第二十七話 天使

「ヴェルダンディ様、勿体つけないでください」


 何かを言おうとしたまま、ニヤけるだけで何も言わないウルドに痺れを切らしたバルドルが、切羽詰ったように問い詰める。『どうせ碌なことではない』と高を括っているので、勿体つけられるのがうっとおしいのだろう。


「実を言うと、ノルン領には金剛石の鉱脈があるのよ」

「なんと!」

「えっ? ええぇぇぇぇぇ!」


 バルドルとナンナは、そんな言葉が出てくるなど想定しておらず、普通に驚いてしまったのだ。


「どう? 凄い?」

「凄いですヴェルダンディ様ぁ~」

「まぁ、金剛石はあたしが魔術研究するのに必要で、探したらたまたまあっただけなのだけれど、魔術以外には役に立たないと思っていたから、すっかり忘れていたのよね」


 胸を張り誇らし気なウルドの言葉に、バルドルは驚きのあまり硬直しており、ナンナは手をパチパチしながら、主をよいしょする感じで褒め称えた。


「ただ、現状はお父様の資金を巻き上げるのが優先だから、金剛石の件は胸に留めておくだけにしてね」

「そうですね。今はあれやこれやと手を出す余裕がありませんので、妥当な判断かと」

「ただ、加工職人が簡単に見付からないのであれば、今のうちから探すだけ探しておいてちょうだい」

「それでしたら、知人に腕の良い職人がおりますので、問題ありません」

「あら、それなら現場監督のゴッツィーに場所を教えて採掘させようかしら。元々大量に産出されないし、精鋭部隊に任せて」


 人手が足りず余裕がないのだが、加工ができる者がいる以上、放置しておくのはもったいないとウルドは思う。


「焦らずとも良いと思うのですが」

「そう? まぁ、いつでも動けるようにはしておきましょう」

「分かりました。知人の方には内密に連絡をしておきます」

「はいはい。――ということで、取り敢えずあたしの欲しい物リストを、しっかりお父様へ届けておいてちょうだい」

「かしこまりました」


 すぐにすぐ動けるほど、ウルドの戦力は多くはないが、収入源が領地にあると分かっているのは、気持ちとしては幾分か楽になる。それであれば、今はできることをやるまでだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「久しぶり……というほど、ではないか」

「そうですね、大伯父様」


 王都の自室で書類と向き合っているウルドに、祖母の兄である公爵から『時間を作れ』と言われ、約半年ぶりに公爵邸へ赴き、再会した。


「大伯父様の方からわたくしを呼び出すとは、何かございましたか?」

「なに、ヴェルダンディと第二王子殿下の正式な婚約が発表されてから、面と向かって祝いの言葉を掛けてやれなかったからな、お前が王都にいると聞いて、つい呼び出してしまった」

「そうでございましたか」


 そんなことで呼び出したのではない、とウルドは分かっているが、本題に入るまで時間がかかることは想定していたため、取り敢えずはどうでも良い話に付き合うことに。


「――ところでヴェルダンディ、第二王子殿下とあまり上手くいってないようだの?」


 ウルドは、『これが本題か?』と思い、聞き流しの姿勢から真面目な姿勢へと気持ちを切り替える。


「お恥ずかしながら、わたくしは殿下に避けられているようでして」


 王都に滞在しているのに、正式に発表された婚約者と接点がないのは流石に拙い、と気付いたウルドは、一応は第二王子へマメに面会を申し込んでいたのだ。しかし、一度たりとも面会を受け付けてもらえないのが現状であった。


「王子妃として義理の姉になるヴェルダンディには、もっとしっかりしてもらわんと困るのだが」

「……?」


(なんの話? 義理の姉と言われても。――王子妃として義理の姉妹となるのは……第三王子の妻! でも、それとこの爺さんに何の関係があるのかしら?)


「……どういうことでしょう?」

「先日、孫娘のラーンが第三王子の婚約者として内定した。紆余曲折あったが、それは良いとして、何れは第二王子妃のヴェルダンディと第三王子妃のラーンは義理の姉妹となる」

「そういうことですか。――突然のお話で、何もご用意出来ておりませんが、まずはご婚約おめでとうございます」

「何も言わずに呼んだのだから、そんなことは気にせんでも良い」


(この爺さんの孫ってことは、あたしの再従姉妹はとこよね? 確か、公爵家では血が近いとかなんかで、わざわざ侯爵家のあたしを王子妃に選んだとかの話だったけれど、親等でいえばあたしと同じ。だって、あたしもボンクラ王子とは再従兄妹で、ラーンって子も第三王子と再従兄妹で同じだもの。――血が近いというのは、ここ以外の公爵家の場合の話なのかしら?)


 表面上は笑顔でやり取りするウルドだが、脳内は目まぐるしく回転していた。


(もしかして、あたしを王家に取り込むための方便だったのかしら? 陛下は随分とあたしヴェルダンディを気に入っているから、その可能性もあるわね。――ってことは、この爺さんの孫を王家に入れても大丈夫だと判断したのは、あたしが第二王子の嫁になるのが確定した……ってこと? 拙いわ!)


「何を渋い顔をしておる。気にせんで良いと言ったであろう」

「……す、すみません」


(顔に出てしまったようね。考えるのは後にしましょう)


「うむ。それでの、ラーンが久しくヴェルダンディと会っていなかったのを思い出した。これから義姉妹になるのだから、少し話しをさせてやりたいと思ったわけだ」

「わたくしの方は、日時を指定していただければ合わせますが」

「いや、この後でかまわん」


(あたしの方がかまうのよ! 口ぶりから、そのラーンって子とヴェルダンディが面識あるのは分かるけれど、あたしは初対面なの! バルドルから情報を得る時間が欲しいのよ!)


 不満を口にも表情にも出さず堪えるウルドであったが、なし崩し的にラーンとお茶を飲むことになってしまった。

 ラーンとは別室で会うことになったので、移動の間にバルドルから少しだけ情報を引き出す。

 バルドル曰く、ラーンはヴェルダンディの四歳年下の十二歳。

 ラーンと最後に会ったのは、ヴェルダンディがまだ明るかった頃で、当時のラーンは六歳前後であったが、悪いイメージは残っていないだろうこと。

 当時は聡明な少女であったが、今も評判が良いことなどの僅かな情報のみを得た。



「ごきげんよう、ラーン」

「ごきげんよう、ヴェルダンディお姉様」


 ウルドが通されたのは、大きな開口部にガラスが嵌め込まれた、非常に明るい部屋。

 燦々と降り注ぐ陽の光を、後光のように浴びて佇む一人の少女がいる。その少女こそ、ブルドガング公爵令嬢であり、未来の義妹(仮)のラーンだ。


「お待たせしてしてしまって、ごめんなさいね」

「こちらこそ、急にお呼び立てしてしまい申し訳ございませんでした」


 高貴な令嬢同士らしい優雅な挨拶を済ませると、丸いテーブルを挟んだバルーンバックチェアに腰を下ろす。

 先程は逆光で良く見えなかったラーンを、ウルドは凝視しないように眺めた。


 まだ十二歳であることから、年齢相応の幼さが垣間見えるが、あどけなさの中に凛とした美しさを感じさせられる。

 また、利発さや聡明さも感じられ、第三王子の婚約者に相応しい風格も纏っているように思う。

 小顔で愛らしくもあるが、系統でいえば可愛いより美しいに分類されるだろう。もう少し成長すれば、ヴェルダンディに勝るとも劣らない美人となるに違いない。

 ヴェルダンディが女神・・であれば、ラーンは差し詰め天使・・といったところだろう。


「ヴェルダンディお姉様、如何なされましたか?」


 見過ぎないようにしようと思いつつも、ウルドはマジマジとラーンを観察していた。


「久しぶりにラーンに会えて、随分と成長したものだと感慨深くなってしまい、つい見入ってしまったわ。ごめんなさいね」

「わたし、成長しましたか?」

「ええ、とても立派になったわ」


(この対応で間違っていないわよね? 以前を知らないけれど、立派な淑女って感じはするもの)


「ありがとうございます! わたし、幼少時よりヴェルダンディお姉様を目指して頑張っていたのです! そのヴェルダンディお姉様に立派になったと言われ、本当に嬉しいです!」


 色白な顔を赤く染め、興奮気味……いや、すっかり興奮しきったラーンは、丸いテーブルに手を置き、ガッツリと身を乗り出している。カップを乗せたソーサーをテーブルに置こうとした侍女が、ソーサーを手にしたままどうしたら良いのかオロオロしてしまうくらいの勢いだ。


「ラーン落ち――」

「わたし、ヴェルダンディお姉様にずっとお会いしたかったのですが、最後にお会いした後は、何故か家族からヴェルダンディお姉様のお名前を聞くこともなく、お父様やお祖父様にお会いしたいと伝えてもはぐらかされ、やっとお会いできたのです! 今日まですごく長かったです、ヴェルダンディお姉様!」


 ウルドはラーンを落ち着かせようとしたが、感極まった彼女は、押し寄せる波の如き勢いで、溜まりに溜まった想いを吐き出した。

 その勢いは、未だ落ち着きそうもなかったが、ラーンが一呼吸入れた隙きを見計らい、ウルドが口を挟む。


「取り敢えず落ち着いて。貴女の侍女も困っているわ」


 ウルドが侍女の方に視線を送ると、後を追うように視線を向けたラーンは、ハッとしたやいなや、サッと腰を下ろして俯いてしまった。

 今の自分の行動がよほど恥ずかしかったのだろう、先程までも赤かったラーンの顔は、茹だったタコもかくやとばかりに赤さが増している。


(淑女然としていたけれど、まだまだ子どもなのね。――でもあの勢い、すごく既視感があるわ)


 軽く背中を震わせたウルドは、慈しむような優しい眼差しでラーンを見つめた。

 そんなウルドとラーンを見て、『ここだ』とでも思ったのだろうか、侍女はサッとカップを置く。なかなか抜け目のない良い侍女だとウルドは評価した。


 序盤こそ、ラーンが興奮するなどてんやわんやであったが、落ち着きを取り戻したラーンは、ウルドの想定以上にしっかりしていたため、高貴な者同士の穏やかな時間が流れた。


(うん、ラーンはすごくいい子だわ。第三王子はまだ幼いのに出来が良いと評判だし、その出来の良い王子がラーンと結婚するなら、ボンクラ第二王子とあたしが結婚する必要ないわよね?! となれば、この子をもっと担ぎ上げて、陛下にあたしが不要だと思ってもらえるようにしよう!)


 楽しそうに会話をする傍ら、ウルドはしょーもない決意をしていた。


(でも、ラーンと義理の姉妹になるのも捨てがたいわ。それだと、あたしはあのボンクラと……。仕方ない、義姉妹は諦めるしかないわね)


 後ろ髪を引かれる思いだったウルドは、ラーンとの義姉妹と、ボンクラ王子との婚約破棄を天秤に掛け、圧倒的大差で婚約破棄を選択するに至ったのである。


「ヴェルダンディお姉様、本日は本当に楽しかったです」

「そう言ってもらえて嬉しいわ。わたくしも楽しかったわよ。また連絡をしてちょうだいね」

「はい!」


 あどけなさを残す美しい顔を綻ばせ、満面の笑みを浮かべるラーンに、ウルドは女神の微笑みと謳われる慈愛の笑みで返す。

 そして次回のお茶会について約束し、ウルドは公爵邸から侯爵邸へと戻った。


 この帰宅途中の馬車内でのウルドは、ヴェルダンディを敬愛するあのバルドルがドン引きするような、悪魔の如き笑みを浮かべていたと言われている。

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