第十一話 確信から確定

「おはようございます、ヴェルダンディ様」

「……おはようスルーズ。朝から随分と元気ね」

「ヴェルダンディ様と旅行ができるのです。嬉しくて仕方ありません!」


 視察に出発する朝、元気なスルーズとは対象的に、ウルドは疲れた顔をしている。

 魔術研究バカだったウルドは、睡眠時間を削って没研究に頭することが当たり前だったため、昨日の冊子と帳簿を照らし合わせる作業に没頭しても問題なかった。

 だがしかし、領主館の侍女に『主が夜更かししているがどうすれば良いのか?』と、寝ているところを叩き起こされたナンナが、半ギレで無理やりウルドを寝かせたことで、逆に眠気に気付いてしまった夜更かし主は、中途半端な睡眠の所為で今も眠そうにしているのだ。


「スルーズ、申し訳ないのだけれど、最初の目的地に着くまで少し仮眠してもいいかしら?」

「はい。景色を眺めながらのんびりしていますので、わたしのことは気にしないでください」

「ごめんなさいねスルーズ。――それから、ナンナも移動中はゆっくり休んでね」

「そうさせていただきます!」


 自分が放っておかれることに不満そうな様子を見せないスルーズ。昨夜の睡眠時間を削られて不機嫌なナンナ。

 そんな二人に対し、バツの悪さを感じながら瞼を閉じたウルドは、夜更かしは控えようと反省しつつ、あっという間に夢の世界へと飛び立ったのであった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 視察旅行の出発でやらかしてしまったウルドだったが、その後の旅は順調に進んでいる。

 農地に関しては、ここ十年は災害による不作はないと、どの村でも証言が取れた。

 それとは別に、ノルン領は鉄鉱山を有しているにも拘らず、農機具にあまり鉄が使われていなかったり、それ以外にも他領では鉄製品を使用している部分が、ノルン領では未だに木製品が使用されていることも判明。これに関しては、鉱山に着いてから調査する予定である。


 ヴェルダンディの評判についてだが、『氷の魔女』という呼称はあまり知られていなかったが、知っている者の間では悪評がそれなりに広まっていた。

 しかし、ノルン子爵の襲爵が済んでいないこともあり、自領の管理者がヴェルダンディであることもほぼ知られておらず、税収減がヴェルダンディの悪評とあまり関係ないように思われる。


「バルドル。あたしが地図を見て既視感があると言ったのを覚えてる?」

「はい。まだウルド様のお話しを聞く前でしたので、私は既視感があるのは当然だと答えました」

「それなのだけれど、ノルン領はあたしがウルドだった頃に治めていた土地と、ほぼ同じ地形なのよ」

「しかし、ウルド様として過ごしていた世界は、魔術という不可思議な力のある世界で、この世界と異なる世界だったはずでは?」


 本日の視察が終了し、日課となったホテルでの会議で、ウルドがここ数日間に感じていたことをバルドルに告げた。

 まだ絶対とは言えないが、ノルン領に入ってからウルドが気になっていたことで、視察の旅で移動する度に半信半疑だった思いが確信に近付き、ほぼ間違いないと思えたことから、鉱山に着く前に信頼できる従者に伝えたのだ。


 現在のノルン領の鉱山からは鉄しか産出されてない。しかし、ウルドの記憶が確かであれば、鉄の採掘場から少し離れた場所に銀の鉱脈があるはず。

 それを確認するため、バルドルに事前に伝え、鉱脈の確認をする手筈を整えてもらう必要があったのだ。


「仮に、この世界があたしのいた世界と同じだとしたら、あたしの死後、数百年なり数千年が経っていて、その間に何らかの理由で魔術がなくなった可能性があるわ」

「そのようなことがあるのでしょうか?」

「分からないわ。でもね、あたしの暮らしていた王国は、国としては小さかったのだけれど、魔術関係では他国を圧倒的していたの。その王国が滅ぼされたことで、魔術が衰退してしまった可能性は十分あるわ」

「あー、可能性としてはありますね」


 あくまで可能性の話だが、それでも鉄鉱山の場所に近付いたことで、地形的な部分でウルドはほぼ確信が持てている。これで銀の鉱脈まで発見できれば、ウルドの推理はおおよそ正解だと言えよう。


「ところで、バルドルの言っていた……従者の信仰心を高めるというのはどうなっているの?」

「今回同行している侍女は、立派な信者となった者ばかりです」


 前髪をファサっと掻き上げて、限りなく黒に近い青髪で普段は隠されている左目を露出させたバルドルは、いつもの無表情が嘘のように、得も言えぬ恍惚とした表情を浮かべていた。


(何だろう、ちょっと恐怖を感じてしまったわ)


「しかし、執事の方はヴェルダンディ様の外見的な面にしか目を向けておりません」

「あれ? バルドルはヴェルダンディの外見だけを神格化しているのではないの?」

「以前、お伝えしたではありませんか。確かに私は、ヴェルダンディ様の御姿に心酔しておりました。ですが、ヴェルダンディ様……いいえ、ウルド様がご自身の気持ちを押し殺してまでも民を思い遣るお優しい思いに、私は胸を打たれました、と」


(バルドルの真剣な瞳が本気過ぎて、本当に怖いわ)


「……そ、そうだったわね」

「はい。――私は気付いたのです。ヴェルダンディ様の人のものとは思えない美しい御姿。そして、ウルド様の慈愛のお心。両方があってこその”女神様”なのだと」

「へ、へぇー……」


(慈愛の心と言っても、自分が楽しく生きるためには周囲の者も良い生活が必要だと思っただけで、結局はあたし自身のためなのだけれど……。――それでも、バルドルがヴェルダンディの見た目だけではなく、ウルドであるあたしを尊重してくれているのは、何だか面映い気もするけど……やっぱり嬉しいかも)


「ですので、ヴェルダンディ様の信者たる者、その美しさにだけ心酔しているようではいけないのです」

「それをバルドルが言うの」

「はい。私は反省し、改心したのです。人は美しさに心を奪われますが、それだけではいけない。物事の本質である、目に見えない”思い”などにも目を向け、見極め、感じ取る。それもまた必要だと知ったのです。それらは――」

「もういいわ……」


(あー、本気のバルドルはやっぱり怖いわ)


 バルドルの説法が長引きそうだったので、ウルドは強制的に終了させると、会議を終了して早々に眠りに就くことに。


 ちなみに、会議の間終始無言だったナンナは、バルドルの言葉に納得の表情を浮かべ、壊れた人形のようにコクコク頷いており、それもまた怖く感じたウルドは、見なかったことにして一切彼女に触れなかった。




「ここが鉱山ですかぁ~」

「スルーズ、山は危険で面白味もないのだから、こんな所にまで付いてこなくて良かったのよ」

「鉱山など滅多に見学できないので、こうして目にすることができて嬉しいです!」

「まぁ、スルーズが楽しんでいるのなら良いのだけれど」


 バルドルが暴走した翌日、パンツルックのウルドたち一行は鉱山の視察に訪れていた。

 そのバルドルはウルドの指示で、作業員を連れて銀の鉱脈を探しに出ている。


「ナンナ、地図を頂戴」

「はい、こちらに」


(うん、やはり間違いないわね)


 ウルドが実際に目にした景色は当時とかなり違って見えたが、地形そのものに変化はほぼなく、鉄鉱山の入り口も思っていた場所そのものだ。それを改めて地図で確認したことにより、この地はかつて自身が治めていた土地であると、ウルドの心では既に確定となっていた。


「ええと、貴方がここの現場監督?」

「は、はい、現場監督のゴッツィーと申しやす」


 坑道の入り口を確認したウルドは、現場監督を呼んでもらい一言交わす。


「ではゴッツィー、資料に目を通したいの。事務所に案内していただけるかしら」

「了解でさぁ」


 如何にも鉱夫といった筋骨隆々のゴッツィーは、大きな体を縮こまらせ、ウルドの言葉に従う。

 案内された事務所に着くと、応接室にスルーズたちを残し、ウルドは監督室に入って資料漁りを行なった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「そっちはどうだった?」


 一日の作業を終え、鉱山町の迎賓館で日課の会議を開くと、ウルドは早速バルドルへ質問した。


「坑道の入り口を探すのに手間取りましたが、ヴェルダンディ様の仰っていたとおり、銀の鉱脈へと続く道がございました」


 報告を受けたウルドは、自然と笑みが深まる。


「やはり、ここはあたしの治めていた土地だったのね」

にわかには信じ難いですが、この目で見てしまったのです。信じるより外ないでしょう」


 ウルドはニヤリとした。それは先程の自然な笑みとは違う、悪巧みを思いついたような、少し下卑た笑みだ。

 しかし、そんなウルドの笑みにも拘らず、目にしたバルドルには妖艶なものに映ったのだろうか、緊張した様子でゴクリと唾を飲んで見惚れていた。


「今日の鉱山探索に同行した鉱夫は、信用に足る者なの?」

「極力若くて貧しい者を選びました。現状は金銭で従わせておりますが、本日の探索中に、ヴェルダンディ様の素晴らしさをかなり・・・伝えることができました」

「……そ、そう」


 相変わらずな発言をするバルドルに怯むウルドだったが、さっと頭を切り替える。


「それであれば、近々若い鉱夫をあたしが労う会を開きましょう」


 ウルドの発言に、バルドルは前髪で隠れていない右目を見開き「よろしいのですか?!」と驚愕の声を上げた。


「内密に動ける鉱夫はこれからも必要なの。そのためには、ヴェルダンディの美貌が利用できるのであれば、あたしは利用するわよ。――細かいことは、何れバルドルにも伝えるわね」

「ひょっとして、他にも鉱脈が?」

「要らない詮索はしなくていいのよ」

「失礼いたしました」


 ウルドの想定どおりであれば、今後の戦略はかなり多岐に渡り、優位となるだろう。


 その夜、様々な可能性を脳内であれこれ考えていたウルドは、久しぶりに徹夜をしてしまい、翌朝は見事にナンナからお小言を頂いたのであった。




「これって、やはりおかしいわよね?」

「そうですね」


 前日は鉱脈の探索に出ていて不在だったバルドルを連れ、鉱山事務所の監督室を訪れたウルドは、気になっていた箇所を早速バルドに確認させた。


「採掘量も出荷量も軒並み減っていますね」

「だから現場監督に聞いたのだけれど、作業量も採掘した鉱物の量も殆ど変わっていないと言うの」

「しかし、帳簿の数字は明らかに減っていますが?」

「現場監督のゴッツィーは、あくまで現場の作業を監督するのが仕事で、帳簿は監査官が記入していたようなの。現場の人間は数字を見ていないのだけれど、長年の経験で”変わっていない”のが分かると言っていたわ」


 監督が全てを把握してると思っていたウルドは、監査官という役職者がいることは想定していなかったのだ。


「では、その監査官に確認すればよろしいのでは?」

「それが、三日前から体調を崩して休んでいるようなの」


 ――コンコンコン


 突如響いたノックの音。片眉をピクリと上げたウルドが、入室を許可する声を発すると――

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