第十三話 交渉

 宴の翌日、バルドルの選んだ者で編成した特別探索隊が、ウルドから知らされた地へ調査に向かっている。

 新たにウルドの側近になった家宰の息子ナルヴィーは、昨日バルドルが調べた監査官の家の調度品を押収するため、数人の従者を連れて誇らし気に出ていった。

 特別なことができないナンナは、市井に溶け込み、ヴェルダンディの良い噂をそれとなく流しに。

 そして、配下に仕事を任せたウルドは惰眠を貪る……などということはなく、鉱山町鍛冶師組合の組合長と会談していた。


「――ということで、これからは農具の生産量を増やすように」

「鉱山町だというのに、今まではあっしらに回ってくる鉄が少なかっただけの話。もっと鉄を回してくれるんなら生産量は全然増やせますんで、ご領主様こそよろしく頼んますよ」

「問題ないわ。任せなさい」


 鉄を産出するノルン子爵領だというのに、領内の農村で鉄製の農具があまり出回っていなかったのは、掘り出した鉄を領外に販売し過ぎていた所為だ。

 しかしウルドは、鉄を領外に売って得られる収入を減らしてでも、領内の農民が作業し易い環境を整えたいと思っている。それこそ、横流しされていた分も領内で流通させ、領外に鉄を出さないでも良いくらいに考えているのだ。

 なぜなら、これからは銀が採掘される。今後は銀を領外へ出し、外資は鉄ではなく銀で得られるのだから。


「ナルヴィー、新しい監査官たちと話し合って、鉄の出荷量について調整して頂戴。――そういえば、そのような仕事もできるのかしら?」

「家宰の仕事は差配です。役目に適した者を適所に配置するのは自信があります。敬愛するヴェルダンディ様がご満足頂ける結果を、是非とも出してみせましょう」


(それもそうね。何もナルヴィーが直接調整しなくても、調整に適した人材を充てがえば良いのだものね。……それにしても、『敬愛する』とか一々言葉が重いのよね。ナンナ程ではなくていいから、もう少しフランクに接してほしいものだわ)


 家宰としての教育を受けてきたナルヴィー。彼の書類を捌く能力が高いことは、ウルドの側に付けてすぐに確認している。その仕事っぷりを見るに、差配についても心配ないと判断したウルドであったが、自分への接し方には不満が残った。


 街に繰り出していたナンナが戻ると、ウルドは自身の評判がどうなのかを聞き出すことに。


「ナンナぁ~、市井でのあたしの噂に変化はある感じ?」

「元々ヴェルダンディ様の悪評は、明確な悪意を持って広まったのではなく、あくまで『氷の魔女と呼ばれる女性がいる』というだけの噂でしたからね。まだ昨日の今日ですが、鉱夫の家族などが夫から聞いたのでしょう、『氷の魔女は女神様だった』みたいな噂が既に出始めていますよ。わたしはそれに便乗し、殊更大袈裟に反応して、ヴェルダンディ様がいかに素晴らしいかを広めてきました」


 明るい栗色のおさげを揺らしながら話すナンナは、本当に楽しそうである。


(女神様扱いは便利だし、もう好きにさせておきましょう)


 ナンナに反論しようと思ったウルドだが、面倒になったので容認することにした。

 こうして、鉱山町での地盤が徐々に固まりつつあるのを感じたウルドは、今後の発展について考え始める。

 魔術があれば簡単に事が運ぶのに、と無い物強請りしてしまうウルドであった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ぬぅぁ~ん、疲れたぁ~」

「ヴェルダンディ様!」

「わ、分かってるわよ。まずは着替えでしょ」

「ベッドに倒れ込む前にお気付きになってください」


 久しぶりにノルン子爵領へ戻り、領都の領主館に着いたウルドは家臣と軽いやり取りをした後、当然のようにベッドへダイブし、当然前のようにナンナに叱られた。


 鉱山町の方は、今まで扱っていた鉄と同時に銀の発掘や選鉱を行なうための人員を増やす都合上、作業員の宿泊施設の建設を命じてある。

 元監査官絡みの横領の件は解決していないが、命令で動いていた形跡が無かったため、元監査官の単独犯であったと一応の結論を出した。

 そうなると、いつまでも鉱山町にいても仕方ないと判断し、ウルド一行は領都へと戻ることになったのだ。


「しかしあれね、鉱山町で皆があたしに良い感じに接してくれていたから、領都の家臣の余所余所しさが良く分かってしまったわ」

「それはあれですよ、『氷の魔女』を恐れているのではなく、気不味いことがあってオドオドしているんですよ」

「ナンナが言っているのは、家宰であるナリのことでしょ? 他の家臣も同じ様な感じよ」

「でしたら、ニコニコしていれば、勝手に好感度が上がりますよ」


 ナンナはとてもお気楽であった。


 それはさておき、ナリの処遇に関してはまだ決めていない。ウルド自身がノルン子爵領にいる家臣の能力を把握していないため、簡単にナリを家宰から外せないという事情がある。

 信頼できる側近も然ることながら、ウルドが領を離れていても内政を任せられる家臣も必要なのだ。


 そこでウルドは考えた。

 敢えて領地を出て、その間にノルン子爵領内の問題点、及びに改善点を、家宰ナリを含また家臣に提案してもらう。

 そしてウルドの行き先は、妹分であるスルーズの実家であるシアルフィ男爵領。

 今後ノルン領で産出される銀の取引相手に、シアルフィ男爵を考えている。

 嫌われ者の『氷の魔女』と取引をしたがる貴族は少ないだろうが、男爵は他の貴族よりは多少友好的だ。

 ノルン子爵領の発展を考えると、鉄に変わる銀の取引は重要事項なだけに、なんとかしたいと思っているウルドは、自ら交渉の席に着こうと考えている。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ようこそおいでくださいましたヴェルダンディ様」

「急に押し掛けてきてしまって、ごめんなさいねスルーズ」


 フットワークの軽いウルドは、早々にシアルフィ男爵領へ赴いていた。

 応接室に通されたウルドは、失礼にならない程度に室内を見る。


(調度品は、装飾品より武器や防具などの無骨な物が多いわね。ノルン領からの鉄を使って、そういった分野で発展しているのかしら?)


「ヴェルダンディ様に頼まれていた調査ですが、少々難航しているようで、ご報告できることがなく申し訳ございません」

「いいのよスルーズ。むしろ、男爵領では何もなかった可能性もあるのに、わざわざ調査をさせてしまったのはわたくしよ。協力してもらえているだけでも有り難いわ」


 男爵領で不正売買がされていたとウルドは読んでいるが、あくまで可能性の話であり、実際は関係がないかもしれない。

 諜報員として期待している侍女のクノッチからも連絡がない現状、男爵領では取引がなかった可能性が高まっているくらいだ。


「あっ、お父様は出掛けているので、夕刻になるまではわたしがお相手しますね」

「男爵もお忙しいでしょうに、わたくしのことは後回しでもかまわなかったのよ」

「そういう訳にはいきません! ヴェルダンディ様は何よりも優先されるべきなのです! それなのにお父様ったら――」

「落ち着いてスルーズ……」


(信者って以外と扱いが難しいわね)


 今日は珍しく赤茶の髪をツインテールにしているスルーズ。そんな彼女の興奮を宥めつつ、男爵が戻るまでウルドはまったりした時間を過ごした。



「お待たせしてしまい申し訳ない、イスベルグ侯爵令嬢」

「いいえ、いきなり押し掛けたわたくしが悪いのですから、お気になさらず。それから、私のことはヴェルダンディとお呼びくださいな」


 陽が沈みかけた頃、ウルドはシアルフィ男爵と対面した。

 娘のスルーズと同じ赤茶色の髪をピシッと撫で付けた男爵は、やや緊張した面持ちでウルドの向かいに腰掛けている。

 対するウルドは柔らかい雰囲気を醸し出し、妖艶と思われないような笑顔を意識的に湛えていた。


「早速ですが、不正取引については申し訳ないがまだ――」

「その件でしたら、確信もないのにスルーズに頼んでしまったのですから、謝罪は必要ございませんわ。むしろお手を煩わせてしまい、こちらこそ申し訳なく思っておりますの」


 男爵に負い目を感じさせるのは良くないと判断したウルドは、謝罪をさせまいと男爵の言葉を遮り、逆に謝罪の言葉を口にした。


「その件はこちらでのんびり調べますわ。代わりと言うのもおかしいですが、今日は別のお話しをしましょう」

「別の話とは?」

「率直にお聞きしますわ。ノルン領からの鉄をシアルフィ男爵に卸さないとなると、男爵はお困りになります?」

「――――っ!」


 ウルドの問を聞いた男爵は緊張の面持ちから一転、驚愕の表情へと変わる。


「……スルーズが、ヴェルダンディ嬢に何か粗相を?」

「???」


 ウルドは困惑した。

 なぜ男爵が急にそんなことを聞いてきたのか、全く分からなかったからだ。

 そこで、自分が発した言葉を脳内で反芻してみると、あまりよろしくない質問の仕方だったと気付いた。


「そういった意味ではございませんの。――このお話しはまだ内密にしておして欲しいのですが、実は我が領地から銀が採掘されましたの」

「銀ですか?」

「はい。ですので、今後は鉄の出荷を減らし、代わりに銀を出荷しようと考えていますの」

「そういうことですか」


 慌てて弁明したウルドの言葉に、男爵はホッと安堵の息を吐いた。

 逆にウルドは、銀の話はする予定であったが、焦りのあまりいきなり最重要課題を持ち出してしまったことを後悔してしまう。しかし、言ってしまったのだから悔やんでも仕方ない、とあっさり開き直る。


「それで、鉄が銀に代わるのは男爵としてはどうですの?」

「鉄は武具や生活用品に、銀は装飾品になるので、加工の工程が違います。中には細かい装飾が得意な職人もおりますが、多くの職人が困るかと」


(そうですよねー、知ってましたぁ~。となると――)


「ノルン領は自領で鉄の流通が少なかったため、今後は鉄製品の増産を考えておりますの。そこで、男爵領の鉄製品を作っていた職人を、ノルン領で引き受けるというのは如何でしょう」


 男爵は渋い表情になってしまう。だが、その反応はウルドも想定済みだ。

 ここからはウルドのプレゼンとなる。


 民は領主にとって財産。それを踏まえて、職人は出稼ぎとしてきてもらい、何れは男爵領へ戻ってもらう。

 銀は鉄より単価が高く発掘量が少ないいので、少ない職人で利益が出せる。いや、大人数は要らないので、人権費の節約になるはずだ。

 場合によっては、先のある若い職人は男爵領内で銀細工を覚えさせ、旧来の鉄しか扱えない職人だけを引き取っても良い。

 男爵が望む望まないに拘らず、ノルン領は何れ鉄の出荷自体を取り止め、銀しか出荷しなくなるだろう。それを見越して、職人を育てておいた方が良いのでは?


 最後は脅しのようになってしまったが、資源を産出できる者の強みとして、これくらいの交渉は当たり前だ。むしろ、スルーズの顔を立てて優しい交渉をしている方だろう、とウルドは思っている。


(さて、男爵の答えは?)


 苦悶の表情を浮かべた男爵が、躊躇いがちに口を開いた―― 

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