31 夏、終わるの早くないですか?

 いや、9月なのにちょっと暑すぎない?

 教室から外に出た途端、その熱気にげんなりする。


 こっから帰んなきゃいけないのか……。


 夏休みも終わり、始業式からもしばらく経った。

 まあまあ涼しくなってきたし、そろそろ学校生活? とかもいっちょやっていきますかと思っていた矢先、この暑さはちょっと無い。


 そんなふうに頭の中で文句を垂れ流しつつ、足は自動的に下駄箱を経由して駐輪場へと向かう。

 それにしてもホント、夏休みマジで一瞬だったな、一瞬。


 おおむね、楽しい夏だったと思う。


 別にまあ、何をしたでもない。お金もないし、海にもユニバにも行かずにほぼ図書館で過ごしていたけれど、マツウラさんと一緒だったらそりゃあもちろんなんでも楽しい。

 実家に(例によってマツウラさんと一緒に)帰ってゴロゴロして映画観に行ったりもしたっけ。


 ニュースを見て、世の中には本当に凄惨な事件というものがあるのだと気付いて、自分の楽しいという感情の置き場にふと迷うようなことは、たびたびあったのだけれど。


 自転車を押しながら校門に向かう。


 ん? なんか校門を出る生徒の“流れ”おかしくない?

 微妙に何かを避けて空気が流動するような感じで、制服姿の人たちが目を泳がせている。


 なんだろ……。


 あたしは多少のことには動じない覚悟を持って校門を通り過ぎる。と、そこには仁王立ちでガンを飛ばしまくるギャルがいた。どっからどう見てもギャル。完璧なギャル。


 比較的校則がユルい我が校といえど、こんなギャルはいない。ていうか制服違うし。

 あたしは他の生徒たちと同じくギャルをガン無視して通り過ぎようとするが、まあそういうわけにはいかなかった。知り合いだし。


「ちょっとツムギ!! なんで無視するわけ!?」


「いや、番長との対決なら邪魔しちゃいけないなと思って」


「いやいや、ギャルとスケバンはちげーんだよ!」


「じゃああれだっけ? サマーキャンプ? みたいなやつに入ってるんだっけ?」


「そうそう、飯盒で炊いた米ってちょっと焦げたとこがうめーんだよな……ってサマーキャンプじゃねえ! カラーギャングだ! って、違う違う! カラーギャングにも入ってねえよ!」


 ギャルはあたしのボケに完全に期待通りのツッコミを披露してくれる。しかも全然余裕のないところがカワイイ。


 鳴早なるはやさん、おもしろすぎでは。


「まあいいや! アマネが来たら遊び行こうぜ!」


「遊びに行くってどこへ……」


 鳴早さんがあたしたちを急に遊びに誘うのにも慣れてきたけれど(そういえば夏休みに起きた変化にはそれもあったっけ)、校門前で待たれていたのは初めてだ。

 通り過ぎる生徒たちは、あたしたちの会話を物珍しそうに眺めている。


「カラオケだよ、カラオケ!」


「カラオケかあ……」


 あたしがついつい渋い声を出してしまったとき、後ろから天使の声が聞こえてきた。


「あら、つむぎ! それにあゆむも!」


 あたしはマツウラさんが呼びかける順序で自分が先んじていたことを耳ざとく確認して安堵しつつ、振り返る。


 いやー、毎日マツウラさんはかわいいね。


 こんなかわいい存在の寝起きの眠そうな顔を毎朝見ていることに相変わらずあたしは新鮮な喜びを感じ、ついついにやけてしまいそうになる顔を気合いで硬直させる。たぶんポーカーとかやらせたらめっちゃ強いんじゃね、あたし。


「どうしたのかしら、こんなところで立ち止まって」


「アマネを待ってたとこ! カラオケ行こ! あと結婚しよ!」


「カラオケ! 良いわね!」


 マツウラさんは鳴早さんのプロポーズをガン無視してカラオケの方にだけ反応する。この光景にも慣れてきたものの、やはり心臓に悪いことには変わりない。


 鳴早さんもよくめげないなあと思うものの、それをあたしが言ったらなんか違うような気がして、こういうときは黙ることにしている。


「ぐっふ……。アマネのそういうとこ、良いよね……」


 対して、鳴早さんはなぜかちょっと恍惚の表情だ。めげないとかそういう問題じゃないのか? もしかして。


「でも正直、カラオケ行くお金があんまりないというか……」


 あたしは素直に問題点を鳴早さんに告げた。まあ鳴早さんに限って、それで気を悪くするということはないだろう。

 この夏であたしが学んだことのひとつは、鳴早さんがめっちゃ良い子ということなのだ。


「もち、そんくらい考えてるって! これ見てみ!」


 そう言ってギャルはスマホの画面をあたしたちの前に突き出す。

 そこには、ルーム料金90%オフの文字。


「友達登録したら当たったの! これだったら大丈夫じゃない?」


「おお、確かに」


 頭の中で料金を概算し、ついついそう呟いてしまう。

 あたしはどうやら、三人でカラオケに行きたいみたいだった。



「っしゃー! 広い部屋空いてて良かった~!」


 ドリンクバーで汲んできたジュースを机に置きながら、あたしたちはそれぞれの位置に腰を下ろす。マツウラさんが一番入り口側、その隣にあたし、一番奥に鳴早さんという位置関係だ(別にふたりを隔てようという確固たる意志があったわけではない)。


「じゃあウチ一番いっていっすか!」


 言うなり鳴早さんはシャルルを入れて、選曲用のタブレットをあたしに渡した。

 あたしもまあ、十八番(と言うほどでもないが)の曲を入れ、マツウラさんにタブレットを回す。


「ありがとう、つむぎ♪」


 うう……。笑顔が眩しすぎるのだが……。あたしは何もお礼を言われるようなことしてないよ……。


「マ、マツウラさん冷房寒すぎない? 大丈夫?」


「ええ、大丈夫よ? とっても暑かったから気持ちいいくらい」


「そ、それなら良かった」


 なんかめっちゃテンパって謎の配慮を見せてしまう。家では勝手に設定温度を変え合ってなんならちょっとやりあってるくらいなのに……。やっぱり、第三者がひとりいるだけで全然雰囲気が違うというか、なんというか。


 いや、第三者っていうのも傲慢かもしれないけどね!? 鳴早さんは友達だし……。


 あたしは気持ちよさそうに立ち上がって歌っている鳴早さんを見る。スカート短くない!?


 それはそうと、ちょっと前まではこの人とこんなふうにカラオケに来るようになるなんて、あまつさえ友達と認識するようになるなんて思ってもみなかった。本当に。


 マツウラさんのお母さんとのちょっとした面談が終わったあと、穏やかな気持ちでスーパーへ向かうあたしたちの目の前に突然現れたギャルは、自分のことをマツウラさんの許嫁と名乗った。


 でまあ、ふたりからよくよく話を聞いてみると、彼女がマツウラさんの許嫁という話は本当らしい。それもどうやら、双方の親戚同士が相手の跡継ぎを男と勘違いしていたというベタな(?)理由によるみたいだ。


 まあ確かに、アマネもアユムも男の子の名前にも聞こえるっちゃあ聞こえるかもしれない。


 その許嫁うんぬんの話は勘違いが明るみになるとすぐになくなったらしいし、そもそも全部おじいさんとかが勝手に言ってただけらしくて、両親のレベルでは許嫁にするつもりすらなかったとかなんとか。


 だが、鳴早さんは今もマツウラさんのことを許嫁として意識している。らしい。


 そのへんの機微はあんまり分かんないんだけど、深く突っ込めないというか、なんというか……。


「あざーした!」


 満員のホールを前にした歌い手よろしく両手を広げるギャルに拍手を送る。

 隣のマツウラさんを横目で見ると、彼女も嬉しそうにぱちぱちと手を叩いていた。


「やっぱりあゆむは歌が上手ね!」


「めっちゃカラオケ来てっかんね」


 マツウラさんに褒められた鳴早さんは嬉しそうに笑う。

 そう! その笑顔! その笑顔の意味を教えて!!


 悶々とした気持ちのあたしをよそに、鳴早さんはマイクを目の前の机上に置いた。

 その位置――!


 あたしは瞬時に脳みそをフル回転させる。


 この部屋に用意されたマイクは2本。部屋に入った瞬間、鳴早さんはその両方のビニールを取って机に置いた。1本は今、彼女が自らの目の前に置いたもの。もう1本はあたしの目の前、ややマツウラさん寄りに置かれたものだ。


 つまり、鳴早さんはマツウラさんとあたしがマイクを共用することを前提としている!


 そうなのだ。そのへんが分からないのだ。


 もし、鳴早さんが本気でマツウラさんのことが好きなら、あたしとマイクを共用することでマツウラさんとあたしの間接キス(間接キスではない)を防ごうとするのではないだろうか。


 それをしないということは、鳴早さんがいつも言っている「アマネ~! 結婚しよ~!」みたいな言葉は、ただの許嫁ジョークと受け取ってしまって良いということではないだろうか……。


 でも、もしかしてそんな嫉妬深い人間は世の中であたしだけで、あたし以外の人間はガチ恋している人が他人と間接キスしていたところで別に気にしないのか!? などなど……。


 そう。鳴早さんと出会ってから、あたしにはこういう自問自答が多い。非常に多い。


「ちょ、ツムギ! イントロ始まってっから!」


「わっ、ぼうっとしてた!」


 そしてあたしは、スムーズに右手でマツウラさんの近くにあったマイクを手に取る。

 ズキン、と、分かるか分からないかくらい少しだけ胸が痛む。


 あたしは歌うことで、そのモヤモヤを発散する。


 明らかに鳴早さんより歌が下手なことも、そもそもマツウラさんに歌っている顔を見られるのがめちゃめちゃ恥ずかしいことも、すべて吐き出すためになるべく大きな声を出す。


 そんなふうに気持ちよく歌ってたら、一瞬であたしの曲は終わってしまった。

 カラオケおもしれ~!


「つむぎー! 良かったわよ~!」


「ガチのロックを感じた!」


「ども……」


 あたしは照れながら、マツウラさんにマイクを渡す。


「ありがとう♪」


「ども……」


 うう……。マツウラさんの唇が、あたしの唇(がさっきあったところ)に……。

 ていうか、マツウラさんマイクと唇の距離近くない!? 本格派の歌手なの!?


 ああ、ダメ。可愛すぎてダメ。


 唇が何かに触れようとして触れない様、ちょっとダメこれは。


 あー、しかも歌い方かわいい。ちょっと音痴なのも最高すぎる。ところどころ外しながらそれを全く気にすることなく一生懸命歌ってるの可愛すぎるのだが!?


 で、あたしはこっそりと反対側の鳴早さんの方を盗み見る。


 彼女の視線も、一心にマツウラさんに注がれている。


 でも歌っている友達をちゃんと応援するのって、ギャル的には普通だろうし(偏見)、そのちょっと余裕のある表情の意味が分からないんだYO!


 いやたぶん、だから大丈夫なんだと思う。


 彼女がマツウラさんに言う結婚っていうのは、本当に冗談で、彼女がマツウラさんのことを好きなのも、単に友達としてで……。


 そう納得するのは簡単だ。

 でも念のため、そこんとこ確認してみたいという思いは、正直ある。


 でも、できないのだ。怖すぎる。


 だって鳴早さんは、あたしとマツウラさんが同棲していることを知っているのだから。

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