37 恋バナって非常に困りませんか?

「こ、こ、恋バナ!?」


 文化祭の片隅。

 校舎の外にある木陰であたしとマツウラさん、百合中さんはダベっていた。


 周囲は模擬店やなんやで騒がしく、驚くあたしの声も掻き消されてしまいそうだ。

 だが、百合中さんはあたしの言葉に深く頷く。


「そう、恋バナ。こういうときの定番でしょ?」


「そういうものなのね!」


 マツウラさんは素直なので納得しているが、果たして恋バナってこんなテーマトークみたいに話し始めるやつなのだろうか……。


 それよりなにより、恋バナというテーマは非常に困る。


 だってあたしはマツウラさんに恋をしているわけで、恋バナをするってなるとそのことを話すしかないわけで。でも、あたしの気持ちをこの場で伝える覚悟もつもりも、あたしにはない。


 となると、話すことってないんだよな……。


「でも、そんな浮ついた話とかないし……」


 あたしは慎重にそう言って、なるべく話題が別のものに転がるように仕向ける。


「別にいま浮ついてなくても、昔好きだった子の話とかでもいいよ」


 うーむ、でもマツウラさんにいまそんな話を聞いてほしくないし、そもそもマツウラさんのそんな話を聞きたいかと言われると……いや、ちょっと聞きたいという思いもないではないけれど、非常に怖い! 非常に!


「そうね~、え~っと」


「うわああ!! ストップストップ!!!」


「?」


 あたしの取り乱し方に、マツウラさんは首をかしげる。


「そ、そうだ! そもそも百合中さんには浮ついた話ってあるの?」


「いや? ないが?」


 なぜか少しだけニヤリとしながら百合中さんは言う。


「ないんかい!」


「それじゃあ、こうしない? 架空の恋バナ選手権!」


 あたしのツッコミを無視して、百合中さんはなんか意味わかんないことを言い始めた。


「架空の恋バナ選手権!!??」


 それに素直に驚くマツウラさん。ノリ良いな。


「そう! 恋バナを話して、一番キュンキュンポイントを貯めた人が勝ち! 恋バナの内容は事実を元にしたものでも、完全な創作でもどっちでもアリってことでどう?」


「なるほど! 面白そうね!」


 なぜかノリ気なマツウラさん。この提案も相当にリスキーな気はするが、フィクションで良いとなると相当に気は楽になる。どうやらここは、この流れに乗るしかなさそうだ。ていうかキュンキュンポイントって何?


「じゃあ、開始! まずはあたしからでいいかな?」


 百合中さんが先陣を切ってくれる。あたしとマツウラさんは、神妙に頷いた。


「えーっとね、あたしの好きな人って踊りが下手で、文化祭のダンスの練習も居残りさせられるくらいだったんだよね」


「いや、ちょっと待って。それって誰!?」


 なんか脳裏に特定の人物が浮かんでない!?


「は? まさか自分だとか思ってないよね? ぷぷぷっ」


 こ、コイツ……。


 愉快そうな百合中さんから目を逸らして、あたしは手で続きを促した。


「で、あたしはその人の居残りが終わるのをこっそり待ってたわけ。偶然会ったことを装って一緒に帰れたらいいなと思って」


「なるほど! それはいいわね!」


 マツウラさんが相槌を打つ。そういうの意外と好きなの? これから、マツウラさんが居残りしてたら待つことにしよう。


「で、教室の音が聞こえる場所でずっと待ってて、音が止んだくらいのタイミングで下駄箱に行ったの。そしたらちょうど、その人が現れたわけ」


「おお!」


 あたしもつい、盛り上がって相槌を打ってしまう。そっからどうなるんだ? 他の友達が一緒で声を掛けられないとかそういうパターンか!?


「で、あたしは考えてた通り、偶然だねーって言って、図書館に寄ってたという設定で近づいたわけ。そしたら相手も、偶然だね~って言って、一緒に帰る流れになったの」


「ほうほう……」


「それでそれで!?」


 なんだか、予定調和すぎるというかそのまんまというか。せっかくの空想なのだから、もっとキュンキュンポイントがあっても良さそうなものだが。


「で、しばらく歩いてたら相手がボソッと言うわけ。『ありがとう』って。で、あたしが『なに?』って返したら、『なんでもない』って言って顔赤くしてるわけ! 絶対待ってたことに気付いてたのバレバレなわけ!」


「おお~!! そう来たか~!!」


「なるほど~。あえて深く語らないところに深みがあるわね……」


「どうだった?」


「なかなか良かったと思う」


「そうね!」


「ふふふっ。ありがとう。じゃあ次は、寺坂さんかな」


「お、おっけー」


 あたしは百合中さんの話に聞き入ってしまって自分が何を話すかを考えていなかったことに気付いた。ヤバい。


「えーっと、その人とはとにかくラブブラでヤバいんだけど……。そう、かなりイチャイチャしてるんだよね」


「語彙!!」


「具体的にはどういう感じなのかしら?」


 百合中さんとマツウラさんが顔を覗き込んでくる。地獄か?


「えーっと、それは、朝起きたらちゅーしたり、夜寝るときにハグしたり……」


「ふーん、一緒に住んでる前提なんだ」


 百合中さんが『ほうほう』という目であたしを見てくる。


 しまった!! 混乱して普通にマツウラさんとやりたいことを語ってしまった!


「わ、悪い!!?? これであたしの話は終わりだけど!!??」


 そしてまあまあ大きな声で逆ギレしてしまう。

 周囲を歩く人たちが、ビクッとしてこちらを見るのが見えた。


「オッケーオッケー。こんなもんにしといてあげよう。じゃあ次は松浦さんだね」


 やれやれという風に百合中さんは言う。


「えーっと、そうね~」


 マツウラさんの声は、いつもの調子か、少し戸惑った様子か……。あたしは冷静さを欠いていて、それすら判断ができない。


 ああもう。怖くてマツウラさんの顔を見られないじゃん!!


「じゃあわたしも、一緒に住んでる人がいるってことで……。その人はダンスが下手すぎて、文化祭の前も居残りをさせられてたの」


「ほうほう」


 百合中さんは腕を組みながら相槌を打つ。


 え? も、もしかしてそれって……。


「で、その人が帰ってきて、一緒に鴨川でダンスの練習をしようってことになって、サンドイッチを作って行ったの。一緒に踊って、サンドイッチを食べて、一本のお茶をふたりで分け合って。それってとっても素敵だと思わない?」


 あたしは、ついマツウラさんの顔を見る。


 そこにあった悪戯っぽい笑みに、あたしは打ち抜かれて、何も考えられなくなる。


「お~! それはなかなかエモい! 松浦っちもキュンキュンポイント高いね~」


 百合中さんが小突くジェスチャーをすると、マツウラさんはキャッキャと笑う。


 い、今のは何? 幻聴?


 マツウラさんは、明らかにこの前のあたしとのことを恋バナとして語っていて、それが架空の恋バナじゃなくて現実だと知っているのはあたしだけで――。


 き、きっと、あれだよね!? 百合中さんがあたしっぽい人の話をしたのと、あたしが同棲の話をしたのとで、それらが合わさって自動的にそういう話になっただけだよね?


 そうだよね……?


「判定は……! あたしのキュンキュンポイントが20、寺坂さんのキュンキュンポイントが10、松浦さんのキュンキュンポイントが30で、松浦さんの勝利!」


「わ~い!」


「百合中さんの独断で採点するの!?」


 少しの冷静さを取り戻したあたしは、百合中さんにツッコみを入れる。というかそうでもしていないと、今にもマツウラさんに抱きついて事の真相を問いただしてしまいそうだった。


「いちおう公正な判断だよ! 松浦さんの話が一番、ディティールが優秀だったからねえ~」


 そりゃあ現実にあったことだからな……。


「何か賞品でもあるのかしら?」


「特にないけど、松浦さんもこのあと、うぉーちゃんとサッキーと寺坂っちと一緒に文化祭回らない? そうだ! 松浦さんの行きたいとこに最初に行くってのはどう?」


「いいのかしら? じゃあ、お化け屋敷とか!」


「いいねいいね~! あっ、うぉーちゃんから連絡きた!」


 意外に打ち解けている百合中さんとマツウラさんを目の前にして、あたしは茫然自失のまま風に吹かれる。


 こんなとき、鳴早さんならどんな反応をするのだろう。


 ふとあたしは、文化祭にめちゃめちゃ来たがっていたものの自分の学校の文化祭とバッティングしてしまい来られなかったギャルのことを思い出したのだった。

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