第二十六話 簡単に書ける
「さっきも言ったとおり、あたしは着飾ることに興味がないの。それこそ、装飾品なんて百害あって一利無しだわ」
真面目な表情で話しを聞く従者二人の主であるウルドは、少々興奮気味に言い放つ。
「でも装飾品は、高価でありながらも世間では需要がある……みたいね」
コクコクと頷く従者を確認し、ウルドは自分の言っていることが間違いでないと安堵する。
「そこで本題よ」
従者二人は、主が何を言い出すのかと固唾を呑んで言葉を待つ。
「あたしの持っている装飾品を売ればいいのよ!」
ナンナとバルドルは互いに顔を見合わせる。
そんな二人は、『この人は何を言っているんだ?』と言わんばかりの表情で、二人同時に溜め息を吐く。
そのまま二人はすぅーっと首を動かし、ドヤる主へと冷めた視線を浴びせ掛けた。
「な、なによ二人とも。あたし、何かおかしなことを言ったかしら?」
主を
「ち、違うのよ。二人とも勘違いしているわ」
慌てながら胸の前で手を振り、従者からの否定的な視線を撤回させようとする主のウルド。
「あたしは自分が装飾品を身に着けたくないから売ろう、と言っているわけではないの。ほら、今のあたしは資産が圧倒的に少ないわけではないけれど、どんどん目減りしてるでしょ?」
無言の圧力によって、続きを促す二人。
「そ、それで、資産を回復する一助にしようと…………」
従者二人は、『言いたいことはそれだけか?』と目が語っている。
「何ていうの、あたしが追い込まれたのって、お父様の所為でしょ? それに対する反逆の第一歩的な意味合いで、お父様から与えられた装飾品を売って、あたしの資産にしてやるのよ。それで、またお父様から新しい装飾品を貰う……って寸法よ」
イスベルグ侯爵は、世間体を非常に気にする。そのため、忌々しい……と思っているかはさてき、邪険にしている娘であっても、イスベルグ家の者が見窄らしいなどと言われないよう、常に高価な装飾品を買い与えているのだ。
「そ、それを、何度か繰り返せば、意趣返しになる、かな、と……」
二人からの冷めた視線に耐えきれず、主であるはずのウルドは意気消沈し、当初の勇ましさは何処へやら……といった感じでシュンと項垂れてしまった。
「…………」
「…………」
「…………」
衣擦れの音や息遣いすら聞こえぬほどの静寂が支配する室内。なんとも言いようのない空気が漂っている。
「……ヴェルダンディ様」
静寂を打ち破ったのは、幼女の如き小柄な侍女のナンナであった。
「な、何でしょう?」
「真剣な話というのは、もう終わりですか?」
「は、はい、終わり……です」
侍女に対して何故か敬語になっている主のウルド。
「……ヴェルダンディ様は子どもですか!?」
「あぅ……」
「まったくヴェルダンディ様は……」
ウルドはすっかり背を丸め、力なく答えるのが精一杯であったが、ナンナが更に追い打ちをかけたことで、主は更に小さくなっている。――女性としては大柄なヴェルダンディが、幼女の如き小柄なナンナに見下される程に。
そこへ、もう一人の従者であるバルドルが、「ちょっと待てナンナ」と口を挟んできた。
「何ですかバルドルさん?! こんな子どもみたいなことを言うヴェルダンディ様には、しっかり言って聞かせないと――」
「いやいや、だから落ち着けって」
すっかりヒートアップしたナンナを、バルドルが冷静に
「いいかい、ナンナ。ヴェルダンディ様のやろうとしていることは、実に子供っぽい」
――グサリ
ナンナに語りかけるバルドルの言葉は、ウルドの心に深い傷を与えた。
「それでも、話し合いもしてくれない旦那様に対し、ヴェルダンディ様なりになんとかしようと考え得た結果なんだ。私はその気持ちを尊重すべきだと思う」
「それは、ヴェルダンディ様が”何をするか?”ではなく、ヴェルダンディ様が考えて行動を起こそうとする、その”気持ち”を大事にしろということですか?」
「そういうことだ」
「…………」
(何だろう、小さな子どもが初めて自我を持って行動するのを、大人が生暖かい目で見守る、そんな会話に思えるのだけれど……)
二人の会話を聞いていたウルドは、内心ではショックを受けていたが、頑張って愛想笑いを浮かべている。
「それにヴェルダンディ様がやろうとしていることは、如何にも子どもが考えそうなことだが、実際に効果はあると思う」
「確かに子どもっぽい発想ですね。ですが、ヴェルダンディ様が身につけている装飾品は、事実どれも高価な物ばかりですからね。ある意味、奪われた資金を回収することにはなると思いますけど」
「…………」
(あれ? ナンナは賢くないはずなのに、しっかり理解しているように思えるわ。なんだろう、ナンナって今までは馬鹿なフリをしていたのかしら?)
二人は自分をバカにしているのではないか、と感じつつ、そこはスルーしようと思っていたウルドだが、どうでも良いことに意識を奪われていた。
「うん、幼稚な作戦だと思うが、私的には有りだと思うよ」
「そうですね、稚拙ですけど、良いと思います」
「…………」
(確実に、二人からあたしはバカだと思われているわ)
やはりスルーできなかったウルドは――
「二人とも、あたしのことをバカだと思っているでしょ!」
「わたしはそんなこと思っていませんよ? ただ、見た目が女神様の割に、少々お子ちゃまかな……って思っているだけですよ」
「ヴェルダンディ様は些か短絡的な考えをなさいますが、素直な方ですので、分かり易くてよろしいかと」
「……もう、いいわよ」
――しっかり返り討ちにあってしまった。
真剣な話と言いながら、なんとも言いようのない遣り取りになってしまったが、ウルドの意見は従者にもしっかり伝わり、『子どもみたいな意趣返し』は、実際に行われることとが決定する。
従者二人は、なんのかんの言いつつも、しっかり主の意見を尊重しているのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「金剛石って、ここまで高価だと思わなかったわ」
「こんごうせき? ……あぁ、ダイヤモンドですね」
装飾品の売却を行い、その売却額の内訳を見たウルドは、
なぜなら、魔術師時代のウルドにとって、金剛石は魔術媒介素材として認識しており、『ちょっと珍しい素材』くらいにしか思っていなかったのだ。
そのため、装飾品としてここまで価値があるなど、予想だにしていなかったのである。
「金剛石……ダイヤモンドって、やっぱり珍しいの?」
「わたしはあまり詳しくありませんが……、宝石としては一番価値のある物という認識ですね」
ウルドの質問にナンナは小首を傾げ、右手の人差し指を顎に当て、可愛らしく答える。
(あー、ナンナ可愛いよナンナ)
小柄なナンナがあまりにも可愛らし過ぎ、ウルドは思わず彼女に抱きつきベッドに押し倒していると、所用で出ていたバルドルが戻ってきた。
見慣れた光景であるため、バルドルはスルーして自分の執務席に腰を落ち着けると、「資料に目を通しましたか?」と無感情な表情のままウルドに問う。
「あ、バルドルおかえり。資料は見たわよ。ダイヤモンドの値段にびっくりしたわ」
「ヴェルダンディ様がお売りになった物は、サイズも然ることながら、デザインやカット数が最上級の物ばかりでしたので、当然のお値段かと」
未だにナンナを揉みくちゃにしたまま、ウルドがしれっと言うと、バルドルも何事もないかのように返答していた。
「デザインやカット数も値段に関係があるの?」
「ヴェルダンディ様ぁ~、そろそろ離してくださいよぉ~」
「ナンナ煩い。――今は真面目な話しをしているのよ」
「……す、すみません」
主になされるがままだったナンナが抗議の声を上げると、「煩い!」と一喝され、小柄な侍女はシュンとしてしまう。――なんとも理不尽な話であった。
そんな二人を他所に、バルドルは飄々と主の問に答えた。
宝石はダイヤモンドに限らず、如何に美しく見えるかが重要である。
光の反射の仕方など、計算された美しさは特に評価が高い。
台座や爪なども勿論評価対象だ。……などなど。
「――といったことから、優れたデザインを設計できる者や、それを形にできる者は、実をいうとダイヤモンドそのものより希少なのです」
「あらそうなの?」
「はい」
バルドルの話しを聞いたウルドは、やっとナンナを開放する。そして、ゼーハーゼーハー言っているナンナを置き去りにしてベッドを降りたウルドは、自分の執務席に着くとおもむろに紙とペンを取り出し、一心不乱に何かを書き始めたのだ。
「ヴェルダンディ様?」
「――――」
問いかけに一切反応しないウルドを見て、バルドルは主の手が止まるのを待った。
顔を赤らめた侍女のナンナはベッドから降り、さっと己のお仕着せを整え、何事もなかったようにそっと佇む。
静寂の中、ウルドの手元でカリカリと小さな音だけが響いていたが、暫くしてその音も止んだ。
すると、やや不満とでも言いた気な表情のウルドが、従者二人に手招きする。
「デザインって、こんな感じかしら? 久しぶりに書いたから、少々雑になってしまったわ」
手元の紙をウルドが右手でピラピラさて見せ、二人に問うた。
「すごぉ~い。ヴェルダンディ様、この絵すごく綺麗です!」
「素晴らしい! ヴェルダンディ様、何故このようなデザインを?」
不満たらたらなウルドに対し、ナンナとバルドルは興奮気味だ
「綺麗かどうかあたしには分からないわ。でも、金剛石を魔術媒介にする際、如何に効率良く魔力を増幅できるか、あたしはそれを研究していたのよ。だから、こういった図は良く書いていたのよね」
これくらい朝飯前とばかりに、もう一枚書き始めたウルド。今度はあっという間に書ききり、それを二人に見せた。
「理論上はかなり効率が良いのが分かっても、加工するのがなかなか大変でね、これくらいが妥協点だったの」
二枚目の絵を見たバルドルは、一枚目は確かに素晴らしかったが、それを加工するのは不可能だと思えるほど複雑であったことに気付いたようだ。
だが、二枚目は一枚目に
「まぁ、これがデザインというのであれば、あたしなら簡単に書けるわよ」
この様な素晴らしいデザインを、然も当然のように『簡単に書ける』と言い切ってしまう主の才能に、バルドルは歓喜に打ち震えるようだが、ナンナは小難しいことなど一切考えていないようで、「凄いですヴェルダンディ様」と、興奮気味にキャッキャキャッキャっと騒いでいる。
そんな二人を一瞥したウルドは、視線で二人を黙らせ空気を落ち着かせた。
「それでね――」
落ち着いたのを見計らったウルドは口角を上げ、”ニヤリ”という擬音が聞こえそうな表情を見せ、言いかけた言葉を止める。
ナンナとバルドルは知っていた。主がこの表情をするときは、碌でもないことを考えているのだと……。
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