38 勉強って見られてると集中できるけど、見られすぎてると集中できなくないですか?
「ああ~暇~」
「暇ね~ほんとに……」
ある日曜日、あたしとマツウラさんは部屋でダラダラしていた。
「つむぎ、腹筋しない?」
「さっきやったじゃん」
「そうだったわ~。さいきん家にいることが多いから、何をやって何をやってないかが曖昧になっちゃって」
「ダラダラ~」
「ダラダラ~」
そう言って転がるあたしとマツウラさんだが、別にずっとダラダラしているわけではない。
ちゃんと朝起きてから昼食まではダラダラ宿題するなりダラダラするなりして、昼ご飯を食べたらダラダラして、しばらくしたら軽く散歩するなり運動するなりして、ちゃんとそこからダラダラしているのだ。
「いや、全然ちゃんとしてなくない!? めっちゃダラダラしてない!?」
「確かに! でも、全然やる気が出ないわよね~」
「まあ休みだしいいんだけどさ」
でもまあ、せっかくの休みだからダラダラする以外のこともしたいという欲も出てくる。というか、けっこう宿題がたくさん出ているのでダラダラしている場合ではないという説もある。
「そうよ、つむぎ! 良いことを思いついたわ!」
と、マツウラさんがポンと手を打ちながら言う。
「おー、なになに?」
「せっかくふたりいるんだから、お互いに監視し合えばいいのよ!」
「監視!?」
あるいは束縛の強いカップルみたいな……というツッコミはセンシティブ(主にあたしの心情が)なのでやめておく。
「監視というと怖いけど、お互いがお互いの勉強しているところを眺めればいいのよ。そうすればなかなかサボれないでしょ?」
「確かに、じっと見られてたら勉強せざるを得ないかも……?」
「でしょう? じゃあ、まずはつむぎがわたしを見る番ね!」
「おっけー」
マツウラさんはどんどん話を進めるが、見るって言ってもどんな感じなんだろう。あまり具体的なイメージが湧かないけど……。
そんなあたしの戸惑いをよそに、ご機嫌なマツウラさんは机の上にノートと学校から出た課題を並べ始めた。
「じゃあいくわね! とりあえず30分で交代しましょう!」
「うん。時間見とくね」
あたしは現在時刻を確認し、黙々と勉強を始めたマツウラさんを注視する。
ああ、相変わらずなんて可愛いんだろ……。ほっぺたとか柔らかそう。ぷにぷにしたい……。
とぼうっと考えている自分に気が付き、あたしはマツウラさんから目を逸らす。あんまり見つめてると変態的な心境になってしまうな……。良くない良くない。
そう思ったあたしはスマホに手を伸ばし、適当に写真を眺めるなどして頭を冷やすことにした。
「もう、つむぎ。ちゃんと見てくれてないとダメよ!」
あたしの行動に気付いたマツウラさんは、頬を膨らませてこちらを見る。
いや、可愛い! 可愛いから困ってるのだが!
「わ、分かった……」
これほど合法的に(?)マツウラさんを見つめる機会があっていいのか? 大丈夫なのか? まあ大丈夫なんだろうたぶん。あたしの様子が大丈夫なら。たぶん。
「ふんふふーん」
そうしてマツウラさんは勉強を続けた。
鼻歌とか歌っちゃうのかよ! 見られてるの承知で鼻歌とか歌っちゃうのかよ! もうライブだよこれは!
あたしはそうツッコみたくなるのを我慢してマツウラさんを見つめ続ける。長い睫毛、滑らかな肌、服の織りなす皺……。そうしたマツウラさんを取り巻くあらゆる情報を、常に頭のなかで再現出来たらどれだけ幸せだろうと思う。
「やるわね、つむぎ……。かなり厳しい視線を感じるわ」
マツウラさんは窮地で力を発揮するスポーツ選手のようにニヤリと笑って言った。
「え、うん。(マツウラさんの魅力に)集中してた」
「ありがとう。わたしも集中しなくちゃ!」
マツウラさんの勉強の進み具合について1ミリも考えていなかったことになんだか申し訳ない気分になるが、まあ勉強に集中できているなら良いだろう。たぶん。
「え、もう30分だ」
まだ10分くらいかなと思ってスマホを確認すると、ちょうど30分が経とうとしているところだった。楽しい時間は早く過ぎるって言うからな……。マツウラさんを見ることによって時空が歪む、これぞマツウラ効果である。
「うーん! とっても集中できたわ! ありがとう、つむぎ♪」
「どういたしまして……」
あたしは心臓の鼓動を緩やかにするためにそっと深呼吸しながら言う。
「次はつむぎの番ね!」
「おっけ」
あたしはマツウラさんが片付けた机の上に自分のノートを置き、姿勢を正した。
「じゃあ30分、よーいどん!」
そんな掛け声とともにシャーペンを走らせるが、全然集中できない。まだ普段の方が集中して机に向かっている気がする。
なぜなら……。
「つむぎ、頑張って!」
マツウラさんがガン見しているからである。
「あ、うん、ありがとう」
と、礼は言うものの、マツウラさんに見られていると思うと正直、問題文すら頭に入ってこない。いま、あたしの顔、大丈夫!? 変な表情してない!? 髪型とか変になってない!?
いや、普段ももちろん結構ヤバい瞬間は晒しているのだけれど(寝てるときとか、寝起きとか、ボーッとしてるときとか)、それはまあ仕方ないものとして、あえて考えないことにしているわけで(それにまあ、お互いに無防備な状態だし)、改めてこうじっと見つめられると、完全に気が気ではない。
「つむぎ~手が止まってるわよ~」
「あ、ごめんごめん」
監視役を忠実に務めるマツウラさんの視線が痛い……。
「もー、謝ることないじゃない。しっかりね!」
「はーい」
と返事をして適当にシャーペンを動かすが、思考はさらに泥沼にはまる。
ていうかマツウラさんは余裕の表情で勉強を捗らせている様子だったけれど、いまあたしが抱いているこの感情とは無縁だったってことなのか?
マツウラさんはあたしにじっくり見られてもどうでもいいってこと? いやまあそれは最初から分かっているのだけれど、改めて考えるとやっぱりヘコむな……。
いや、でも待てよ? マツウラさんくらい常に可愛ければ、そんなこと気にしないのかな? 寝起きに鏡とか見ても絶対に宇宙一可愛い生命体が映ってるわけだから、そりゃあどこからどう見つめられても気になんてならないか。
そう考えると、少し心が軽くなる。あたしのことをマツウラさんが見つめているという根本的問題は解決していないけれど、まあそれは慣れるしかない。
よし、やっと調子出てきたぞ~! どう!? マツウラさん!? マツウラさんのおかげで、めっちゃ勉強できてるよ!
それを伝えるため、笑顔でマツウラさんの方をチラリと見遣る。
「ふあ~あ」
いや、あくびしてるんかーい!
「ふぁ、ごめんなさい。見てるわよ~」
めっちゃ眠そうにこちらを眺めるマツウラさんはもちろんめちゃめちゃかわいいのだけれど、なんか落ち込むのだが? 飽きる? あたしのことを見る作業って、そんなに飽きる!? いや、そりゃ普通に考えて飽きるだろうけどさあ……。
そんなモヤモヤを抱えながら、あたしは機械的にシャーペンを動かし続ける。
「おしまーい! 30分経ったわよ!」
「ふー、ありがと」
最初はどうなるかと思ったが、後半15分くらいは存分に集中できたと思う。たぶん、かなり勉強は捗ったはずだ。
「どうだった、マツウラさん。この勉強法」
「そうね~。思ったんだけど、これ、見てる側はすっごく暇じゃない!?」
ぐはああああ~!! やっぱり暇だったんだ! そりゃああの表情を見れば分かったけれども、改めて言われるとショック! けっこうショック!
いや、でも自分のことを30分間見つめ続ける作業のことを暇って言われてショックを受けるってどんだけ自惚れてるんだって話だしな。よく考えたら。
うんうん、冷静になろう。
「あれ? つむぎもそう思わない?」
荒い呼吸のあたしを不審に思ったのか、マツウラさんが顔を覗き込んでくる。
え? ちょっと待って? これってどう答えるのが正解なの?
正直な気持ちを述べるのならマツウラさんが可愛すぎるからあたしとしては全然暇じゃなかったよと言うしかないのだけれど、それは普通にキモがられそうだし、キモがられなかったとしても色々な禍根を残しそうだ。
だからと言ってそうだねという相槌ひとつで済ませるのは、あたしの恋心が許さないというか、先ほど感じたマツウラさんが超絶可愛いという自分の気持ちに嘘を吐くことになってしまうし、なによりマツウラさん本人に嘘を吐くことにもなってしまう。
ううっ! どうすればっ!
「え、えーっと、マツウラさんが可愛いから別に暇じゃなかったかな、デュフフ」
あー! やっちまったー!! 日和って冗談めかすという一番駄目かつ誰も幸せにしないパターンやっちまったー!!
こんな言い方でもマツウラさんは絶対に本心だと思わないだろうし、だとすればそれは本当の気持ちを伝えなかったのと同じだ……。
絶対にマツウラさんも愛想笑いするしかないよ……。
「そう? あはは……なんだか照れるわね」
そうそう、こんなふうに……と思ったのだけれど、なんだか様子がおかしい。具体的には、マツウラさんの顔が少し赤いというか……。
もしかしてマツウラさん、マジで照れてる?
「もちろんわたしも、つむぎのことは可愛いな~って思いながら見てたのよ? でも、それとこれとは別というか、わたし、けっこうせっかちだから……」
あー、ちょっと待って! また録音チャンス逃した! スマホという文明の利器がありながら!
「分かってる分かってる(?)! 全然気にしてないっていうか、そもそも時間がもったいないからね! ふたりで同時に勉強すれば2倍の時間を使えるわけだから!」
「つむぎ、 """気付いた""" のね?」
「うん。 """気付いた""" よ」
うう……焦って謎のフォローに走り完全なる正論を述べてしまった……。もう少しマツウラさんの感情を深く掘り下げても良かったかもしれないが今ではそれはもう遅い……。
「じゃあどうすればいいかしらね~。確かに効率は上がった気がするから、このメソッドをお蔵入りさせるのはもったいないわ」
「思ったんだけど、集中せざるを得ない状況を作ればいいわけだからさ。時間決めて、ふたりで同時に問題を解き始めて、終わったらノートを交換してお互いに丸付けするのとか、どう?」
「……天才、なの!?」
「いや、小学校のときとかによくやったやつだし」
「確かに! あれってそういう意味があったのかしらね~」
「どうだろう。まあとりあえず、それやってみよっか」
「そうね! デュフフ」
「それを掘り返すのやめて!?」
「分かったわ。デュフフ」
そう言ってマツウラさんは口に手をあてる。その顔はまだどことなく赤く、もしかして照れ隠しのつもりなのかと一瞬思ったのだけれど、たぶんそんなことはないだろうとあたしは自分を納得させてシャーペンを握る。
と、そのとき。
あたしのスマホが、聞きなれない音で鳴ったのだった。
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