36 文化祭ってどうすればいいか分かんなくなりませんか?
なんとか踊りきれた……。
あたしはタオルで汗をぬぐい、トートバッグから取り出した水筒のお茶を飲みながら感慨に浸る。
運動場に設置された特設ステージでは既に別のクラスの発表が始まっており、あたしはあたしの文化祭がほぼ終わったことに安堵を覚えた。
周囲を見回すが、百合中さんなどのクラスメイトの姿は見えない。みんな、部活の用事やらなんやらで忙しいのだ。
これからどうしようかと考えながら、なんとなく校舎の方へと向かう。
百合中さんは時間ができたら連絡するよとは言ってくれてたものの、期待すると悲しいことになりそうだ。ここはとりあえず、ひとりで落ち着いてスマホでも弄れる場所を探すべきだろう。
と、ふと前を見ると人波の中に輝く後ろ姿があった。そんな人はこの世界にひとりしかおらず、もちろんマツウラさんである。
ふむ。あたしとマツウラさんは同棲していることを学校の人たちに知られてはいけない関係で、学校ではそれほど接触しないことにしている。とはいえ、文化祭のときくらい、意外な組み合わせのふたりが一緒にいても気に留める人はいないだろう。そう、それが祭り。MATSURIである。
「マツウラさん!」
あたしが呼びかけると、マツウラさんはサラサラした髪をサラサラさせて振り向いた。
ああ、なんて美人。
今朝あたしが
「つむぎ! わたしも踊っていたからちゃんと見られなかったけれど、さっきは良い踊りだったと思うわ!」
「ありがとうー! マツウラさんのおかげでなんとか踊りきれたよ……」
あたしは先日の鴨川沿いでの練習のことを思い出す。あの特訓があったからこそ、あたしのダンスはなんとか形になったのだ。
「せっかくだからジュースでも買って乾杯しましょうか? それともつむぎは何か用事がある?」
「いや、あたしもそうできたらなと思ってたとこ」
「それは良かったわ♪ じゃああそこの屋台に行きましょう!」
あたしとマツウラさんは、校舎を取り囲むように形成された屋台群に赴いた。クラス単位で食品関係の屋台ができるのは三年生だけと決まっていて、それぞれ趣向を凝らした食べ物を売っていた。その他、缶ジュースを売っているのは運動系の部活が多い。
「けっこう良心的な値段だね」
「そうね~。コンビニよりも安いかもしれないわね」
祭りの飲み物と言えば比較的高いような気がしていたが、ここは意外にもお手ごろだ。
日がよく照っているのもあってか、行列ができて飛ぶように売れている。店番の人たちはニヤつきを隠し切れない様子である。
ジュースを買い終え、あたしとマツウラさんはなんとなくそのへんの木陰に留まった。
「つむぎ、お昼は食べたの?」
「うん。けっこう早めに食べたんだ。ダンスのときに体力がないのもお腹いっぱいなのも嫌だなと思ってさ。マツウラさんは?」
「わたしも同じねえ。正直……」
とマツウラさんが言いかけた矢先、ぐう~っとあたしのお腹が鳴った。
「お腹、空いたね……」
「ええ♪ せっかくだし、おやつも買っちゃわない? つむぎ、あと何枚金券残ってる?」
「ええとね……」
文化祭での金銭のやり取りは金券で行うことになっており、当日の来客は入口のところで金券を買うのだけれど、生徒は事前にそれを購入できる制度がある。あたしはたいして使わないだろうと思っていたので少額しか買っておらず、マツウラさんも同様のようだった。
「ふたり合わせて何かひとつ買ってちょうど、って感じかな」
「そうしましょう! つむぎ、何がいい?」
「マツウラさんに任せるよ」
「じゃああれね! 一度飲んでみたかったの!」
と、マツウラさんが指した先にはタピオカミルクティーの文字。おー、なんか流行ってるらしいのは知ってたし、街を歩けばタピオカ屋に当たるって感じだったけど、実際に飲んだことはなかったのだった。
「いいね。あれにしよっか」
よく考えたらジュース買ったところだけど、まあ細かいことは気にしない。
あたしは缶をトートバッグに入れて、マツウラさんとふたりで行列に並ぶことにしたのだった。
「ついに初タピオカよ! お先にいただくわね!」
そう言ってマツウラさんは無邪気に太いストローをくわえる。
え、ちょっと待って。いま気付いたけど、今日もまた間接キスではないか!!!??
しかも、前回のようなペットボトルのお茶というのとは訳が違う。こう、ストローって口内が密着する面積が大きくない!?
いや、でも既に間接キスは済ませた(?)あたしたちだ。こんなこと気にしているようではいけない。
「あー、とっても甘くておいしいわね! タピオカももちもちしてていい感じだし! あら? つむぎ、ひとりで頷いてどうしたの?」
「いやいや!! なんでもない! おいしそうだなあと思ってさ!」
「そうなの! さ、さ、つむぎも飲んでみて!」
あたしはマツウラさんからカップを受け取り、思い切ってストローを口に含んだ。
甘い! で、全然タピオカ出てこない!
「全然タピオカ出てこなくない?」
「そう? わたしはけっこう出てきたけど」
「コツがあんのかなあ……。でも、あんまり吸うとミルクティーの部分だけ飲み干しちゃいそうで嫌だし……」
「別に大丈夫よ! 頑張って食べてみて!」
「うん」
あたしはマツウラさんの声援に押され、もう一度トライする。タピオカが集まっている部分にストローの先端をやり、啜る。
「みっつくらい出てきた」
「少ないと思うわ! どうしよう。わたしだけたくさんタピオカを食べちゃうことになったら……」
「それこそ別にいいよ。いっぱい食べて」
「そういうわけにはいかないわ! このもちもちを平等に味わわないと! たぶんさっき、わたしは六つくらいタピオカを食べたから、次はなるべく食べないようにするわね!」
「ま、まあ無理のない範囲で……」
あたしはマツウラさんにカップを渡す。
「いっこだけ啜ったわ! つむぎは四個以上啜ってね!」
「オッケー。頑張るよ」
カップを受け取り、あたしは再びストローで息を吸った。たぶん、ストローの先端を底面に密着させすぎていたのが問題なのだ。マツウラさんを見ていると、もっと肩の力を抜いて吸っているような気がする。
それを意識してみると、やはりうまくいく。
「やった! 六ついけたよ!」
「すごいわ、つむぎ! じゃあ次は、ふたつを目標にいくわね!」
「うん! 頑張って!」
「何やってんの、ふたりとも」
「わあああ!」
謎に盛り上がり始めて周りが見えていなかったので、突然に声を掛けられてびっくりする。
声のした方を見ると、玉せん(エビせんべいなどに目玉焼きなどを載せ、ソースなどをかけて挟んだ名古屋名物だ)を頬張る百合中さんが不思議そうな目でこちらを見ていた。
「い、いや、決してやましいことはしてなくてですね……」
「知っとるわ」
「タピオカを半分こしようと頑張ってたの!」
「ふうん。やっぱけっこうふたり、仲いいよね」
百合中さんは目を細めてこちらを眺める。なんか見透かされてるみたいでたまに怖いんだよこの人~。
「百合中さんは用事終わったの?」
「うん。ちょうど連絡しようとしてたとこ。うぉーちゃんたちも、もうちょっとしたら合流できるみたい」
「あっ、ならわたしはこのへんで失礼するわね」
と、立ち去ろうとするマツウラさんの肩を百合中さんはがっしりと掴む。
「松浦さんも、せっかくだから三人でお話ししようよ。祭りだからさ、MATSURI」
「そ、そうね……」
百合中さんの迫力に押されて、マツウラさんはこちらに戻ってきた。
マツウラさん、基本的にあまりクラスの人と打ち解けてないからな……。これは珍しいパターンだ。
文化祭でにぎわう学校の片隅、特に顧みられることはない木の下であたしたち三人は向かい合う。
文化祭にいまいち乗り切れていないマツウラさんとあたしと、文化祭のことめっちゃ冷静な目で見てそうな百合中さん。その三人がこうして少しはみ出しながらダベるのも悪くないかなとは思うんだけど、いかんせんどんな話題になるのか全く想像がつかない。
「こういうときの話題といえば決まってるよね」
と思っていた矢先、百合中さんがブチかます。
「そう! もちろん恋バナ!!!!!」
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