14 パジャマパーティーって実在するんですか?
「あれ、寺坂さん、今日はパンなの?」
昼休み。鞄からコンビニの袋を取り出したあたしを見て、百合中さんが言う。
「うん。たまには良いかなと思って」
いつもは食堂で昼ごはんを食べているあたしだが、今日はちょっと思うところがあり、教室でパンをかじることにしたのだった。
「じゃあ一緒に食べようよ。うぉーちゃんとサッキーもそろそろ購買から戻ってくるだろうし」
「ありがと」
うぉーちゃんとサッキーというのは渡壁さんと崎元さんのあだ名だった。百合中さんはハルちゃんと呼ばれており、この3人はいつも仲が良い。
昨日のファミレスでの打ち上げに引き続いて仲良しグループの中に入れてもらうのは少し申し訳ないような気もしたが、百合中さんがこう言ってくれてるのに今から席を外すわけにもいかないし、とりあえず流れに任せることにする。
「もしかして、この机っていつも誰かが使ってる?」
「ああ、うぉーちゃんが使ってるかな。でも気にすることないよ。別に余ってる席はいくらでもあるんだし」
「うん……」
百合中さんは周囲をぐるりと見まわしながら言う。確かに、教室の席の半分くらいは空いている。今日は天気が良いから、中庭でご飯を食べる子も多いのだろう。
周囲を見回すついでに、あたしは視界にマツウラさんを探す。
――いた! 彼女も自分の席に座って、コンビニの袋を手に取っている。
今日あたしが教室でご飯を食べることにしたのは、もちろんマツウラさんが原因だった。昨日、ふと頭に浮かんだ疑問――
もしかして、マツウラさんはあたしと同居するために、仲の良い友達と遊ぶのとかを我慢してるんじゃないか?
一度そう考えてしまうと、なんだか思考がどんどん悪い方に転がってしまって、あたしは学校でマツウラさんがどういった様子でいるのかを改めて確認しようと思い至ったのだった。
あまり良くない試みだとは思っている。
あたしとマツウラさんは、学校ではもう本当にぜんっぜん関係がないという風に振る舞っていて、同じクラスなのに、マツウラさんがどういった交友関係を持っているのかとか、あたしはあまり知らなくて。それは公私を分けるという意味でも、適切な距離感であるような気がしていた。
でも、もし彼女があたしのせいで何かを我慢しているのだとすれば。
それはやっぱり、知らなければならないことのように思えるのだった。
「寺坂さん、案外わんぱく坊主みたいなパンが好きなんだね。かわいい」
「わ、わんぱく坊主?」
百合中さんはあたしが取り出した総菜パンを見ながら弁当の蓋を開ける。
確かに、あたしのパンのチョイスはカレーパンとソーセージパンだけれど。
「百合中さんのお弁当、おいしそう。色合いが綺麗だね」
「そう? ありがとう。お母さんに言っとくわ」
ちゃんと評価をフィードバックするの、偉いな。
そんなことを考えつつ、あたしは再びマツウラさんを視界の片隅に映す。
あれ?
マツウラさんは、ひとりでパンを齧っている。
誰かと一緒にご飯を食べていると思っていたのだが、今日はひとりなのだろうか。
たまたま? それとも、もしかしていつもひとりなのか?
でも、彼女ほど社交的な人間が、ひとりで昼食を食べるだろうか。彼女がひとりで食べたいと願っていても、まわりの誰かが寄ってきそうなものだけれど。
「やっほー! お、今日は寺坂ちゃんもいるじゃん!」
渡壁さんが購買から戻ってくる。崎元さんも一緒だ。
「ごめん、どっかから机持ってくるね」
「いいよいいよ! わたし持ってくるから! ゆっくり食べてて!」
そう言って渡壁さんは近くにあった机を豪快に移動させてくる。
崎元さんはそこが所定の場所なのか、あたしの前の椅子にちょこんと座った。
「いやはや、寺坂さん。ようこそ我らが秘密結社、
「そういう団体名だったの?」
「いや、信じないでよ寺坂さん」
百合中さんが悩ましげに言う。崎元さんの冗談だったらしい。ちょっとかっこいいと思ってしまった。
「今日のおすすめパンはなんだったの?」
百合中さんが崎元さんに尋ねる。
「エリンギと青唐辛子のパンだって。私はチキって買わなかったけど、おいしいのかなあ。うぉーちゃん、どう?」
「む、これは案外イケる」
「マジ? 一口ちょうだいよ」
そんな会話を聞きながら、あたしの視線はマツウラさんに吸い寄せられる。
パンを食べ終えたのだろうか。彼女は立ち上がると、教室を出ていく。同行者はいない。
「寺坂ちゃん、松浦さんがどうかした?」
やば。ガン見してたのを気付かれたのか、渡壁さんが不思議そうな目をあたしに向ける。
「いや、松浦さんって社交的なイメージあったから。ひとりでご飯食べてるんだなあと思っただけ。なんでもないよ」
なんでもない様子を装おうと、なんでもないよと口で言ってしまったが、なんでもなくない感じになってしまっただろうか?
ていうか、百合中さんはあたしがマツウラさんを実家に泊まらせたということを知ってるのだった。さすがに今の反応は他人行儀すぎて不自然に思われただろうか?
チラリと百合中さんの様子を窺うが、別に、普段通りの人の良さそうな表情だ。
「あー。確かにね」
渡壁さんもあたしの発言に特に疑問を抱かなかったらしく、神妙な面持ちで首肯する。否定しないところを見ると、やはりマツウラさんは毎日ひとりで昼食を摂っているようだった。
「私、松浦さんと同じ中学校だったんだけどね」
声量を下げて話し始めたのは崎元さんだ。
「松浦さんってけっこう、パーソナルスペースが広いっていうか、軽く話す程度ならウェルカムなんだけど、もうちょっと仲良くなろうとすると遠ざかっていっちゃうところがあるみたいで、美人だし、家がお金持ちっていうのもあって、お高くとまってると思う子がいて、いじめって感じにはならなかったけど、けっこう裏で色々言われてたんだよね」
ほえー。マジか。
あたしは自分の知らなかったマツウラさんの一面に、目を丸くする。もしかしてマツウラさんって、心にすごい壁がある人なのだろうか。
でも、あたしにはそんな素振り一切見せたことはなくて。
だとしたら、それは――?
「ごめんごめん、これも陰口みたいになっちゃって、駄目だね。全然そんなつもりはなかったんだけど」
「いやいや。あたしが変なこと言ったから。ごめんね」
そもそも、コソコソとマツウラさんのことを知ろうとするあたしが駄目なのだ。
こうして覗き見みたいにマツウラさんのことを知ったところで、それがマツウラさんとあたしの関係をより良いものにするわけがない。反省しないと。
4人に少しだけ気まずい空気が流れたあと、百合中さんが何かを思い出したように「あ、」と声を上げた。
「そうだ。寺坂さん、パジャマパーティー来る?」
「えー、ハルちゃん、まだ誘ってなかったの?」
「ごめんごめん。忘れてた」
両手の人差し指でつんつん、と宙をつつく渡壁さんに、百合中さんは両手を合わせる。
「パジャマ、パーティー?」
あたしの思考は、あまりに自分と隔たった世界から来たようなその単語を前に、一時停止する。
「え、知らない? パジャマパーティー」
崎元さんが心配そうにあたしの顔を覗き込む。
「知ってるんだけど、ちょっとイメージ湧かなくて。あたしが行っても良いものかな?」
「そりゃあ誘ってるんだから良いよ。今回は映画特集でやるから!」
と、百合中さんはピースサインをあたしの眼前に突きつける。
「ホラー映画とか?」
やっぱり、パジャマパーティーの定番といえばホラー映画だ。何本か見るやつを用意して、怖いシーンでキャーキャー言い合うのも悪くないだろう。
「いや、勝新の『悪名』シリーズを見れるとこまで見るよ」
「渋すぎる!」
ちょっと興味出てきたな。でも、一応家を空けるんだからマツウラさんに訊いてからの方が良いか。
「家帰って予定確認してから返事でも良い?」
「もちろん!」
百合中さんは頷く。
携帯にスケジュールアプリ入れてないの? とか言われないあたり、この人たちは気を遣わずに付き合えるので良い。なんだか、この3人のことを好きになりつつある自分に、あたしは気が付き始めていた。
「マツウラさん、ちょっと相談なんだけどね?」
「どうしたの、つむぎ」
晩ごはんを食べ終え、食器洗いも終えた後のぐだぐだタイムに、あたしは意を決して口を開く。
「あの、なんか昨日の3人に、今度の土曜にパジャマパーティーをしないかって誘われちゃって、行ってきても良いかな?」
「もちろん! そもそも、わたしの許可なんて必要ないでしょ?」
マツウラさんは即答する。
「そりゃそうだけど、マツウラさんを家にひとりにしておくわけだし、了解を取っといた方が良いかなと思って……」
あそこまでシンプルに言われると、いそいそとこんな確認をしている自分がよく分からなくなってくる。
「全く問題ないと思うわ! というか逆に、わたしはこの家でひとりでいてもいいのかしら?」
「そりゃあ良いでしょ。ここはマツウラさんの家でもあるんだから」
「そうかしら? じゃあお言葉に甘えて」
逆に、マツウラさんがどうしてそんなことを言うのかが分からない。
彼女はまだ、この場所を自分の居場所だと思っていないのだろうか。
――あるいは、そうかもしれないと思う。
お互いがお互いに何を感じながら生活しているかなんて、一緒に住んでいても絶対に分からなくて。でもそれが、人と人とが暮らすということなのかもしれなくて。
「マツウラさんは、パジャマパーティーに憧れとかある?」
お昼に崎元さんが言っていたことを思い出して、あたしはそう訊いてみる。
『ちょっと仲良くなろうとすると遠ざかっていっちゃうところがあるみたいで――』
マツウラさんは、友達がもっとほしいのだろうか。それとも、そんなこと、思いもよらないのだろうか。
「別に憧れはないけれど、今だってつむぎと毎日パジャマパーティーしてるみたいで、十分に楽しいわ」
そう言ってマツウラさんは笑う。
嬉しいはずのその言葉に、なぜかあたしの心は締め付けられる。
終わらないパジャマパーティー。
そんなもの、あるはずがないのだから。
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