわ」


 今夜のウルドは、ある意味裏方のようなものなので、全体的に淡い色合いのドレスを纏っている。それも今までのような寒色系ではなく、敢えて暖色系であるオレンジをチョイスしていた

 未だに『氷の魔女』と呼ばれているウルドは、少しでも寒々しいイメージを払拭するために細かい努力をしている。――とはいえ、ポンコツ侍女ナンナが、多大なる貢献をしているのは言うまでもない。


 ちなみに、ウルドは王族側での出席ということで、ナンナが『凄いですねぇ~』と言っていたパリュールを、ゴテゴテと装備・・している。


「おっ、ラーン嬢ではないか。久しいな」


 ウルドがラーンと談笑していると、何故か第二王子が割り込んできた。

 どうやら、ウルドの姿が王子の目に入っていなかったらしく、自身の婚約者に向けたことのない笑みを浮かべていたのだ。


「これはこれは第二王子殿下。お久しぶりにございます」


 公爵令嬢であり、第三王子の婚約者に選ばれたほど器量良しのラーンは、若いにも拘らず淑女然とした風格を纏い、お手本のような美しいカーテシーをしてみせた。


(ラーンは流石だわ。ボンクラ王子の裏の顔を知っていても、完璧な対応ができるのですもの。とても十三歳と思えないわね。――それに引き換えこのボンクラは、十八歳にもなって大人の振る舞いができないのだから、全くお話しにならないわ)


 すっかり蚊帳の外に置かれたウルドだが、わざわざ『わたくしを無視するのはどういうことかしら!』などとしゃしゃったりせず、すっかり空気と同化しいる。


「ラーン嬢は何れ俺の義妹になるんだ、そう堅苦しくしなくてもいいぞ」

「いいえ、わたしは第三王子殿下の婚約者に選ばれましたが、まだ・・婚姻を結んだわけではございません。王族でもないわたしが、殿下に馴れ馴れしくするなど恐れ多くてできませんわ」

「そうだな。王族でもないくせに王族のように振る舞うなど、普通はなかなかできるものではない。まぁ、何処かのバカ女は何か勘違いして、王族気取りで振る舞っているがな」


 敢えてウルドを無視していたらしい第二王子は、ウルドに一瞬だけ視線を向け、フッと鼻を鳴らして下卑た笑みを浮かべた。


(ホント、器の小さい男だわ)


 内心で第二王子を卑下するも、ウルドは我関せずで笑顔のままだ。


「殿下の仰っている方が何方どなたか存じませんが、そのような方もおられるのですね」

「そうだな。ラーン嬢のように慎ましやかであれば可愛気もあるだろう。しかし、あのバカ女には可愛気など一切ない。全く困った女だ」


 第二王子に同調するようなラーンの言葉に、第二王子は気を良くしたのだろう。式典の際に終始仏頂面だった者と同一人物とは思えないほど、楽し気にゲラゲラと笑う。それこそ、王族とは思えぬ下品な笑い方でだ。

 そんな第二王子に眉をしかめつつ、遠巻きに見ていることしかできない上級貴族の面々。

 一応・・、その下品な王子の婚約者であるウルドは、このままボンクラに空気を悪くされては堪ったものではないと思い、嫌々ではあるが声をかけることに。


「殿下、王族であるならば、もう少しお上品に振る舞われた方がよろしいのでは?」

「チッ、お前は俺とラーン嬢の会話を聞いていたのか? 王族でもないお前が王族を語るな!」


 品のない笑顔を晒していた第二王子は、ウルドの進言に舌打ちすると、みるみる表情を険しくし、秋の紅葉もかくやとばかりに顔を紅潮させた。


「だいたいお前は何だ! 散々人を見下しておきながら、手の平を返したように媚を売り、婚約が正式に発表されたかと思えば、急に面会を申し込んでくる。そんなに王子妃の立場が欲しいのか! いや、もう王子妃になったつもりでいやがる。胡散臭い愛想笑いを浮かべ、俺に王族はどうだとか講釈を垂れるのが証拠だ! お前は卑しい女だな! 全くお前は――」


 喋り出したら止まらないとばかりに、第二王子は思いつく限りの罵声をウルドに浴びせる。

 呑気なウルドが、『そろそろ打ち止めかしら?』など思っていると、更に罵詈雑言が続いた。


(もぉー、今日は穏便に済ませたかったのに、本当にこの男は駄目ね)


 ウルドは憤りを感じる。それは、第二王子から浴びせられる暴言に対してではなく、今日の夜会を穏便に終わらせられなことに対してだ。


「殿下、いくら王族と言えど、上級貴族が集う場でそのような暴言は控えるべきですわ」

「お前のその何でも分かっているような態度がムカつくと言っているんだ! 本当にお前はバカだな!」


(はいはい、ブーメランおつ)


 激昂する第二王子に対し、ウルドはどこまでも冷ややかだった。

 今度は蚊帳の外に置かれたラーンは、いつの間にか言い合う二人から距離を取っている。

 それとは逆に、少し離れた場所が少々ざわついていた。それは、国王夫妻がいる雛壇の方向だ。

 第二王子が大声で怒鳴ったため、流石に国王の耳にも届いたのだろう。人の群れがサァっと引き、一筋の道が出来上がっていた。


(んぁー、陛下まできてしまった……。勘弁してほしいわ)


 貼り付けた笑顔のまま、心の内で愚痴を零しまくるウルドであったが、それでも口に出すことなく我慢している。しかし――


「おい、ラタトスク――」

「もう我慢ならん! ヴェルダンディ・イスベルグ! 今この時をもって、お前との婚約は破棄する! お前は金輪際俺に関わるな!」


 ウルドと第二王子まで後少し、といった所まで近付いてきた国王が、息子に声を掛けたところでそれを遮るように、ボンクラ王子は婚約破棄を宣言したのだ。

 これには国王をはじめ、会場中の全員が驚き、声を失ってしまった。

 そして、音という音が全て消えた静寂の中、本日一番の下品な笑い声が、その静寂を掻き消した。

 勿論、第二王子の高笑いだ。


 何がそこまで面白いのか不明だが、第二王子は腹を抱えんばかりの勢いで笑い続ける。

 その間、ウルドがバルドルに目配せをすると、忠実な下僕はさっと動き出した。しかし、それに気を向ける者などおらず、ウルドは軽く安堵する。


「どうだヴェルダンディ、悔しかろう」


 この状況で一人心を落ち着かせるウルドに、第二王子は嘲笑あざけわらいながら言い放つ。

 その表情は、愉悦に浸る勝者のように思えなくもないが、ウルドの瞳には酷く醜悪に映った。


「俺の嫁となり、ゆくゆくは王妃などという大それた地位を欲したお前は、俺に捨てられ、ただの侯爵令嬢……いや、辺境の子爵に戻った。己を弁えぬその驕った女に、将来の国母になる資格などない! それに引き換え、お前の妹フリーンは、良く弁えた可愛らしい女性だ。お前のように、分不相応な地位を求めるのではなく、俺という人間に良く尽くしてくれる。そんなフリーンこそ、将来の国母たる女性だ」


良く回る口・・・・・だこと。それに引き換え、オツムの回りは絶望的・・・・・・・・・・ね。ポンコツなナンナの方が、数百倍も賢いわ)


「おいフリーン」


 考え無しの第二王子は、こともあろうか婚約者の妹であるフリーンを呼び出したのだ。


「殿下――」


 スタスタと駆け寄ったフリーンは、人目を憚ることなく第二王子に抱きついた。


「フリーン、これからは堂々と逢い引きができるぞ」

「嬉しいです」


 全く空気の読めていない二人は、すっかり自分たちの世界に入り込んでいる。


(これがお花畑なのね……)


 ウルドを含め、この会場にいる全ての者が呆れてしまったのであった。

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