第十二話 信者の儀(なんだソレ)

「し、失礼しやす。監査官の家まで使いをやったのですが、監査官は不在との連絡がありやして……」


 大きな体を縮こまらせた鉱山の現場監督であるゴッツィー。彼は入室するや否や、申し訳なさそうに報告をしてきた。


「監査官の家の中まで確認したの?」

「へい。返事がなかったので、お嬢さんの言われたとおり強引に中に入って調べてみたらしいんですが、何処にもいなかったそうで……。すいやせん」

「ゴッツィーが謝ることではないわ。報告してくれてありがとう」


 どうやら、不正をしていたと思わしき監査官が逃げてしまったようだ。


「ヴェルダンディ様、日々掘り出される鉱物の量を、監査官一人で確認することは不可能かと思います。監査官を補佐していた者が数人はいるのでは?」

「ええ、当然その者たちには確認しているわ。どうやら、補佐官から上がってきた数字を、最終的には監査官が一人で帳簿に記入していたようなの。写しも残っていないし、補佐官は現物を監査官に渡していてその資料もないの。――この方法は、三年近く前かららしいわ」


 徐々に減っていたノルン子爵領の税収は、二年前から大幅に減っていた。このままでは今年の税収もあまり見込めないだろう。

 そして、三年前から変わった帳簿の記入方法。これが税収減と無関係なはずはないとウルドは考えている。


「仮に帳簿へ細工をしていようとも、鉱物は変わらず採掘されているとすると、帳簿に記されていない鉱物はどうなったのでしょうか」

「出荷に関しては、以前と変わらず行われているわ。そうよねゴッツィー」

「へい。鉄を積んだ荷馬車は、以前と同じスケジュールで可動しておりやす」


 それらから導き出されるのは、出荷先で帳簿に載せない荷の売買をしている……という可能性だ。


 面倒なことになったわ、と内心で頭を抱えるウルドは、不正を想定していたにも拘らず、後手に回ってしまったことを後悔する。だが、見逃すことはできない。

 頭を抱えながらも、ウルドは今後の方針を決めなければならないのであった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「監査官の遺体が発見されたとナンナに聞いたのだけれど、どうなっているの?」

「お言葉のとおりです」


 鉱山事務所の帳簿を付けていた監査官の行方がわからないと判明した二日後、鉱山町の少し先で、監査官の遺体が発見されたらしい。

 寝起きのウルドはナンナからそう知らせを受け、出掛けていたバルドルが戻ると、即座に彼へと詰め寄った。


「詳しい報告をなさい!」


 侯爵令嬢らしくあろうと、少々きつい言い回しを心掛けているウルドだが、その声音には優しさが多分に含まれている。しかし、今のウルドの声には珍しく苛立ちが先立っており、彼女らしからぬヒステリックなものであった。


「監査官が町外れの崖下で転落死しているのが発見されました。現在、壊れた馬車に積んであった帳簿などを確認しております」

「同時期に仕事を休み始めた荷馬車の御者は?」

「監査官と一緒に転落死したようです」


 バルドルの報告を聞いたウルドは、危うく舌打ちしそうになるも、どうにか堪える。

 不正の実行犯が亡くなったことで、横領に加担していた者の情報が聞き出せなくなってしまったのだ、忌々しく思うのも仕方ないことだろう。

 それでも残った帳簿から、犯行が監査官の単独犯であったと判明できればまだ良い。もし他の者が関与していた場合を考えると、証人である彼らを生きて捉えられなかったのが悔やまれた。


「それと、監査官の家に入った者から、監査官には不釣り合いな調度品がいくつもあったと報告されています」

「横領した資金で、調度品の蒐集をしていたのかしら」

「その可能性が高いかと」


 監査官の家を確認したいウルドだが、自分がのこのこ行くのは如何なものかと思案する。だからといって、それもバルドルに頼むのも気が引けてしまう。


「催促するようで悪いのだけれど、信頼できる者は増えたの? 今のままだと、どうしても人手が足りないし、何よりバルドルの負担が大き過ぎるわ」


 現状のバルドルは、ウルドからの秘匿任務を一手に引き受けており、従者を信者化させるための説法をし、資料の確認なども行なっている。

 同じようにウルドの秘密を知っているナンナは、侍女としては優秀なのだが、如何せんオツムの出来が良くないため、バルドルの仕事を請け負わせることができないのだ。……色々と残念である。


「侍女に一人面白い者がおります」

「でも、ナンナみたいな感じだと、バルドルの負担は減らないわよ」

「ナンナのようなポンコツではございません。私が行っている直接の仕事は減りませんが、その者は諜報活動に向いているため、そのような仕事であれば任せられます」


(諜報員か。それなら早速仕事があるわね)


「それと、最後の仕上げをヴェルダンディ様にお任せすることになりますが、家宰の息子が有能です」

「えっと~、ナルヴィーだったかしら?」

「はい。祖父が先代、父が今代の家宰だけあり、教育はしっかり受けております。まだ若いですが、期待してよろしいかと」

「そう。で、仕上げをあたしがするって、どうやるの?」


 信者にするための仕上げなど、ウルドには皆目見当もつかない。


「ヴェルダンディ様が手を取り、にっこり微笑んで『期待してるわ』とでも言えば、彼はイチコロです」

「……そんなのでいいの?」


 ウルドは胡乱げな視線をバルドルに向ける。


「私としては、彼は既に信者だと思っているのですが、まだ完全とは言い切れません。ヴェルダンディ様に触れられ、声をかけられればそれで完落ちです」

「……そう。でも、そんなことを必要はあるのかしら?」

「今回の件では、場合によっては家宰のナリを更迭する可能性もあり、その際にナルヴィーがヴェルダンディ様に不満を持つことも考えられます。なので、仕上げとも言うべき、”信者の儀”が必要となるのです」


(信者の義ってなんなのよ?! でも、それをしないといけないのでしょうね……)


「……分かったわ」


 信者の義はさて置き、バルドルの言い分はウルドも理解している。

 今回の横領によって、ノルン子爵家の税収は明らかに減っている。領の資産は家宰が管理しているのだから、横領に対して何も手を打っていなかったのは、明らかに家宰であるナリの落ち度だ。そうであれば、ナリに何らかの処罰が必要だろう。

 そして、ナリに罰を与えた場合、息子であるナルヴィーが反発する可能性は、無きにしもあらずだ。

 それを踏まえてバルドルは提案しているのだろうが、ウルドとしては、『なんだかなぁ~』といった心境であった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ナルヴィー、貴方はとても優秀だと聞いているわ。そんな貴方に、わたくしは非常に期待しているのよ」

「あ、ありがたき幸せ。私ナルヴィーは、何があろうとも一生涯ヴェルダンディ様に忠誠を尽くすことを誓います」


 善は急げとばかりに、ナルヴィーを執務室に連れてきてもらい、早速”信者の儀”(なんだソレ)を執り行った。

 敬愛するヴェルダンディに手を取られ、「期待してる」と言われてしまえば、グッとくるものがあるだろう。ウルドに跪いている若干二十歳の青年ナルヴィーは、男性にしては小柄な体を更に小さくし、震えてしまうくらい感動しているようだ。


「クノッチ、貴女にも期待しているわ。よろしく頼むわね」

「光栄にございます。このクノッチ、ヴェルダンディ様のためであれば、命を賭して必ずや任務を遂行いたします。何なりとお申し付けください」


 ナルヴィーと一緒に連れてこられた、これまた二十歳だというクノッチは、スレンダーで少しキツめな顔付きの美人なのだが、何処となく影が薄い。諜報活動に向いているというのは、この特徴ゆえであろう。


「二人とも、今後わたくしに関する情報は、ほんの些細なことであっても、肉親も含め誰にも他言することは許しません。覚悟はできているかしら?」

「「勿論でございます」」

「では、早速任務を与えます」

「「はっ」」


 緊張の面持ちでウルドからの命を待つ二人だが、どちらも瞳をキラキラさせ、任務が与えられることを誇らしく思っているように見える。


(あー、これは確かに二人とも信者ね……)


「クノッチはシアルフィ男爵領へ行き、監査官の不正取引相手を探し出して。取引相手が見つかるか、男爵領内に取引相手がいないと分かった時点で戻ってきなさい」

「かしこまりました」

「ナルヴィーはあたくしの側に付き、書類仕事を中心にしてもらうわ」

「あ、ありがたき幸せ!」


 クノッチは焦げ茶色のポニーテールを揺らしながら勇ましく退室し、ナルヴィーはウルドの指示に従い、用意されていた執務用の席に着くと書類に目を通し始めた。


「バルドル、鉱夫を労う会はいつだったかしら?」

「明日でございます」

「そっち関連は後回しになってしまったけれど、しっかり心を掴んでおかないとね」

「そのとおりです。――ではヴェルダンディ様、私は監査官の家の確認に行ってまいります」

「よろしくね」


 バルドルがいなくても、内密な書類仕事ができる者が増えたのは、ウルドに取っては僥倖であり、バルドルの負担が多少でも減ったことで、ウルドの心の重石も少しではあるが減ったのだ。


(そういえば、スルーズに悪いことしてしまったわね。後で穴埋めをしてあげないと)


 ノルン子爵領の鉄は、隣接領のシアルフィ男爵領に大半を卸し、残りを王都へ運んでいる。

 そのことから、鉄の不正売却がシアルフィ領で行われていると読んだウルドは、男爵家令嬢であるスルーズに頼み、調査をしてもらうことにした。

 ウルドは、妹分であり、もはや信者ともいえるスルーズを信頼しているが、その父である男爵までも完全に信頼しているわけではない。もしかしたら、男爵自身が不正に加担している可能性もあるが、そうでないことを期待し、ある種の願望を込めてスルーズに頼んでいたのだ。

 もし、シアルフィ男爵が協力的なのであれば、『氷の魔女』を悪く見ている大人の貴族も懐柔できる、そう思いたいだけなのかもしれないが……。


 ちなみに、シアルフィ男爵領の調査に関しては、スルーズに丸投げするのも気が引けたため、新戦力であるクノッチも男爵領に派遣したのだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「わたくしは先に下がるけれど、皆は宴を楽しむように。これは命令です。とはいえ、明日の作業に支障が出ない程度にね」


 予定通り、鉱夫を”女神ヴェルダンディ”が労う会が開かれ、バルドルに、「すっかり虜にしました」と言われる成果をあげたので、ウルドは一足先に会場を後にする。


 本来の予定は、銀の鉱脈の探索に出たバルドルの認める者だけを相手にするはずであった。しかし、監査官の失踪から死亡のコンボで、鉱夫たちに動揺が広がっていたため、できる限りの鉱夫を受け入れた催しとしたのだ。

 この判断は正解だったようで、ウルドを”女神ヴェルダンディ”と讃える者が多く現れた。ウルド的には、大行列ができる握手会を行なった甲斐があったと言えよう。



「ぬぅぁー、疲れたよぉ~」

「ヴェルダンディ様、ドレスのまますぐにベッドに飛び込む癖を、そろそろ直してくださいませんか」

「疲れたのだから仕方ないでしょー」

「子どもみたいなことを言わないでください!」

「はぅ……」


 自室に戻ったウルドは、ナンナといつもどおりのやり取りを済ませ、この日は何の作業もせず、すぐに休んでしまった。

 信者たち・・・・の相手は、思いの外大変だったようだ。

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