41 隠し事って大体バレませんか?

 最近、マツウラさんがあたしに何かを隠している……ような気がする。


 いや、別にこれといった理由があるわけじゃない。あえていえば、あまり好きな言葉ではないけど、女の勘、というやつだろうか。


 こう、ふとしたときの反応がいつもと微妙に違うような気がするような、しないような……。


「……どうしたのかしら、つむぎ?」


 夕方、あたしとマツウラさんが同棲するアパートの一室。


 ちゃぶ台で宿題をしていたマツウラさんは、あたしの方を見てそう尋ねる。


 よほど彼女のことを凝視していたらしい。視線に気づかれてしまった。


「いやいや、なんでもないよ。日が暮れるのが早くなるのってこんなに急速だったっけ? と思って」


「それなら窓の外とかを見るわよね!? いまのつむぎはわたしをギト目で見ていたけれど!?」


「それを言うならジト目では!? それともそんなに油っこかったかな!?」


「エクストラバージンオリーブオイルくらいは油っこかったかも……」


「わりと美容とかに良さそうだけどねぇ」


 エクストラバージン、というのがあたしへの皮肉なのかと一瞬思ったが、それはさすがに被害妄想なので頭の中をいちど空にすることにする。


「なんでもないならいいのだけれど……」


「あはは……なんでもない、なんでもない」


 何か隠してるでしょ? なんてこといきなり訊くのはコミュニケーションとしてよろしくないだろう。あたしは適当に誤魔化して、それこそ窓の外の世界の色を確認する。


 ほんとにもう、暗くなっている。


 確証なんて何もない。でも、やはり怪しい。


 いつものマツウラさんなら、あたしが凝視していたところで反応としては「何か顔についてるかしら?」くらいのものだ。


 でも今は、妙にびくびくしているというか……。


 それに、もうひとつ気になる点。


 マツウラさんが広げるノートの傍らには、彼女のスマホがディスプレイを上にして置かれている。


 どうもマツウラさんは、一定時間ごとにその画面を気にしている節があるのだ。


 いままでこんなこと、一度もなかったんだけど……。


 本当に一瞬の動作。


 なにか気にしてるの? と尋ねたこちらが束縛強め認定されてしかるべき、なにげない一瞥。


 でも、気になるっ……。


 と、そのとき。


 なんらかの通知を告げるバイブレーション音が一瞬、鳴った。


 あたしのスマホじゃない。ポケットの中で振動はなかった。ということは、震えたのはマツウラさんのスマホだ。この前までずっとサイレントモードにしてたはずなのに! なぜ!?


 あたしは何も聞こえてませんよーみたいな雰囲気を装いながら立ち上がり、冷蔵庫の扉を開けて中身を確認する振りをする。


 ほうほう、豆腐が一丁残ってたっけ。久々にゴーヤチャンプルーでも食べたいな。


 って違ーう!


 冷蔵庫とかいうエンタメ性の権化みたいなコンテンツに夢中になりかけながらも、あたしは横目でマツウラさんの様子を観察する。


「んっ……!」


 なんか妙にセクシーな押し殺したような声を上げながら、マツウラさんは手に取ったスマホの画面を確認していた。


 これは……もしかしてほんとに、なんかあんのか……???


 なんというか、なかったことにできそうだった疑いをなかったことにできなくなる瞬間を超えてしまったと感じる。


 いや、具体的に何を疑ってるってわけじゃないんだけど……。


 わけじゃないんだけどねえええ!!!


「つむぎ……ちょっと目が疲れちゃったから一瞬お散歩に行ってこようと思うのだけど何か買ってくるものとかってあったかしら? 本当に一瞬ですぐに戻ってくるからして特に何も気にする必要はないのだけれど!」


 嘘、下手か!? 妙に早口になるマツウラさんは可愛らしいけれど、それはそれとしてこっちは気が気ではない。


「それじゃあ、スーパーでゴーヤがあったら買ってきてくれるかな?」


「ゴーヤってゴーヤーっていうふうに語尾を上げるのが沖縄ではメジャーな発音らしいわよ。それはそうと、いくらまでだったら買ってきていいのかしら?」


 なんかまた早口だし……。


「マツウラさんに任せるよ。値段というより、大きさで選んできてくれればいいかな。なんか元気そうなやつ。良さそうなのがなかったら今日はいいから」


「分かったわ! じゃあ、イッテキマース」


 マツウラさんはスマホとイヤホンを急いでポケットに仕舞うと、マスクを着けてそそくさと出ていってしまった。


 ……。


 これは完全に……やってんねえ……!


 勘とかでもなんでもなく、マツウラさんがあたしに何かを隠しているのは確実だろう。


 しかも、スマホ関連というのが怖すぎる。え、もしかして密会……?


 と、先走りそうな思考を無理やり押しとどめる。


 落ち着こう。


 ここでいろいろ考えたところで良いことなんてひとつもない。ここはひとつ冷静に尾行を……。


 って、ダメダメダメ!


 それは完全にアウトな行動だ。信頼とかゼロになる。


 いくら一緒に住んでいてそれなりに仲良くても、あたしとマツウラさんにそれぞれのプライベートがあるのは当然のことだ。ここは大人の余裕ということで見て見ぬふりをするのが最善の策。とはいえ、あたしは大人ではなく高校生だしなあ……。


 と逡巡するあたしの目線があるものを捉える。


 そこにあったのは、あたしとマツウラさんが夕食代の収支を分かりやすくするためにつくった共用の財布だった。焦って出ていったからだろうか、マツウラさんは持っていくのを忘れたのだ。


 じゃあ仕方ないよね。うんうん。忘れ物を持っていくだけの行為。この行為に裏なんて一切ないからね!


 と自分に言い聞かせて、あたしはそのへんにあったパーカーを羽織るのだった。


◇ ◇ ◇


 あたしは近所のスーパーに歩を進める。


 仮にマツウラさんが何かを隠しているのであれ、ゴーヤを探すというあたしとの取り決めは守ってくれるだろうという確固たる信頼があった。


 で、彼女はそこにいた。そのことに少しホッとする。


 ほんとに、あたしはマツウラさんのなんなんだよ……。


 自分に呆れつつ、あたしは彼女を見据えた。


 スーパーの手前に置かれたふたつのベンチ。片方にはワンカップを片手にしたおじさん。もう片方には、熱心にスマホの画面を見つめるマツウラさんが座っている。


 そう、あたしはマツウラさんに財布を届けにきただけ。それだけ。


 自分に言い聞かせながら、あたしはマツウラさんの正面に立った。


「マツウラさん、これ忘れてたよ」


「あら、ありがとう……って、ひゃあああん! つむぎ!?」


 あたしの登場にあからさまに取り乱したマツウラさんは、どんな原理か手を滑らせてスマホを真横に放り投げた。


 危うくおじさんのワンカップを直撃する軌道を描いたスマホを、あたしはなんとかキャッチする。


「お嬢ちゃん、ナイスキャッチ」


「どもども」


 ワンカップを掲げて乾杯の仕草を見せるおじさんに一礼して、あたしはスマホをマツウラさんに返す。


「あ、えっと……ごめんなさい! つむぎもごめんなさい! ありがとう」


 マツウラさんは隣のおじさんにペコリと会釈したのち、あたしにもペコリと頭を下げる。おじさんはマツウラさんにも決め顔で杯を掲げ、飲酒に戻った。


 あたしは一瞬だけ見えてしまった(不可抗力!)スマホの画面のことを思い出し、マツウラさんに素で尋ねる。


「ライブ配信かなんか見てたの?」


「うう……そうなの……秘密にしていたのだけれど、やっぱり後ろめたいことはすぐにバレるわね」


 垣間見えたスマホの画面に映っていたのは、女の子の映像とその手前に流れるコメント群。イン〇タとかTikT〇kあたりのライブを見ていたのだろう。


「別にそんなの、後ろめたくないんじゃ……いや、それとももしかして、とんでもなくいやらしい配信を好んで視聴して!?」


「んなっ!?(ワンカップ酒を吹き出しそうになりながら)」


 つい声を上げてしまったらしいおじさんをついつい睨みつけてしまう。おじさんは目を泳がせて飲酒に戻りつつ、鼻歌をうたいながらその場を立ち去った。なんかごめんよ……。


「断じてそういうのじゃないわ! でも……」


「でも……?」


 あたしがおうむ返しにすると、マツウラさんは諦めたように口を開いた。


「そんなにたいした額じゃないんだけどね? 昼食代を削って投げ銭してるから……本当に、一週間に100円とか200円とかそのくらいなんだけど……」


「マツウラさんそれは良くないって! そのお金で野菜ジュースとか飲んだ方がぜったい良いから! 野菜じゃなくてもさあ、ほら、あの鉄分が入ってるヨーグルトのやつとか、あれとか安いけど飲んだらめっちゃ元気になるから!」


「ううぅ……そう言われるのは分かり切っていたもの……わたしも前まではそう思っていたんだけど、でも実際ユーハちゃんも自分の貴重な時間を使って視聴者を楽しませようとしてくれてるんだし? ちょっとしたお礼の気持ちを上乗せするのって悪くないかなと思ってしまったのよね……」


 誰だよユーハって!


 と叫びそうになる気持ちを抑える。嫉妬とそれ以外の感情の区別がついていないときは発言を慎まなければあとで後悔するに決まっている。


 だからあたしは極めて冷静を装い言った。


「ちょっと見せてもらいたいなあ。マツウラさんがそれほど夢中になる女の配信ってやつをよお。あはは……」


「つむぎ、まったく目が笑っていないのだけれど……」


 ぜんぜん装えてなかったあ!


「もちろん、こうなればユーハちゃんのことを隠す理由はないわ。なんなら一緒に応援しましょ?」


「それはどうかなあ(マツウラさんの応援で忙しいので)」


 ともかく、マツウラさんが示してくれたスマホの画面を覗き込む。


 おお、確かに可愛い。パステル系のメイクとリアルタイム加工の組み合わせが上手くて、なんか動きとかも可愛い。大人っぽく見えるけど、同年代くらいかもしれない。あとおっぱいが大きい。マツウラさん、こういう子が好みなのか???????????


 それはそうと……え……?


 闇落ちしそうになるその手前で、あたしの思考は雷に打たれたように固まった。


 意識する前に、何かに気づいた、ということが分かる。


 え、ちょっと待って?


「マツウラさん、この子って知り合い……じゃないよね?」


「違うわよ~。けっこう有名な子なのよ? もともと自撮りが人気だったんだけど、ライブも始めてからは絶好調って感じね」


「ほーん、ちょっと音声出せる?」


「別にいいけれど……周りに人もいないからスピーカーで流しちゃうわね」


 マツウラさんはイヤホンとの接続を解くと音量を上げる。そこから聞こえてきた声で、あたしは確信する。


「マツウラさん、この人――」


――つづく。



☆かめのまぶたの近況ノートも覗いてみてね☆

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