28 妹って核心を突いてくることありませんか?
「
玄関前で仁王立ちしてマツウラさんとあたしを待ち構えていたのは、あたしの妹こと朝樹だった。
「いやー、お姉ちゃんの三者面談って明日でしょ? それで、お父さんにお願いして連れてきてもらったの」
「朝樹ちゃん、久しぶりね!」
「ですね! 松浦さんは相変わらずかわいい!」
「ありがとう! でも朝樹ちゃんの方がかわいいわよ?」
「やだなーもー!」
「盛り上がってるとこ悪いけど、とりあえず入ろう」
あたしは朝樹をどけて鍵を開ける。
まあ妹だし遠慮することはないんだけど、中の散らかり具合は大丈夫だったかなと心配になる。
とはいえ、明後日はマツウラさんの三者面談で、彼女のお母さんがお宅訪問に来ることが(執事の木下さんからのリークにより)判明しているので、このまえ細かいところまで掃除しているのだった。問題ないだろう。
「おおー! 以外と広いね!」
遠慮という言葉を知らないようにドタドタ室内に侵入した朝樹は、目を輝かせて部屋中を見回す。
「下の人に迷惑だから、バタバタだけやめなよ?」
「はーい」
朝樹は素直にそう言って、抜き足差し足で室内を移動する。
「ここがお姉ちゃんと松浦さんの愛の巣かー」
「な、なんてこと言うんだ妹よ」
「アイノス? 神話に出てくるお城の名前か何かかしら?」
「確かにありそうだけども!」
たぶん朝樹もあんまり意味とか考えず適当に言ってるだけだろうけど、そんなこと言われたら変に意識してしまうじゃないか……。
あたしは照れを隠すため、先ほど聞きそびれていた質問を朝樹に繰り出す。
「で、三者面談のために前泊するお父さんについて来たんだろうけど、それじゃあお父さんはどこ行ったの?」
「ネカフェに泊まるから朝樹はお姉ちゃんのとこに泊まっといで~って」
「自由度が高い!」
それなら事前に連絡してほしいものだが……。まあ朝樹が泊りに来るくらい、連絡なしでも良いっちゃ良いんだけど……。
「というわけで、今日はここにお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「良い? マツウラさん」
あたしは一応、同居人に確認を取る。
「もちろんよ! 楽しくなりそうね!」
「やったー!」
マツウラさんの言葉に、朝樹は無邪気に喜ぶ。ほんとコイツ、マツウラさんのこと好きだな。まあ、あたしの方がマツウラさんのこと好きなんだけど。
洗面所に列を作って手洗いうがいした後、居間でしばらくダラダラする。
朝樹がベッドの上、あたしがそのベッドにもたれ掛かり、マツウラさんは布団の上という配置だ。
最初は部屋を物珍し気に検分していた朝樹も、なんせ物が少ないのですぐに飽き、今はあたしの漫画を読んでいるのだった。
「朝樹、夕飯何か食べたいものあるの?」
仰向けで漫画を読む朝樹に尋ねる。
光源の確保に苦心しているらしく、体を左右に色々と揺らしながら朝樹は答える。
「えー、焼肉とか?」
「却下」
姉がどういう生活レベルで日々を送ってると思っているんだ。まあ、この前みたいに台所で立ちながらするのも良いけど、なんか3人だと暑苦しそうだしな……。
「じゃあカレー!」
「良いね、それ」
カレーならすぐに作れるし、ひとり食べる人間が増えても調整しやすい。
「マツウラさん、カレーだって」
「それはナイスアイデアね!」
マツウラさんは立ち上がって冷蔵庫まで行くと、中身を確認し始める。
「カレーって何が必要だったかしら?」
「ニンジンと玉ねぎ、ジャガイモ、肉」
「すごい! 野菜は全部あるわね。お肉は、と。あったわ! 薄切りのでも構わない?」
マツウラさんは冷凍庫を開けながら言う。そう言えば、このまえ牛丼もどきを作ったセール肉の余りを冷凍していたんだっけか。
「おっけー。あ、あとルーがいる」
「ルーはないわね!」
「えー、じゃあカレーできないね」
朝樹は漫画を閉じ、ごろんとうつ伏せになりながら言う。あたしの頭に、けっこう激しめに脚が当たる。
「朝樹、世の中には”購入”というシステムがあり、”店舗”というところでそれができるんだよ」
「すなわち?」
「スーパーでルー買ってきて」
「えー、この見知らぬ街で妹をひとりおつかいに!?」
「そうよつむぎ! 朝樹ちゃんが迷子になったらどうするの?」
「あ、マツウラさんがそっち側に……」
「マツウラさん、わたし怖い!」
「ねー、朝樹ちゃん!」
冗談で舌打ちしそうになったが、
「じゃあどうしよう。3人で行く?」
「そうしましょうか。あ、でも自転車がふたつしかないわね」
「あー、確かに。歩いて行っても良いけど、なんか今日歩き疲れたしなあ。どっちでもいいけど、あたしと朝樹で行ってこようか?」
「じゃあお願い。わたしは野菜の下ごしらえをしておくわ」
「うぃっす」
と、話がまとまったところで朝樹の顔を見る。マツウラさんと行きたいと言い出すかと思いきや、朝樹はなんだかびっくりしたような顔をしていた。
「……? どうかした?」
「いや、なんだか本当に夫婦みたいだなあと思って」
「ブフォ!」
あたしは口から息を噴射してその反動で後ろに倒れそうになる。後ろがベッドじゃなかったら危なかった。
「なんだか照れるわね、つむぎ♪」
マツウラさんはそう無邪気に言ってくるが、あたしは気が気ではない。
「そ、そうだね」
あたしはなんとかそれだけ言って立ち上がるのだった。
◇ ◇ ◇
「お姉ちゃん、アイス食べたい」
朝樹が鴨川沿いをサイクリングしたいと言い出したので、少し足を伸ばしてカ〇ートまでやって来ていた。
エスカレーターを降り、かつての姉と同じくフードコートに興奮した朝樹は、目ざとくアイス屋さんを見つけてしまったのだった。
レイン〇ーハットか。岡山では見たことのない店だ。そういえば前、百合中さんがここのアイスを好きだって言ってたっけ。
「良いよ。好きなの選びな」
「やったー! ありがとう!」
はるばる岡山からやって来た妹に、アイスのひとつくらいは奢らなければという気持ちになる。マツウラさん、ごめんよ! とあたしは夕食を準備中のマツウラさんに心の中で謝って、ちゃっかり自分の分のアイスも購入する。
「うーん! おいしい!」
「あんまり急いで食べちゃダメだよ」
席について朝樹とふたりアイスを食べていると、見知った顔がレイン〇ーハットに立ち寄るのが見える。
「百合中さん!」
何たる偶然。百合中さんはこちらに気づくと手を振ってくれる。
「もう、お姉ちゃん。びっくりさせないでよ」
「ごめんごめん」
確かに、朝樹から見れば姉が急に大きな声を出してびっくりしただろう。
「百合中さんって、前にイ〇ンで会った人?」
「そうそう」
確かあのときは、百合中さんと朝樹はほぼ全く交流していないはずだ。
そんなことを考えていると、アイスを買った百合中さんがこちらに近づいて来る。
「寺坂さん、びっくりしたよ。偶然だね」
「ほんとにね。ここのアイス、百合中さんが好きって言ってたんだよね。確かにおいしい」
「あはは。よく覚えてたね。こちらは妹ちゃん?」
「そうそう。明日三者面談だから、お父さんと一緒に来たんだ」
「なるほど。寺坂さんと同じくかわいいわね」
「えへへ。ありがとうございます、百合中さん。寺坂朝樹です!」
「こんにちは、朝樹ちゃん」
いつもお世話になってます――とか、朝樹と一通りの挨拶を終えたところで、百合中さんは眼鏡を直しつつ、ぺろりとアイスを舐める。
「じゃ、あたし行くね」
「え? ゆっくりしてったら良いのに」
「散歩しながら食べるつもりだったから。夏休み中もまた遊びましょう」
「そっか。それじゃあ、またね!」
「うん。また」
百合中さんはあっさりと、あるいは颯爽と去ってゆく。
その背中を見送って、朝樹が口を開いた。
「百合中さんってお姉ちゃんのこと……」
「ん? あたしのこと?」
「ううん。なんでもない」
朝樹は慌てた様子でコーンの最後を口に放り込む。
「えー、何? 言いなさいよー!」
「いや、気に入ってそうだなと思って」
「あー、そうかな。それだと嬉しいけどね」
まあ、嫌われてはないだろうけれど。百合中さんってあたしのこと、どう思ってんだろ。改めて考えると、けっこう謎ではあるのだった。
◇ ◇ ◇
3人でカレー(朝樹のリクエストでジャ〇カレーの辛口だ)を平らげ、順番にお風呂に入って、歯を磨いて。
3人いると、想像以上に時間が掛かって、落ち着いた頃にはもう眠っても良いくらいの時間だった。
「さて、どこで寝よっかな」
朝樹はあたしのベッドとマツウラさんの布団を交互に見る。
「まあ、ここはあたしと一緒にベッドで寝るのがセオリーでしょう」
あたしの妹のせいでマツウラさんが狭い思いをするのは避けなければならない。
「お姉ちゃんがそう言うなら、一緒に寝てあげようかな。マツウラさんと一緒にも寝たかったけど」
「わたしは全然それでも良いわよ!」
「そういうわけにはいかないから!」
あたしはなるべく冷静さを保ちながら言うが、気が気ではない。
朝樹に先に(?)マツウラさんと
「おっけーおっけー」
そう言って、朝樹はベッドの上に転がる。
あたしもその横に寝転がるが、想像していたよりも相当ベッドが狭くなって驚く。
朝樹がもっと小さい頃、寝る前にテレビで怖い話とかを見て眠れなくなったとき、よくあたしの布団に潜り込んできたことを思い出す。
あのときあたしに身を寄せていた朝樹は、相当ちっちゃかったんだなあと思う。なんか朝樹とかずっとあのくらいの大きさの印象だったけど、やはりこの子も大きくなっているのだ。
「松浦さんも三者面談あるんですか?」
そんな長女的感慨に耽っていると、朝樹がなかなかセンシティブな質問を投げかけてくる。
「そうよー。あるのよー。しかも明後日―」
マツウラさんは布団の上でごろごろしながら言う。
「なんかやっぱり、おうちに帰りなさい! って言われちゃったり?」
「まさにそうなの。というか、そう言われることになっているの」
木下さんの一件をしらない朝樹は、マツウラさんの言い回しに首をひねっている。まあこの辺は別に説明することもないだろう。
「で、どうやって対抗するつもりなんですか?」
「「うぐっ!」」
朝樹の質問に、あたしとマツウラさんは同時に変な声を出した。
そうなのだ。成績を高水準に保ったり、部屋を掃除してちゃんと生活しているアピールができるようにしたりと色々作戦は立てているものの、いざ当日マツウラさんのお母さんと対面したときの対策は立てられていない。
というか、立てられない。
「結局、ちゃんと生活して、その生活を続けることを願い出るしか方法がないからね」
「えー、そんなんじゃ『とはいえ、帰りましょう』って言われたら終わりじゃん!」
「さすが朝樹ちゃん、賢いわね……」
朝樹の言うことはもっともだった。でもそれは、もっともすぎて反論の余地のない事実。どうすることもできない――というのは、やはり逃避で。
そこから目を逸らしていたことを、まさか妹に思い知らされるとは……。
「ま、お姉ちゃんならどうにかするって信じてるけどね」
「あはは。ありがと」
そんな無責任で無邪気な妹の言葉が、あたしの心に火を点ける。
マツウラさんとの生活を維持する方策。感情論ではなく、理詰めでそれを考えなくてはならないのだ。
◇ ◇ ◇
「じゃあね、つーちゃん。また帰ってくるとき連絡して」
相変わらず、要所要所で登場し主人公にアドバイスや詩的な言葉を残していくものの最後にラスボスだと判明するアンニュイなイケメンみたいなボイスでお父さんが言う。
「うん、分かった。気を付けてね」
「お姉ちゃん、松浦さん、バイバイ!」
「うう……朝樹ちゃん、いつでも泊まりに来てね!」
翌日。無事にあたしのぶんの三者面談を終え、マツウラさんも交えて一緒に昼食を摂ったあたしたちは、早くも帰宅するというお父さんと朝樹を京都駅まで送りに来ていた。
三者面談の内容は上々。まあ、あたしは昔から先生から見ればなんの問題もない生徒なので、三者面談の内容が上々でなかったことはないのだが。
あたしとお父さんが三者面談に臨む間、朝樹はマツウラさんと新京極あたりをブラブラしていたらしく、M〇VIXの隣のゲーセンでお菓子を取ってもらったと上機嫌だった。
「松浦さーん!」
「朝樹ちゃーん!」
わざとらしく声を掛け合うふたり。この場面、なんか前も見たことあるな。
なにはともあれ、人混みの中に消えるふたりを見送って、バス停に向かう。
「ふーっ。なんだか嵐のようだったね」
「うふふ。本当ね」
「そしていよいよ、明日はマツウラさんの三者面談かあ」
「そうね……。夕方の時間だから、お母さんはお昼過ぎくらいに来るんじゃないかしら」
そんな会話をしつつ、バスに揺られて、歩いて、アパートに戻る。
そこで、昨日の今頃とデジャヴ。
「あれ、誰かいる?」
「まさか……」
廊下に充溢する、圧倒的存在感。
本当の嵐は、もうそこに来ていたのだった。
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