第七話 国王からの呼び出し
「シアルフィ男爵家のスルーズ嬢ですか」
王宮の夜会に同伴する者がいる場合は、事前に申請をしなければならない。ウルドはその手続をバルドルに頼んだのだが、彼から気の乗らなそうな声が返ってきた。
「何か不満? スルーズは本当の妹より余程可愛げがあって、あの
「不満ではないのですが、ヴェルダンディ様とご一緒に王宮の夜会に参加されて、本当に大丈夫でしょうか?」
どうやら、バルドルもウルドと同じ心配をしているらしい。
「本人は、『大人があたしを勘違いしているだけで、自分はそれを分かっているから大丈夫』と言ってるの。でも、あの視線を浴びたら……」
「そう思っていても連れて行くのでしたら、ヴェルダンディ様がしっかりお守りしてください」
「あら、バルドルは随分とあの娘に肩入れしているのね。――あっ! もしかてぇ~、惚れちゃった?」
恋愛とは程遠いウルドであったが、何度かお茶会に参加している間に、少しだけ覚えた”冷やかし”的な話術を思い出し、ニヤニヤしながらバルドルを
「ゲスな勘繰りは止めていただきたいです」
普段あまり感情を表に出さないバルドルは、憤ることもなく無表情で否定する。
ウルドは少しだけ切なくなった。
「スルーズ嬢は、ヴェルダンディ様の素晴らしさを理解している大切な”信者”です。目を掛けるのは当然ではありませんか」
落ち込むウルドを他所に、バルドルは然も当然のように”信者”という言葉を使うので、ウルドは唖然とする。
「そ、そうね。……でもあたし、宗教を作ったり教祖になるつもりはないわよ」
「その辺りのことは私にお任せください」
そんなことを任せるつもりはないが、黒に近い青い前髪で隠れていない右目を”キラリ”とさせているバルドルに、きっと何を言っても無駄だろう、と思ったウルドは、その会話を強引に終わらせたのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「スルーズ、淑女たる者、必要以上にキョロキョロしてはいけませんよ」
「は、はい、ヴェルダンディ様」
とても十五歳には見えないグラマラスな体型に、圧倒的な貫禄をもつ
とはいえ、それは淑女がどうこうではなく、ヴェルダンディに向けられる厳しい視線を、スルーズが少しでも感じないようにさせるための、ウルドなりの防衛策であった。
「ヴェルダンディ様、なんだかすごく見られている気がします」
「言ったでしょ、嫌な思いをすると」
「だ、大丈夫です!」
少し意地悪な言い方になってしまったが、スルーズが雰囲気に飲まれないよう、ウルドなりに気を遣ったつもりである。
案の定スルーズは俯いてしまったが、その方が彼女の為であるので、ウルドはスルーズに顔を上げろとは言わずにいた。
暫くすると、夜会の主役たる王族が入場してきたのだが、第二王子は体調不良とのことで、本日は国王夫妻のみが参加するようだ。
第二王子の婚約者であっても、一切の連絡を取っていないウルドは、殿下の不参加を今しがた知って胸を撫で下ろし、自然と笑みが溢れる。それを目にしたスルーズは、ウルドの雰囲気が優しくなったのを感じたようで、彼女も笑顔になっていた。
「ヴェルダンディ様は踊られないのですか?」
フロアでダンスが始まって少し経った頃、全く動かないウルドにスルーズが質問を投げかける。
「お誘いがないから踊らないだけよ」
「あっ……」
当然スルーズに悪気など無く、素朴な疑問をしたに過ぎなかったが、彼女はふと何かに気付いたようだ。
「女性からお誘いしてはいけないのでしたね。申し訳ございません」
「いいのよ。スルーズはこうして少しずつルールを覚えれば良いのだから。――そうそう、スルーズはお誘いがあったら、わたくしに遠慮せず踊ってらっしゃいね。ただ、わたくしと一緒にいるとお誘いが無いかもしれないけれど」
「大丈夫です。今日は王宮の夜会を見学にきただけなので、最初から踊るつもりはありません」
(スルーズに気を遣わせてしまったかしら? でも、あたしと一緒にいるということは、そういうことなのだから仕方ないわよね)
「イスベルグ侯爵令嬢」
一人脳内反省会を開催中のウルドに、聞き覚えのない男性から声がかかった。
「何かしら?」
(衣装から察するに、王宮の従者よね。王宮の従者があたしに何の用かしら?)
「陛下がお呼びでございます」
「陛下が? そう、では少しお待ちになってね。――スルーズ、わたくしは陛下にご挨拶してまいります。貴女はここで待っていていなさいね。あぁ、ダンスのお誘いがあれば、お受けしてかまわないわよ」
「分かりましたヴェルダンディ様」
スルーズに一言告げ、ウルドは従者の先導で国王の許へ向かう。
自分を見送るスルーズの不安げな表情が、ウルドは少し気になった。
「おおヴェルダンディ、久しいの」
「お久しぶりね、ヴェルダンディ嬢」
会場にある雛壇とでも言うべき王族の席。その裏にある控室にウルドが通されると、ソファーに掛けていた国王夫妻が立ち上がり、二人とも満面の笑みで寄ってくるではないか。
(確かこの王国では、陛下と呼ばれるのは国王だけで、王妃は殿下だったわよね)
「お久しぶりでございます国王陛下、王妃殿下」
国王夫妻が如何にも抱き着いてきそうな勢いだったので、ウルドは機先を制するようにカーテシーで以て距離を取った。
ヴェルダンディであれば当然面識があるだろうが、ウルドが夫妻と顔を合わせるのは今回が初めてだ。お互いの心の距離感が分からない現状、物理的な距離まで詰められては対応に難儀すると感じたウルドは、しっかり距離を確保したのである。
「ラタトスクと上手くいっていないらしいの」
ソファーにウルドが腰掛けると、テーブルを挟んだ向かいに座る国王の口から、聞き慣れない名前が発せられた。
(ラタトスク? 誰? ……あっ!
「どうやらわたくし、王子殿下に嫌われているようでございます。代わりと言っては語弊がありますが、王子殿下はわたくしの妹を、随分と可愛がってくださっているようですね」
(あれ、これだと妹に嫉妬した姉が、告げ口したみたいになってない? 言葉の選択を間違ってしまったかしら?)
「そうらしいの。まったく、王国一の美女と謳われるヴェルダンディに、何の不満があるのやら」
(陛下は、ボンクラ王子と妹のことを知っていたのね。それなら良かったわ)
「陛下、わたくしのことは”美女”ではなく、”氷の魔女”と言うらしいですよ」
「それもヴェルダンディの美しさや優秀さに嫉妬した輩の戯言じゃ。まあ、そんな戯言は気にせんで良い。たまには儂の所にも顔を出しなさい」
「王子殿下にご迷惑かと思い控えておりましたが、陛下にそう仰っていただけるのでしたら、お伺いさせていただきます」
「ヴェルダンディはゆくゆくは
「ありがとう存じます」
(第一王子が病弱で、第三王子はまだ若い。だから第二王子が次期国王に一番近いのだろうけど、それならどうして王太子に任命していないのかしら? その割に、あたしが王妃になると決めつけてるのよね。訳が分からないわ)
ウルドは若干頭を悩ませたりもしたが、なんだかんだで国王夫妻との会談は無難に終わった。
その後、夜会の会場に戻り、相変わらずの視線を受けながら、そんなものは意に介さないウルドがスルーズの許へ向かうと、そこに――
スルーズの姿がなかった。
ウルドが国王の許にいる間に、スルーズに何があったのか分からない。しかし、彼女がいないのは確かだ。
「ダンスにでも誘われたのかしら?」
若干現実逃避気味の思考だが、まずは前向きに考えてみる。
しかし、付近を見回してもスルーズはおらず、ダンスフロアに目を向けても彼女はいない。気持ちを落ち着かせるため、敢えて呑気に構えていたウルドであったが、悠長なことをしている場合ではない、と遅ればせながら気付いた。
いくら見回しても見付からないスルーズを思い、ウルドは徐々に焦りが募る。
(ひょっとして、あたしと一緒にいたから良からぬ者に攫われたの?)
嫌な予感に掻き立てられ、ウルドはスルーズの捜索を本格的に行なう。
通常であれば従者にも手伝わせるのだが、王宮の夜会に限っては従者を会場に入れられないので、今この場で当てにできる人物は……残念ながらいなかった。
最近は笑顔を貼り付けて夜会を過ごしてウルドだが、焦りからか笑みが剥がれ落ち、眉間に皺を寄せた厳しい表情になっていたことに本人は気付いていない。
久しぶりに現れた『
(失敗したわ。スルーズとは離れないつもりだったのに、まさか陛下から呼ばれるとは……。――今はそんなことより、スルーズを見つけ出すのが先決よ)
周囲の喧騒など全く耳に入っていないウルドは、会場の外へと出る。会場内でスルーズを発見できなかった以上、違う場所を探すより外ないのだ。
「何処に行ってしまったのスルーズ……。とにかく無事で、無事でいてねスルーズ」
弱気になってしまったウルドは、不安が声となって出てしまう。すると――
(ん、あれは?)
長い通路の先に見えた人影に、ウルドは見覚えがあった。
「おや?」
どうやら相手もウルドに気付いたらしい。
(やっぱり、前回王宮で会った薄幸そうな美青年だわ!)
ウルドは一瞬胸が高鳴るも、今は自分の感情より優先すべきことがある。
美青年の姿に見惚れてしまいそうな自分を制御し、ウルドは彼に向かって足を進めた。
「これはこれはお嬢さん、お久しぶりだね。随分と慌てているけれど、何かあったのかな?」
青年の透き通るような美声を耳にしたウルドは、胸の鼓動が速まる。
(なんなのこの鼓動? ……ダメダメ! 今はスルーズが優先よ!)
ざわめく心を落ち着かせるため、ウルドは一瞬俯きフッと一息吐いた。そして顔を上げ――
「人を探していますの!」
動揺を抑えたウルドは、相変わらず顔色が悪いものの人好きする笑顔を浮かべた美青年に、飛びかからんばかりの勢いで詰め寄った。
「さ、参考までに、どのような御仁をお探しで?」
ウルドの迫力に若干仰け反った美青年は、笑顔を崩さず彼女に問う。
「今季デビュタントを終えたばかりの小柄な少女ですわ!」
焦りの余り、一息で捲し立てるように言い放つウルド。しかも、大した特徴を伝えていない。
「もしかして、赤茶の髪で蒼いドレスの小さな淑女かな?」
「た、多分そうですの。何処かで見かけたのでしょうか?」
「えぇとぉ~……」
「早く教えてくださいまし!」
焦燥感に苛まれたウルドから、鬼気迫る迫力で詰め寄られた薄幸の美青年は、もとより下がった
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