32 カラオケって気を遣うこと多くないですか?

「えーっと、どうしようかしら! あゆむ、先に入れてちょうだい!」


「えー、あたしも迷ってんだけど。でもこの映像もう3回くらい見たし、早く入れてーんだよなー」


 そう言って、鳴早さんは全然聴いたことのないボカロ曲を入れて歌い始める。


 カラオケも一通り盛り上がり、次の曲選びにも少し時間が掛かるようになってきた。

 あたしは刑事ドラマの主題歌とかでなんとかつないできたが、そろそろ弾切れだ。まあ、次の曲くらいはあるけど……。


 鳴早さんの美声を聞きつつ、タブレットを操作してマツウラさんにパスする。

 マツウラさんの選曲もだんだんよく分からないことになってきて、さっきから洋楽の曲を入れては歌えないというのを繰り返している(かわいい)。


 あー、喉乾いてきた上にトイレ行きたくなってきた。


 あたしは三人分のドリンクのグラスを確認しつつ、考える。


 あたしのグラスは空。鳴早さんのグラスもほとんど空で、マツウラさんのグラスには3割くらいのジュースが入っている。


 こういうとき、他の人のも入れるべきかいつも迷うんだよなあ。


 2人しかいないのなら、別についでに入れてくるのも苦じゃないんだけど、みっつもコップを持つのは正直めんどくさい。


 かと言って、鳴早さんのジュースが空になっているのを無視して自分のだけ入れに行くってのも薄情か? いや、鳴早さんはそんなの気にしないだろうけど。


 でも、鳴早さんのジュースを入れるならマツウラさんのも入れてきてあげたいしな……。


 ていうか、思ってた以上にトイレ行きたいな。


 優先順位的にはトイレだ。鳴早さんの次にあたしが歌い終わって、とりあえずトイレに行く。で、帰ってきたそのタイミングでジュースを入れに行くべきだな。


 いや、でもそうするとあたしがマツウラさんの歌唱をどうでもいいと思ってるみたいか? 決してそんなことはないのだが!? マツウラさんの歌を聴かずにトイレに行くのはかなり苦渋の決断なのだが!? かと言って、マツウラさんの歌の後半だけでも聴くためにジュースを諦め、次のタイミングを見計らってジュースを入れに行くのも落ち着きがない気がするし……。


 あー、ほんと。めんどくさいな、あたしっていう人間は。


「ツムギ、イントロ始まっ太郎だが?」


「あっ、ほんとだ!」


 とりあえず、あたしは自分の歌を懸命に歌うことにする。喉が枯れてきたぜ。




 トイレから戻り、ボックスの扉を開ける。うん。三人分入れてこよう。そうしよう。


 そう覚悟(?)を決めて、ノリノリで歌っているマツウラさんの前を横切る。


「ごめん、ちょっとジュース入れてくるね! ふたりのも……」


「あ、じゃあウチも行く! アマネは?」


「ありがとう、カルピス!」


「ういー」


 そう来たか……!


 鳴早さんは一瞬で立ち上がると自分の分のグラスとマツウラさんのを手に取り、扉に向かう。あたしも押されるようにして外へ。


 あたしは謎の敗北感とともに鳴早さんと並んで廊下を歩く。


「なんかジュースを入れに行くタイミングって、迷うよね」


「そう? その場のノリで良くない?」


 うう……。鳴早さんのそういうとこ、好き……。


「アマネって変なとこで気ぃ遣うよね。もっと適当で良いって!」


「それができたら苦労しないんだけどね……」


 良い奴すぎるだろ、鳴早さん……。


 こんな良い人がもしマツウラさんのことを本気で好きだとしたら……。

 またそれを考えて、少々アンニュイな気分になる。


 

 

 鳴早さんに同居のことがバレたのは、完全に成り行きだった。

 

もともと、マツウラさんはかなり鳴早さんに心を許しており、スーパーに行く途中に会話したとき(よく事情は知らないが、久々の会話だったらしい)、ポロっと出たマツウラさんの一言からズルズルとマツウラ母との対決のことなども説明することになり、同棲しているのももちろんバレてしまったのだった。

 

 でもまあ、鳴早さんは「やるじゃんアマネ」くらいのもんで、特にショックを受けた様子などもなかったのだけれど、それが逆に引っ掛かってもいる。


 あたしが女だから油断している?


 そうだとして、もしあたしがマツウラさんに恋していることを知ったら……。

 鳴早さんがマツウラさんのことを好きだとして、その気持ちをあたしが知ってしまったら、あたしは彼女に負い目を感じなくてはならない。


 鳴早さんを裏切りたくないという気持ちが、あたしには確かにあるのだ。


 ていうか、そもそもマツウラさんに本当の気持ちを打ち明けないまま同棲しているのも完全にアウトだし……。いや、この前大好きだって言ったけどさあ。それもマツウラさんは、そういう意味には取ってないだろうし……。


「え、大丈夫、アマネ。そんなにジュースで迷うことある?」


「いや、深刻な問題だよ、これは」


「パねえ。ウチもそんくらい真剣に人生やっていかなきゃな。まあドリンクバーではコーラしか飲まねえけど」


「かっこいい……。バーではマティーニしか飲まなさそう」


「だからスケバンじゃねえって! いや、スケバンってそういうんじゃねえだろ! たぶん!」


「あたしもよく分かってないけど……」


「まあ、とりま飲みたいやつ飲むべきっしょ」


「じゃあ、カルピスかなあ」


「おそろじゃん。アマネと」


「あ、ホントだ。違うのにしよっかな」


 全然気付いてなかった。


「いや、その必要はないでしょ」


「確かに」


 あたしは何に遠慮してるんだ、ほんと。


「でもホント、アマネってかわいいよな。前から可愛かったけど、この前ひさびさに会って、もっと可愛くなっててびっくりした」


 まあ、マツウラさんは1秒ごとに可愛くなってるから当たり前だが?


「え? 無言!? そう思わん?」


「いや、マツウラさんの可愛さはこういう男子中学生的な会話で消費してはいけないものだから。そういうのじゃないから。もっと神聖なものだから」


「え、怖……」


 ヤバい。ついついガチになってしまった。鳴早さん、ガチで引いてるし。


「いや、確かにかわいい。本当にかわいい」


 これは素直な感想なので、いくらでも言える。


 ただ、油断したらいくらでもマツウラさんを賛美する言葉が飛び出しそうなので、無理やり堪えなくてはならない。


「ほんとそれな! マジで結婚したいくらいかわいいわ」


 その言葉に、あたしの脳は一瞬で飛びつく。


「結婚したい『くらい』、なの!? そういう、程度の大きさの表現だったの!?」


「え、他になんかある?」


 あっけらかんとした調子で鳴早さんは言う。


 良かった~!

 本当に結婚したいわけじゃなかったんだ……。


 そりゃあ、人類は全員、マツウラさんを目にしたらその可愛さを讃えるための自分なりの最上の表現を探すであろうことは必至なわけで、それが鳴早さんにとっては『結婚』って表現だったというだけだったんだ……。


 あたしは安堵のため息を漏らしつつ、その場でカルピスを一気飲みする。


「え、そんな喉乾いてたの?」


「そうかもしれない」


 もう一度ドリンクバーでカルピスを補給しつつあたしは応える。いやー、ほっとした。


「じゃあ戻ろっか。帰りはそれ、持つよ」


 あたしは鳴早さんの片手にあるカルピスを見て申し出る。


「いや、いいよ。どっちがどっちか分かんなくなっちゃうでしょ」


 そう言って、鳴早さんは、そそくさと歩き出すのだった。




「おっしゃー! 最後にもっかいシャルル歌うから!」


「「いえーい!」」


 そんなよく分かんないテンションになりながら、あたしたちは最後の力をふりしぼる。

 普通に明日の学校に響きそうなくらい疲れてしまっている。


「ありがとうございましたー!」


 歌い終わり、ダブルアンコールをやり切った人よろしくマイクを置こうとした鳴早さんは、そのマイクをなぜかあたしに渡した。


「最後、アマネとデュエットしてよ! なんか聴きたいし!」


 ま、マツウラさんとデュエット!?


 ストイックにひとり一曲で進んでいたこのカラオケでは、マツウラさんと一緒に歌うことなんて想像もしていなかった。


 なんか、大丈夫!? 18禁になったりしない!?


「良いわね! じゃあ、これなんかどうかしら!」


 そう言って、マツウラさんはタブレットの画面を見せてくる。

 うむ。あたしたちが子どもの頃に流行したアニメのテーマソングだ。ぜんぶは歌えないかもしれないけど、サビはハッキリ覚えている。


「おっけ。それにしよっか」


「決まりね!」


 そう言って、マツウラさんは機械に向かって送信ボタンをタップした。

 この、きっちり本体の方向に向かってタブレットを向けるのも最高にかわいいのだが!? ああ!?


 イントロが鳴り響き、マツウラさんがAメロを歌い始める。

 あたしはそれを聴きながら、徐々にメロディを思い出してマツウラさんに続く。


 あー、気持ちいい。


 そういう意味じゃないけど、ほぼそういう意味かもこれは。

 マツウラさんから出た歌とあたしの歌が、中空で絡み合って、ひとつになって。


 ふと、あたしは鳴早さんを見る。


 ギャルは楽しそうに同じメロディーを口ずさんでいる。


 いや、やっぱりこれはそういう意味じゃない。


 そういう意味かもしれないけど、とにかく、意味なんて、重要じゃなない!!


 あたしはいつのまにか、鳴早さんにマイクを向けていた。

 少し驚いた表情の彼女は、すぐに愉快そうに笑って、マイクに口を近づける。

 あたしも同じように口を寄せて、歌う。


 3人の歌声が室内に響き、ひとつになり、強くなる。


 あたしたち3人は互いに顔を見合わせて歌っていた。

 今日一番の盛り上がりの中で、かすれた声を必死に絞り出して、あたしたち3人のためだけに歌っていた。


 最後のサビが終わって、その奇跡のような瞬間を振り返ることもせず、あたしたちは笑い合う。


「あー、楽しかったわね!」


「うん。楽しかった」


「サイコー」


 そうして、マイクの電源を切る。


 飲み干したカルピスは、たぶん、今まで飲んだ中で一番おいしかった。




「じゃねー! また適当に連絡するか、校門で待ってるから!」


「いや、校門で待つのはやめて!?」


「えー別にいいじゃん」


 あたしの言葉に、鳴早さんは頬を膨らませる。


「だって、行き違いになるかもしれないし……」


 あたしがそう言うと、ギャルはニッと顔をほころばせた。


「りょーかい」


 それだけ言うと、鳴早さんはそそくさと立ち去る。


「まったく。あゆむはいつも変わらないわね」


「ちっさいときからそうなの?」


「まあ、あんなにギャルではなかったけどね」


「くふっ。そうなんだ」


 マツウラさんから出た「ギャル」という言葉がなんだかおもしろくて、あたしはつい吹き出してしまう。


「えー、何よつむぎー!」


「なんでもないよ」


 そうして、ふたりで家路を歩く。

 ふたりだけの、いつもの道。


「ちょっと待って、つむぎ」


 が、そこでマツウラさんは目を見開いて立ち止まった。


「大変なことに気付いてしまったわ!」

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