33 アボカドの食べどきって分かりにくくないですか?

「ちょっと待っててね、つむぎ♪」


 そう言って制服にエプロン姿のマツウラさんは台所に消える。


 かわいい。天使か?


 最近、エプロンがないと不便だということに気づき共用で買ったのだが、あたしが怒涛の押しでマツウラさんに似合うものをチョイスしたのだった。その甲斐あって、マツウラさんの超かわいいエプロン姿が隔日で見られる。


 まあ、あたしもけっこう似合ってるとは思うけどな! マツウラさんもかわいいって言ってくれたしな!


「それにしても、大変なことに気付いたとか言うからびっくりしたよー」


 鳴早さんとのカラオケの帰り道、マツウラさんが元から大きな目を見開いて言うものだから、本当に何事かと思った。


「夕飯のことを何も考えてなかったんだから、大変なことでしょ? お米も炊いてなかったし」


「おっしゃる通りですが……」


 確かに、今からお米を炊いていたらいつもの晩ごはんの時間より大幅に遅くなってしう。あたしは全然良いんだけどね。


「でも、お米炊くだけなのにどうしてエプロン付けてるの? すぐ脱ぐでしょ」


「ご飯を炊くのに気合を入れようと思って!」


「やる気あるんだかないんだか分かんないな」


 とはいえ、気持ちは分かる。


 お米を炊くのって、炊飯器という文明の利器を以てしてもかなりめんどくさい。こう、なんていうか、そこでワンクッション必要なのかよ! という絶妙な面倒くささがあるのだ。


 そして一度エプロンを着てしまえば、脱ぐまでに何か家事的なことをひとつはやらなければという気になる。エプロン着てすぐに脱いだら意味わかんないし。


 というわけで、マツウラさんは炊飯するために一旦エプロンを着るに至ったのだろう。


「さすがつむぎね! わたしのことをよく分かってるわ!」


「まあ、あたしも同じようなこと思うし」


「似た者同士ってことね!」


 そう言ってマツウラさんは笑う。


 似た者同士、か。あたしとマツウラさんは似ているのだろうか。分かんないけど、どうなんだろ。恋人同士とか夫婦って似てる方が続くのかな。逆に続かない? って、何考えてるんだ、あたし。


「あら? 顔が赤いわよ?」


「外が暑かったからかも」


 そう言って誤魔化して、あたしは机に向かう。今日の宿題ってなんだっけ?


 一通り宿題と明日の予定を確認して台所の方を向くと、マツウラさんがエプロンに絡まっていた。


「づむぎーーー。だずげでー!!!」


「何をしたらそんなことになるの!?」


 手を上げた体勢で布が頭を隠したその様子は、さながらピラミッドの壁画に現れるメジェド神だ。


「ボタン外すのが面倒だったからー」


「そのくらいきっちりやりなよ」


 あたしはマツウラさんに近づき、エプロンの肩紐をつまんで絡まりを解いてゆく。


 身体と身体が、近い。


 勢いで抱きしめそうになるのを必死に我慢して、最後のステップに入る。


「じゃあバンザイしてくださーい」


「はーい」


 バサッ、とエプロンを取り去ると、マツウラさんの顔が思いのほか近くにあって、ときめく。


「ありがと、つむぎ♪」


「どういたしまして」


 そう言ってあたしは、エプロンの皺を伸ばすふりをしながら赤くなった顔を隠すのだった。



 ご飯が炊ける頃になり、マツウラさんは再びエプロンを来て台所に戻った。

 どういう献立にするのか気になり、こっそり(する必要もないのだが)様子を見守る。


 マツウラさんは丼にご飯を乗せ、鍋を沸騰させている。彼女が鍋に入れたのはなんと、トマトのバスタソースの袋だ。


「ご飯なのに!?」


「えっ!?」


 つい声に出てしまって、マツウラさんを驚かせてしまう。


「ごめんごめん、何作ってるのか気になっちゃって」


「もう、仕方ないわねえ、つむぎは」


 マツウラさんはそう言って小悪魔的に笑うと、ふたつの丼を持って居間までやってきて、それらをちゃぶ台の上に置いた。


「それで、これを載せて……」


 マツウラさんが冷蔵庫から取り出したのは、残っていたピザチーズだ。それを炊きたてのご飯に載せると、チーズがゆっくりと溶け出す。


 チーズ、ご飯、トマトソース。

 そのときすべてのピースが繋がり、私に献立こたえを告げた。


「分かった! タコライスだ!」


 タコスの丼版ことタコライス。小さい頃は、蛸飯たこめしのことだと勘違いしてたっけ。


「正解! ここにアボカドも載せちゃうわよ!」


 冷蔵庫からアボカドを取り出すと、包丁で切れ目を入れ始めるマツウラさん。


 1週間ほど前に買ったものだが、色は綺麗な緑色をしている。あ、もしかすると……。


「あれ、なんだか固いわね、このアボカド」


 止めようと思ったのも遅く、マツウラさんはアボカドに切れ込みを入れ始めている。


「気を付けてね」


「ええ!」


 アボカドの側面にぐるっと切れ込みを入れたマツウラさんは、両端からアボカドを引っ張る。


「あれ、いつもならここでスポっと抜けるはずなのに、抜けないわ?」


「もしかしたらまだ熟してなかったかもしれないね」


「ええ!? 買って1週間も経ってるのよ!?」


「アボカドって、売ってるやつの熟れ具合の幅が大きいんだよね……。貸してみて?」


 言って、アボカドを受け取る。

 がっしり握って引っ張るが、びくともしない。


 包丁を手に取り、間に入れて、てこの要領で力を加える。徐々に隙間が開き、包丁を置いてもう一度思い切り引っ張る!


「できた!」


「さすがつむぎね!」


 だが、食べられるのだろうか、これ。


 種の無い半球には、種の薄皮がひっついている。いつものオイリーな様子とは大違いだ。


 マツウラさんが持ってきていたスプーンを実に突き刺す――が、びくりともしない。


「これ、駄目かも。切っちゃったし、諦めた方が良いかな」


「なんてことなの!? 他に方法はないのかしら?」


「どうなんだろ……」


「たとえば、茹でてみるとか!」


 そう言ってマツウラさんは小さなフライパンで水を沸かし、そこにアボカドを突っ込む。うーむ、やったことないけど、どうなるんだろ。


「全然柔らかくならないわね……。森のバターってよく言うけど、バター感が全然ないわ……」


「案外違うもんなんだね……」


 まあ、木にぶら下がってるものと動物の乳を加工したものじゃ、そりゃ違うか。と、当たり前のことに納得してしまう。


「とりあえず引き上げてみましょう」


 マツウラさんは湯からアボカドを取り出し、小さなザルに移して冷水で洗う。そして、再びスプーンを突きたてる。


「駄目だわ。歯が立たない。さっきよりはちょっとだけ削れたけど……」


 そう言って、その欠片を口に含んだマツウラさんは顔をしかめた。


「うーっ! これは駄目ね。申し訳ないけど、バイバイしましょう」


「だね」


「ごめんなさい、食材を無駄にしちゃって」


「仕方ないよ。次から気を付けよう。あたしも気を付けるし」


「うう。ごめんね、アボカドさん」


 そう言ってマツウラさんはアボカドを三角コーナーに入れたのだった。



「というわけで、夕飯は『ご飯にチーズとトマトソースをかけたもの』になりました!」


「いえーい! って、これもタコライスって呼んでいいんじゃない?」


「冷静に考えて? ご飯にチーズとトマトソースをかけたものをタコライスと呼んだら、タコライス組合の人が怒ってくると思わない?」


「どうだろうね」


 ていうかタコライス組合ってあるのか?


「それに、見た目も悪いし」


「そんなことないよ! 赤くておいしそうだよ!」


「リンゴじゃないんだから!」


 珍しくマツウラさんがノリノリでツッコんでくれる。最高か?


 それはともかく、ふたり並んで手を合わせる。


「「いただきます!」」


 スプーンを手に取り、ご飯にトマトソースを絡めて、一口。


「けっこうおいしい!」


「ええ! ご飯にトマトソースをかけた味ね!」


「そこにチーズの味が加わってる!」


「確かに!」


 あまりにシンプルすぎる味の構成に、感想もシンプルになる。でも、おいしいのは確かだ。


「いやー、良かった良かった」


「これ、キャベツの千切りとかそれこそアボカドとか入れたら、絶対にもっとおいしくなるわね」


「あー、良いね、それ!」


「こんどリベンジするわね!」


「うん。楽しみにしてる」


 おなかいっぱいになって、ふたりでゴロゴロ転がりながらスマホを眺めるなどの作業にいそしむ。百合中さんの投稿、相変わらず面白いな。


「うーむ」


 笑いを堪えるあたしの隣で、マツウラさんがなにやら心配そうな唸り声を上げた。


「どうしたの?」


「特になんでもないのだけれど……。最近、お父さんから連絡が来ないのよね。いつも、大丈夫!? って来るから、大丈夫! って答えてるのだけど、お父さんの方が大丈夫かって感じよ」


 そういえば、マツウラさんのお父さんはマツウラさんのお母さんに恐れをなして家出して消息不明だけど、複数の海外のサーバーを経由してメールだけは送って来るって前に言っていたっけ。


「それは心配だね」


「そうなのよ。まあ、お父さんに関しては滅多なことはないはずなんだけど」


 そう言いつつ、マツウラさんは脚を広げて片脚をあたしの脚の上に載せる。わざとなのか!? それはわざとなのか!?


 と、そんな興奮の中で、あたしは経験上何かまた一波乱ありそうだなと思い始めているのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る