第二十八話 お花畑おつ

「さて、今日はラーンに何のお話をしようかしら」

「ヴェルダンディ様、ブルドガング公爵令嬢との遣り取りも大切ですが、もう少し他にも気を回していただけませんでしょうか」


 今日も今日とてラーンとのお茶会を楽しみにしているウルドに、バルドルが疲れ切った顔で懇願していた。


「何度も言ったでしょ? お父様があたしと会ってくれないのだから、装飾品クレクレ戦法でしか戦えないの。それであれば、ラーンから第三王子派を味方に引き込み、あちらとの顔を繋ぐ方がよほど有意義だと」

「ですが、ノルン領の食料事情が……」

「それこそ、第三王子派の貴族と取り引きをする方が、王都で必要以上の予算を使ってちまちま買い漁るより良いでしょ」

「確かにそうですが……」


 王都のバルドル、ノエル子爵領のナルヴィー。この二人を中心に、ウルドの私財をも使って子爵領の管理が行われているのだが、現状は資産の枯渇という危機に貧していない・・・

 しかし領民のための食料問題は、悠長にしていられない状況にまで切迫している。

 そのため、子爵領のナルヴィーからせっつかれているバルドルは、些か気の長い策を講じているウルドに、もう少し危機感を持ってもらいたと思っているようだ。


「大丈夫よバルドル。ほら、お父様に次ぐ王国第二の穀倉地帯を持つ侯爵に、東の食料庫と呼ばれる伯爵、あの辺りと渡りを付けたから、近い内に何とかなるわよ」

「それは伺っておりますが、そのように呑気で本当に大丈夫ですか?」

「もぉー、大丈夫と言っているでしょ!」

「……分かりました」


(あたしって、そんなに信用ないのかしら?)


 従者からの信頼を得られていないことに肩を落とすウルドであったが、バルドルの立場も分かっているつもりでいるため、これ以上グチグチ言わないよう、自らお口にチャックをした。



「ヴェルダンディ様、ブルドガング公爵令嬢がお見えになりました」

「そう」


 本日のお茶会はウルドがセッティングをし、初めてイスブルグ侯爵家に客を招く形となっている。

 そんな記念すべき本日は、とても気候が良いこともあり、ウルドは庭でのお茶会を選択した。


 主催者・・・として、今までに招かれたお茶会を思い出しながら、ウルドは懸命にラーンをもてなした。とはいっても、ラーンとのお茶会は、ウルドがぺちゃくちゃ話すのが定番となっているため、自分がもてなす側であっても二人の空間はいつもどおりだ。


「――なのよ」

「本当にヴェルダンディお姉様のお話は、いつ聞いても面白いですわ」


 話しが盛り上がり一息ついたところで、ナンナがそそっとウルドに近寄り、そっと耳打ちする。


「フリーンお嬢様がいらっしゃっています」

「!!!」


 ウルドは驚いた。彼女の参加したお茶会には、途中参加など無かったからだ。

 しかも今回はウルドが主催している。当然、フリーンが参加する予定などない。


(何のつもりかしら?)


 フリーンの真意が分からず、ウルドが逡巡していると、何食わぬ顔でフリーンが近付いてくる。そして参加するのが当然のように、「ごきげんよう」と挨拶してきた。

 ラーンは少し驚いた様子を見せたが、わざわざ腰を上げ「ごきげんよう」と返す。

 しかしウルドは席に着いたまま、「あらフリーン、どうかしたの?」と、とぼけてみせる。


「お姉様、ラーン様をお招きでしたら、あたくしも呼んでくれても良かったのでは?」


 可愛らしい見た目のフリーンは、わざとらしく口を窄め、少し拗ねたようにウルドへ抗議した。


「わたくし、お客様を招くのが初めてだったのよ。そのお客様が公爵令嬢のラーンだったのだから、粗相はできないでしょ? そうなるといくら妹とはいえ、他の者を招く余裕がなかったの。ごめんなさいね」


 出した言葉とは裏腹に、謝る気など更々無かったウルドだが、少しだけ申し訳なさそうに振る舞う。


「お姉様はお友達が少ないですものね。仕方がないですわ。――それより、あたくしも座ってよろしいですか?」


(この子、人の話しを聞いていたの? それに、友達が少ないって嫌味なのかしら? ホント面倒くさいわ)


「ヴェルダンディお姉様、わたしのことはそこまでお気にされずとも結構ですわ。それより、久しぶりにフリーン様とお会いしたのですから、ゆっくりお話しがしたく存じます。駄目……でしょうか?」


(ラーンにそんないい方されてしまったら、断れないじゃないの)


「ラーンがそれで良いのなら、わたくしは構わないわよ。――ナンナ、フリーンの席を用意してあげて」


(ぬぁ~ん、面倒くさい面倒くさい面倒くさい! フリーンがいたら、ボンクラ王子の話しができないじゃない! ……あれ? ラーンは、ボンクラ王子とフリーンが恋仲なのは、あたしから聞いて知ってるのよね? ――! 拙いわ! ラーンが余計なことを話してしまったら……)


 あまり芳しくない状況に気付いたウルドは、焦りの表情を浮かべてラーンに顔を向けた。

 今は背を向けているフリーンだが、ウルドとラーンの距離でひそひそ話をしても、聞こえてしまう距離にいる。『どうしよう』と悩むウルドだが、ラーンには何か考えがあるのだろうか、ニコリと微笑むとウルドを見つめて頷いた。


(ラーンが何を考えているのか分からないけれど、状況は察してくれているようね)


 落ち着きを取り戻したウルドは、特上の微笑みをラーンに返す。するとラーンは、もう一度頷いたのだ。


(よし、大丈夫! ラーンはしっかり分かってくれているわ)


 ウルドとラーンがアイコンタクトを交わし終わると、程よくフリーンが席に着いた。

 そこからは、フリーンの自慢話を中心に会話が進み、途中途中の遣り取りから、ラーンはヴェルダンディとは会っていなかったが、フリーンとは少しだけ顔を合わせていることが判明。とはいえ、こうして仲良くお茶気をするような関係ではなく、何処かの催しで顔を合わせる程度の仲のようだ。


 いつもであれば、ラーンに対して喋りどおしのウルドだが、今はフリーンがマシンガントークを繰り広げているので、呑気にお茶を啜りながら聞き役に徹している。

 すると――


「フリーン様は、恋人がいたりするのですか?」


 と、ラーンが一番触れてはならない繊細な話題に触れたのだ。


(ちょっと、急に何を言い出すのよラーン! ――ハッ! もしかして、この子は何も分かっていないのでは? えっ、ひょっとすると、この子もポンコツなの?)


 ラーンの予期せぬ言葉に、慌てそうになるのをウルドが堪えていると、フリーンが少しニヤついたような笑みをウルドに向ける。

 ウルドは貼り付けた笑顔が引き攣りそうになるも、何とか冷静を装う。

 この状況を作ったラーンは悪びれた様子もなく、終始変わらぬ笑顔を湛えたままだ。


「わざわざ言って回るようなことはしておりませんが、当然いますわよ」

「さすがフリーン様ですね」


(ぐぁー、フリーンの顔がムカつくわ! それに、何がさすがなのよラーン!)


「お相手は、やはり高貴な御方なのでしょうか?」


 ラーンは興味津々な様子でフリーンに尋ねた。するとフリーンは、然も当然といった顔で、「ええ」などと答えている。それ聞いてラーンは、爛々と目を輝かせ、あからさまにワクワした雰囲気を醸し出した。


「フリーン様、差し支えなければ、詳しいお話しをお聞かせ願えませんか?」

「あたくしは構わないのですが……」


 わざとらしく、フリーンがウルドをチラリと見る。その仕草にイラッとくるウルドだが、そんな心情はおくびにも出さず、聖母の笑みを見せ付けた。


「私のことは気にしないでいいわよ。お客様であるラーンが満足するのであれば、わたくしもまた満足ですもの」


(ラーンの意図が分からないけれど……考えるだけ無駄ね。もう好きにさせておくわ)


「あら、そうですか」


 ウルドの言葉に、『ニヤリ』という擬音が聞こえてきそうな、底意地の悪い笑みを浮かべたフリーンが、ここぞとばかりに語りだした。


 曰く、自分は第二王子にとても大切にしてもらっている。

 曰く、どこどこへ連れて行ってもらった。

 曰く、何々をプレゼントされた。

 曰く、自分と第二王子は相思相愛だ。

 曰く、親の決めた婚約などというくだらないしがらみに縛られる必要はない。


 などなど、要約するとこのようなことを臆面もなく言っていた。

 ウルドは『ハイハイ、お花畑おつ』と思いながら適当に聞き流していたが、ラーンは終始楽し気に「それでそれで」などと合いの手を入れるものだから、気を良くしたフリーンは更にしゃべくりまくる。まさに独演会であった。


「少し喋り過ぎてしまいましたわ。申し訳ございませんが、あたくし先に失礼させていただきますわね」


 言いたいことは言い終えたのだろう、フリーンは何一つ悪びれることなく退席していく。ウルドもラーンも彼女を引き止めることはしなかった。

 フリーンの姿が見えなくなると、ウルドを見据えたラーンが、突然頭を下げたではないか。

 あまりにも突然のことに、ウルドは戸惑ってしまった。


「急にどうしたのラーン?」

「わたしの所為で、第二王子殿下の婚約者であるヴェルダンディお姉様に、嫌な思いさせてしまいました。本当に申し訳ございませんでした」

「そんなこと無いわよ。あの二人は本当に・・・お似合いですもの。わたくしの入り込む余地などないわ(入りたくもないけれど)。だから、ラーンが謝る必要などないのよ」

「そう仰っていただき、心が救われます」


 随分と大袈裟なラーンの言葉であったが、本当にホッとした表情をしている。


「でもどうして、あの様な会話をしたの?」

「ヴェルダンディお姉様のお話を疑っていたわけではなかったのですが、本人の口から聞いてみたかったのです」

「そう。それで、ラーンは満足できた?」

「はい。婚約をしている王族に横恋慕していると、ハッキリ本人から聞けたのですから。――これで、言質というのですか? それが取れましたし」


 まだ十二歳と幼いラーンだが、年齢に似合わない悪い笑みを浮かべた。


(この子、ポンコツどころか、もしかして相当賢いのでは? いや、最近何度も話しをして賢いのは感じられたけれど……。それに、言質が取れたとか言ってるってことは、それを利用する何かを考えている可能性もあるわね。――うん、やっぱり王妃にはラーンがなるべきね)


 自分が国母になりたくないため、第三王子を王太子にさせ、その婚約者のラーンが国母になれば……と考えていたウルドだが、ラーンに対する申し訳無さを感じていなかったわけではない。

 しかし本日の遣り取りで、ラーンこそ国母に相応しいと感じたウルドは、すっかり申し訳無さが消え去っていた。


 ちなみに、人を見る目に自信のあるウルドだが、それなりに他人と接しつつも、基本的に一人で研究をしていたボッチなのだ。彼女の観察眼は、実際のところ大して優れていない。

 更にいうと、戦時下の状況判断などには優れているが、平時は都合の良い方へ思考が寄るちょっとした楽天家であり、フリーンを『お花畑』と称していたが、実は自身が『お花畑』である可能性に気付いていないのであった。

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