40 白菜の漬物ってたまに食べると美味しくないですか?
「つむぎ! カ〇ート洛北の名前が変わった上に、ス〇キヤがなくなったらしいわ!」
「ええーっ!?」
あまりのことに、あたしは言葉を失う。カ〇ートのス〇キヤが……? あの、マツウラさんと一緒にラーメンを食べた、魚介スープがおいしくて癖になる味わいのカ〇ート洛北のス〇キヤが……!?
「そうなのよ。きょう百合中さんから聞いて、わたしもショックだったわ」
マジか……。気軽にあの味を食べられないというのはけっこう痛手だ。かといって、それほど頻繁に行っていたかといわれるとそうとも断言できないので、申し訳ないような気持ちにもなる。
「ス〇キヤの話をしたら無性にス〇キヤが食べたくなってきたけれど、もうカ〇ートにス〇キヤはないんだね……」
「そうなのよ。でも、わたしたちは何か夕飯を食べなくてはならないわ。カ〇ートのス〇キヤ以外の夕飯を……」
「そうだね……。何にしよっか。白菜の漬物とごはんでいいけど」
今日の夕食はマツウラさんの担当だ。冷蔵庫には白菜漬け以外の野菜がなかった気がするので、それ以外のメニューだと何か買いに行かなければならない。
「ちょっとスーパーを見てくるわ。別に何になっても構わないかしら?」
「うん。マツウラさんに任せるよ」
「分かったわ。行ってきます♪」
そう言ってマツウラさんはエコバッグを持って家を出た。あたしはそのままこの場で寝転がったら何もやる気が起きずにマツウラさんが帰ってくるまでぼうっとしてしまうことになるだろうなと思いつつ、そのままその場で寝転がる。
それにしても、カ〇ートのス〇キヤが閉店か……。カ〇ートって名前も変わっちゃったらしいし。
世の中、色々なものが変わっていくんだなあ。
そんなたぶん当たり前のことを、あたしは改めて考える。
京都に来たことももちろん、あたしのなかでは大きな変化だったけれど、それでもたぶんあたしは、自分のいる位置だけが変わって、世界は変わらないのだと思っていた。
でも、あそこに確かにあったス〇キヤが、いつのまにかなくなってしまったみたいに、あたしのまわりでもきっと色々なものがなくなっているし、これからさらになくなってゆくのだろう。
夕方の空気のせいか、なぜかそんな感傷的な気分になる。
そんな感傷に自分の身を浸すのが心地よくて、あたしはあらゆるあたしの周囲からなくなってしまったもの(カ〇ートのス〇キヤなど)について考える。
だが、あたしの身体が完全に感傷のぬるま湯に浸かりきってしまう前に、アパートの階段を上る足音がそれを拒んだ。
たぶんマツウラさんだ。でも、いつもの足音より気持ち大きい気がする。少しテンションが上がっているときの音だ。
ガチャっ!
「つむぎ! 聞いて! まさかのものが売っていたの!」
「はーい、まずは手洗いうがいお願いしまーす」
「ううっ……。そのとおりね」
マツウラさんはマスクを外すと一瞬でユニットバスへと向かい、入念に手洗いうがいをして戻ってきた。
「それで、何が売ってたの?」
「これよ! 目が合ったときは運命だと思ったわ!」
そう言ってマツウラさんが掲げたのは、「つけ麺 辛〇魚」という文字がでかでかと表示された黒っぽいパッケージである。チルド食品だろうか。カップ麺なんかより、ちょっとお高めのやつだ。
「ん? マツウラさんってそんなに辛いの好きだったっけ?」
「そうでもないけど、注目点はここよ!」
マツウラさんはパッケージの右上の部分を指し示しながら言う。そこにあったのはなんと、おなじみの女の子のイラストと「寿〇きや」の文字!
「こ、これってもしかしてス〇キヤのレトルトなの?」
「どうかしら。そういえばこんなメニューなかった気がするけれど、ついつい反射的に買ってきちゃったわ」
確かに、ここまで赤いスープの商品は見たことがない。パッケージをよく見ると、実際にあるらしいつけ麺屋さん? の名前が監修として書かれている。つまり、ス〇キヤ(の関連会社?)がここのお店のチルド食品を販売しているということなのだろう。
「でも確かに、この女の子と目が合ったらときめかざるをえないね」
「良かった♪ 今日の夕飯はこれにしましょう! 今作るから、ちょっと待ってね~」
「ありがと」
早速お湯を沸かしにかかるマツウラさんを横目に、あたしはふたつあるパッケージの片方を手に取ってみる。裏を見ると、作り方が書いてあった。
「液体スープと粉末スープと後入れ粉末スープを混ぜてつけ汁を作るのか……。なんで粉末スープが二種類に分かれてるんだろ」
「化学の実験みたいで面白いからじゃないかしら!」
「知育菓子じゃないんだから」
あたしは手を洗い、つけ汁を入れるのに適していそうな食器を適当に見繕う。
「つけ汁用のお湯は別に用意した方が良さそうだね。よかったらこれ使って、気をつけてね」
「もう、つむぎは心配性ね~。でもありがとう♪」
あたしが底の深いフライパンをコンロのゴトクに置くと、マツウラさんはそう言って笑う。
女子高生にあまりおせっかいを焼いてもウザがられるだけだろうと思い直したあたしは、「はーい」みたいな適当な返事をして机に戻った。けど誰目線なんだ、あたしは一体……。
机の上を片付けるなどしてしばらく待っていると、マツウラさんが皿を持ってやってきた。平皿の上に湯切りされた麺。あたしが出したお椀に、つけ汁が入れられている。
それにしても……。
「この液体めっっちゃ赤いし、めっっちゃ辛そうな匂いするんだけど、大丈夫かな、これ」
「スーパーに売っているものに、そこまで辛い物はないはずよ! たぶん!」
マツウラさんは気楽なのか現実逃避なのか分からない雰囲気で言う。最近は動画で激辛を食べるのとかが流行ってるし、けっこう辛い物も売っているような気がするのだが、本当に大丈夫だろうか。
あたしはといえば、辛い物が苦手というわけでもないけれど、かといってめちゃくちゃ辛いというものを自分から食べたこともないので、不安はある。
「この、後入れ粉末スープというのは開けずに持ってきたわ! それぞれで入れましょう。その方が楽しいし!」
「おっけー」
さっきから聞いてるとマツウラさんはレトルト食品の小袋とかを開けるのがどうも好きらしい。なんかかわいい。
確かに、ちょっと楽しいよな。そんなことを思いながら後入れ粉末スープの袋を開けて、椀に思い切り投入した。
「いや、多っ! しかも絶対に辛いやつじゃん、これ!」
スープの上に山盛りになった、逆に辛そうなちょっと落ち着いた赤色の粉末の山。これはかなり見た目のインパクトが強い。後入れにするのも納得だ。
「き、きっと大丈夫よ! きっと!」
同じく後入れ粉末スープを入れたマツウラさんは、恐れおののきながらその赤色を見守っている。
「とりあえず、食べてみよっか。いただきます」
「そうしましょう! いただきま~す!」
箸で取った麺を椀に投入する。黄色い麺は、よく絡みつくスープですぐに真っ赤になる。粉末が良い感じに麺にくっつくようになってるんだ。こりゃあ後入れ粉末スープの面目躍如である。
というようなことを考えながら、一気に麺を口に含んだ。マツウラさんもほぼ同時に麺をすする。
「「って、辛っ!」」
瞬間、あたしたちは悶絶する。
辛い辛い!
「げふっげふっ」
「んぐっふっ」
おおよそ互いに聞かれたくないであろう音声を放出しながら、あたしたちはなんとか咀嚼し、飲み込む。
確かに見た目通り辛い。
けど……おいしい……。
「この、生だからこそ表現できる香り高い麺!」
「そして、辛さの奥からやってくる魚介の香りとうまみ!」
「マツウラさん、これはス〇キヤスピリットだね」
「ええ。ス〇キヤの味ではなくて監修してるお店の味なのかもしれないけれど、魚介スープに対するス〇キヤの矜持が存分に感ぜられるわ」
興奮しながらあたしとマツウラさんは語り合う。辛さでテンションが上がっているのかもしれない。
「それにしても、これを全部食べる切る自信はないな……」
「そうね……。もうちょっとマイルドにできないかしら……。スープを牛乳で割ってみるとか……。冷蔵庫にあったかしら?」
マツウラさんは立ち上がり、冷蔵庫を開いた。確か牛乳は切らしていたはずだ。補充しておかなければ。栄養すごいから、牛乳は。
「牛乳はないわね……。もしかすると、これとか美味しいんじゃないかしら?」
そう言って取り出したのは白菜の漬物だ。確かに、あっさりした味わいが辛さに対抗してくれるかもしれない。
「ちょっと待ってね~!」
そう言ってマツウラさんは水切りをして、器に入れた漬物と菜箸を持ってきてくれる。
「ありがと。これ食べながら食べよう」
そして、何気なく漬物を口に入れる。
その瞬間、あたしの頭の中に電撃が走った。
も、もしかしてこれ……。
「めっちゃ合うんじゃない?」
「そうかしら? そりゃあ白菜のお漬物なんだから大体のものには合うでしょうけど」
マツウラさんは不思議そうに言って、漬物を食べる。
そして彼女も、電流が走ったようにこちらと目を合わせた。
「こ、これ、とっても合うんじゃないかしら?」
あたしは静かに頷きを返す。
そうなのだ。魚介系の辛みが支配する口内に投入された。出汁の効いた漬物のさわやかな歯ごたえ。これは率直に言って、奇跡の組み合わせだ……。トマトにモッツァレラチーズ、コーラにピザ、辛〇魚に白菜漬けである。
「もうあたし、漬物をスープに浸けて食べるよ。結局辛くなるけど、それでいいよ」
「わ、わたしもそうしてみるわ……」
あたしは漬物と麺を同時に箸で取り、それをつけ汁に浸す。そして、それを一口で食べる!
「「美味しい! けど辛い!」」
見事にハモったことにお互い笑って、そのまま辛〇魚を食べ続ける。辛い。けど美味しい。そうして、いつの間にか目の前の食器は空になっていた。
「これは色々な意味で衝撃だったわね」
「そうだね……」
カ〇ートのス〇キヤはなくなってしまったけれど、あの店での思い出があったからこそ、こうしてあたしたちはまた新たな味に出会うことができたのだ。
あらゆるものがなくなっていってしまう世界かもしれないけれど、だからといって感傷に浸り続けている場合ではない。失われたもの達とともに、未来を探さなくては。
まだ舌に残る辛さは、あたしの頭を少しだけ冴えさせてくれた気がした。
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