17 コンビニって最高じゃないですか?

「大事な、話?」


「そう。大事な話」


 マツウラさんは真剣な表情で言う。


 ああ、やっぱり聞こえてたんだ。

 そんな諦めにも似た感情が、あたしの中で渦巻く。このタイミングで大事な話とくれば、やはりあの件しかないだろう。


 あたしが眠るマツウラさんにした愛の告白。マツウラさんの『大事な話』がそれにまつわることだとすれば、それがあたしにとって吉報となる未来は見えない。


 詰問に、同棲の解消。そんな不穏な想像が、あたしの頭の中で広がる。

 ゴクリ、と息を呑んで、あたしはマツウラさんの次の言葉を待った。


「く……」


 く? そっか。『悔い改めよ!』の『く』なんだきっと……。

 そうだよね。好きだなんて素振り見せないで生活して、寝てるときに告白するなんて卑怯だよね……。


「くお……」


 くお? くおってなんだ……? 『クオリティーオブライフが激落ちよ!』の『くお』なのか? それ言われたら相当ショックだなあ……。


「クオカードが当たったの!」


 クオカード……クオカードか……。


「ん? クオカード?」


 マツウラさんの口から出たのは、想像もしていない語彙だった。


「そう! クオカード! アプリのキャンペーンでちょちょいと応募したら5,000円分ももらえたのよ!」


 それはすごい。それだけあればマツウラさんのお財布事情もちょっとだけ改善されるだろう。


 ん? でもクオカードって何に使えるんだっけ。


「でね、相談なのだけれど……」


 そしてマツウラさんは、ふたりしかいないのになぜか小声で話し始めるのだった。


◇ ◇ ◇


「辿り着いたわね」


「さあて。存分に楽しませてもらおうじゃないの」


 あたしとマツウラさんの視線の先。

 そこにあるのは、現代が生み出せし遍在する不夜城。


「派手にやっちゃいましょう!」


「望むところだよ」


 そしてあたしたちは、並んで不夜城コンビニに入店する。まあ不夜城とか言って、まだ土曜の真っ昼間だけど。


 鳴り響くジングルをBGMに、マツウラさんが買い物用のカゴを取ってくれる。


「ありがと。コンビニで買い物カゴを使える日がくるなんて、思ってもみなかったよ」


「うふふ。遠慮しなくていいのよ? とは言っても、5,000円までだけれど」


 マツウラさんの相談とは、たまにはパーッとコンビニで買い物してみたいというものだった。


 確かにクオカードは多くのコンビニで使えるし、湧いてきたお金でできる滅多にできない贅沢、という意味では素晴らしいアイデアだと思うのだけれど……。


「でもほんとにあたしも買い物しちゃって良いの? その5,000円、マツウラさんのものなんだよ?」


「なに水臭いこと言ってるのよ! 日ごろのお礼よ、お礼!」


「マツウラさん……!」


 うっかり涙ぐみそうになるが、ここはコンビニ。涙は似合わない。


「まずはインスタントラーメンを見ましょう!」


「好きだねえ」


 マツウラさんに続いて、インスタントラーメンの棚まで向かう。


「な、なんていうことなの! スーパーよりたくさんの種類があるじゃない!」


「あー、確かにスーパーは定番のやつしか売ってないとこが多いからね」


 それにコンビニは限定のコラボ商品なんかがけっこうあったりする。


「いつもおにぎりとパンのところしか見てないから、知らなかったわ!」


 あ、そうか。マツウラさん、昼ごはんを買うのにけっこうコンビニは利用してるのか。

 なんかあまりイメージがなかったけど、あたしよりも来ることは多いくらいなのかもしれない。


「じゃあまずはこの、ハチマキ店長監修、激ウマこだわり濃厚とんこつスープを……」


「いいねー。普段なら買えない値段だねー」


 いくつかインスタントラーメンをカゴに入れたマツウラさんとともに、お菓子売り場に移動する。


「わあ! おいしそうなチョコレートがいっぱいね!」


「確かに、なぜかチョコ系が多いかも」


「じゃあこれとこれと、じゃ〇りこも買いましょう!」


「おっけーおっけー。あとはジュースも買おうか」


 新発売のジュースを物色する。いつもは外したとき悔しいので定番のやつを買いがちなのだが、今日はそんな遠慮をするのも野暮というものだ。よし、これにしよう。


「マツウラさん、カゴ持つよ」


「別に大丈夫よ?」


「いいから。交代」


「分かったわ! ありがとう」


 持ったカゴにジュースを入れ、ついに最終コーナー。本日の昼食とデザートを探す。


「パスタが多いわね!」


「そうだね。あとはうどんとか蕎麦とか、お弁当とか。これにしよっかな」


 あたしは高菜とか小海老とかがいろいろ入ったパスタを選ぶ。


「じゃあわたしはお弁当にするわ」


 そう言ってマツウラさんが取り上げたのは、から揚げとチャーハンが入ったガッツリした弁当だ。


「マツウラさん、基本的にジャンクなもの好きだよね」


「だっておいしいもの!」


 単純明快。かわいい。


「そうだ、こういうの一度買ってみたかったんだよね」


 あたしは弁当とかの並びに置かれたパック詰めの総菜を見る。

 最近あまり魚を食べてないからと、サバの味噌煮をカゴに入れた。

 

 うう。本当にこんな贅沢をして大丈夫なのだろうか?

 我ながら恐ろしいほどの豪遊だぜ。


「つむぎ! デザートはこのびっくりするほどクリームが入ってるロールケーキなんてどうかしら?」


「確かにこりゃあびっくりするほどクリームが入ってるね」


 なんて背徳的なスイーツなんだ……。ぜったいおいしいじゃん……。


 びっくりするほどクリームが入ってるロールケーキをふたつカゴに入れて、とりあえずざっとカゴの中身の値段を計算してみる。


 まだちょっと余裕あるな……。


「雑誌とかも見てみよっか」


「いいわね!」


 雑誌コーナーに赴き、小物の特集とかファッション誌とかを適当に冷やかす。

 一冊くらい買って適当にめくりたいけれど、そうすると購買意欲を刺激されて辛い思いをすることになりそうだ(購買する金がないので)。


 マツウラさんは何を見ているのだろうと目を遣ると、熱心にクロスワードパズル誌を選んでいた。


「好きなの? クロスワード」


「けっこう好き。それに、つむぎと一緒にやったら面白いかなと思って!」


「マツウラさん……!」


 あー、好き。


 毎度のことながら、マツウラさんがあたしのことを考えてくれてるだけで、とても満たされた気持ちになる。


「絶対やろう……!」


「そうしましょう! じゃあこれを1冊買うわね」


 そう言ってマツウラさんはクロスワード誌をカゴに追加した。

 じゃあそろそろお会計をということで、レジに向かう。


 台にカゴを置くと結構な音がして、店員のおじいさん(店長さん?)がびっくりしているのを感じる。ごめんなさい!


 そしてふと横を見たあたしは、大切なものを忘れていたことに気付く。


「すみません! あと、アゲアゲチキンふたつください!」


 レジ横のホットスナック。コンビニと言えばこれは外せない!


「グッジョブよつむぎ!」


 マツウラさんと頷きあう。謎の満足感に包まれるあたしたちを、おじいさんは不思議そうな目で見ていた。




「ふーっ。おなかいっぱいだー!」


「たくさん食べたわね」


 弁当、パスタとサバの味噌煮。そしてアゲチキにびっくりするほどクリームの入ったロールケーキ。それらを平らげたあたしたちは、さすがに満腹だった。


「あー、しかも食器を洗う必要がないのも楽だね~」


「ちゃんと分別はしなくちゃいけないけどね」


 そう言ってマツウラさんは弁当の容器の裏に貼ってある原材料名のシールを丁寧に剥がす。


 うう。最初は分別という概念を教えるところからだったのに(それまで全部使用人の人がやっていたため)、こんなに立派になって。あたしは嬉しい。


「昼からはどうする~」


 あたしはごろんと床に寝転がりながら尋ねる。


「腹ごなしにお散歩でも行きましょうか~」


 マツウラさんもベッドに横になりながら応える。


「そうだね~」


「そうね~」


 駄目だ。全然、動く気になれねえ。


「ってマツウラさん、枕の匂いかぐのやめてよ!」


 マツウラさんはいつの間にかベッドにうつぶせになり、あたしの枕に顔をうずめていた。


「ええ~。いいふぁないふぇつに。いいにふぉいなんふぁし~」


「そういう問題じゃない!」


 でも、良い匂いって言ってもらえて嬉しい。


 あたしは膝でベッドのところまで行くと、マツウラさんの顔から枕を引き抜いた。


「ふふぁっ!」


 マツウラさんは変な音を出しながら顔をシーツに着地させる。

 顔を上げたマツウラさんは、どこかとろんとした顔だ。ご飯を食べて眠いのかもしれない。


「つむぎっ! ちょっと」


 そう言うとマツウラさんは突然あたしに右手を伸ばしてうなじのあたりに触れ、あたしの顔を手前に引き寄せる。


「え、ど、どうしたの?」


 もう少しで、唇と唇が触れてしまいそうな距離。


 彼女はなにも答えないまま、右手にさらに力を入れると――

 あたしの頭頂部の匂いをかぎ始めた。


「くんくん」


「えーと、マツウラさん。いちおう訊くけど、なにしてんの?」


「決まってるじゃない! つむぎの頭が枕と同じくらい良い匂いなのか、かいでみてるのよ!」


 まあ、そうなんだろうなとは思ったけども。


「できればそろそろやめてくれたら嬉しいんだけどな」


 彼女の気配を髪の毛で感じるのは、思ったよりずっと心地よくて。

 無理に払いのけようとは思えなかったけれど、それでもやっぱり、めちゃくちゃに恥ずかしいのだった。


「ふぅ。わたし、つむぎの匂い、大好きだわ」


「またそういうこと言う」


「??」


 あたしは真っ赤になった顔を見られないように、匂いをかがせていたポーズのまま俯く。


「あたしも、マツウラさんの匂い、す、好きだよ」


 言われっぱなしじゃ癪なので、反撃してみる。

 どうせ、あらありがとう、なんてあっさりした対応が返ってくるのだろう。もう分かってるし……。


 そう勝手に拗ねながら待っても、マツウラさんからの返事はない。

 どうしたのだろうと顔を上げると、マツウラさんは真っ赤になって固まっていて。


「な、なんだか自分の匂いを褒められるのって、意外に恥ずかしいわね。ごめんなさい、つむぎ。枕の匂いをかいだりして」


 そこで照れるんかーい!


「いや、謝られると逆にもっと恥ずかしいというかなんというか……」


 なんか、なにを恥ずかしがって、何に赤面しているのかたぶんもうお互いに分からなくなって、あたしとマツウラさんは『ははあ』とか言いながら笑い合うのだった。




「えーと、イタリア料理に大活躍、なんちゃら酢……って何かしら?」


「バルサミコ酢だね、たぶん」


「さすがつむぎ!」


 あたしとマツウラさんは、結局お散歩に行かないまま、だらだらとクロスワードパズルに興じていた。まあ、こんな休日も悪くない。


「あとは、ここがインダス文明だから、完成!」


「よっしゃ! 懸賞応募できるね! ちなみにここの横の列の問題ってなんだったの? 答えは『こい』で合ってるみたいだけど」


「えーと、17番だから、『するものじゃなくて落ちるもの』ね!」


「じゃあ、恋、だね。魚のほうじゃなくて」


 するものじゃなくて落ちるもの、か。


 ありきたりな表現だけれど、実際に落ちてみればまあ、その通りなんだなってことがよーく分かる。


「ねえ、つむぎ」


「ん?」


 やっぱりお散歩に行きたいのだろうか?


「つむぎは、恋をしてるんでしょ?」


「……ん?」


 それは突然の、致命的な問いかけだった。

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